Chapter 19 – The Price of Victory
煙が、崩れた浜辺の上でゆっくりと薄れていった。
波の砕ける音だけが、静寂を満たしている。
瓦礫の中に、二つの影。
血まみれの身体で、かろうじて立っていた。
ヴァルゴルの黄金の爪が、パキンと音を立ててひび割れ、星屑のように散った。
ラコローネは折れた剣を落とし、腹から血を流し続ける。
視線が交わる。
疲労と痛みに満ちた笑み――だが、その瞳の奥には、まだ闘志が燃えていた。
ヴァルゴルが一歩、前へ踏み出す。
しかし、次の瞬間――膝をついた。
胸を裂く傷口が再び開き、砂浜を赤く染める。
「……チッ……くそ……が……」
かすれた笑い声とともに、彼の身体が崩れ落ちた。
重い音が響き、再び静寂が戻る。
ラコローネは揺れながら立ち続ける。
(……脚の感覚が……もう……)
顔を伝う血を拭うこともできず、ただ意識をつなぎ止めていた。
壊れたアリーナの端から、一人の女性が歩み寄る。
静かに、腕を組み、表情は冷静そのもの。
「……倒したのね。ヴァルゴルを。やるじゃない。」
ラコローネは震える拳を上げようとする。だが、血が滴り、力が入らない。
ジェシカは小さく首を傾げ、口元に薄い笑みを浮かべた。
「その状態で、まだ戦うつもり?」
しかし、彼の目はまだ光を失っていなかった。
「……ここで……終われない……」
一歩――
けれど、その脚はもう耐えられず、砂の上に崩れ落ちた。
血が口から溢れ、波に混ざっていく。
ジェシカは一瞬だけ目を伏せ、静かに言った。
「……馬鹿ね。もう体は限界よ。」
審判がよろめきながら近づく。
腕を上げ、かすれた声で叫ぶ。
「……そ、そこまで……!」
ジェシカが振り返ると、審判は震える声で続けた。
「勝者は……ラコローネ!!」
観客が爆発するように叫んだ。
歓声、悲鳴、涙。波の音がそれらを飲み込む。
ジェシカはラコローネの傍にしゃがみ込み、静かに微笑んだ。
「ふふっ……もう勝ってるわよ、バカ。」
そして囁く。
「賞はあなたのもの。もう十分、証明したじゃない。」
ラコローネの唇が震える。
「……もう……勝った……?」
「ええ。」ジェシカは優しく頷いた。
「あなたが倒したあの怪物――それが本当の壁だったの。」
彼女は立ち上がり、荒れる観客席を見渡す。
夕日が血のように海を染めていた。
少し離れた場所で、マヤがうっすらと目を開ける。
砂に倒れたラコローネの姿を見つめ、涙をこぼした。
(……彼は、私たちのために……死を覚悟して戦った……)
かすかな笑みが彼女の唇に浮かぶ。
「ラコローネ……本当に、やったのね……」
歓声がさらに大きくなり、カメラマンたちは壊れたレンズ越しにその光景を必死に追った。
審判はその場で崩れ落ち、完全に力尽きる。
ジェシカが群衆を見回し、冷たい声で言った。
「この日を忘れるな。――本当の『強さ』が何を代償にするのか、見たでしょう?」
浜辺が、再び静まり返る。
血に染まったラコローネは、意識を失いながらも勝者として横たわっていた。
ヴァルゴルの巨体は、砂に半ば埋もれ、なおも不気味な存在感を放っている。
風がジェシカの髪を揺らし、彼女は小さく笑う。
遠くから、マヤが震える唇でその名を呼ぶ。
「……ラコローネ……」
波が戦場を洗い流していく。
塩と煙と――そして、勝利の匂いを運びながら。
――To Be Continued――
《破れた勇者(The Broken Champion)》




