Chapter 13: Ancient Modern Experiment
燃える心臓 ―
街は、燃えていた。
まるで死にかけた心臓のように。
砕けた塔から煙が渦を巻き、空気は灰と悲鳴で濁っている。
炎が建物から建物へと跳び移り、赤い鼓動のように脈打ちながら、下の混沌と共鳴していた。
通りを行くのは“断片の者たち”――かつて人間だった影の残骸。
その体は黒い脈動を放ち、壁に触れるたびに絶望を吸い上げるように囁いていた。
> 「収穫の時だ」
声が、どこからともなく、街全体に滲む。
「すべての悲鳴が、影を育てる」
瓦礫の中を、市民たちがふらつきながら進む。
血まみれで、瞳は空虚。
母親の声が掠れ、子の名を呼ぶ。
崩れた壁の下から、小さな手が光を求めて伸びた。
だが、その手に触れたのは、影のやさしい――そして冷たい――指だった。
怪物が笑った。
ガラスのように砕けた歯を覗かせながら。
そして、世界は沈黙した。
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― 監獄としての都市 ―
生きていたはずの街路は、今や恐怖の迷宮だった。
民兵の検問所は、怪物たちの攻撃の前に崩れ落ちていく。
影が街灯を這い上がり、煙と溶け合って太陽さえ覆い隠した。
その動きはあまりにも精密だった。
まるで、見えぬ指揮官に操られる兵士たちのように。
高台の強化バンカーから、オーバーシアはそれを見下ろしていた。
無数のモニターが、冷たい光で彼を照らす。
画面のひとつひとつが、生きた悪夢の窓。
「――見事だ」
彼は静かに呟く。
「実験は……完成した」
ドローンが煙の中を漂い、すべてを記録する。
悲鳴も、爆発も、崩れ落ちる壁も、彼のデータの一部となる。
オーバーシアにとって、それは死ではなかった。
“進化”だった。
> 「壊れた人間からこそ、
完璧な“恐怖の器”が生まれるのだ」
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― 動く影 ―
街では、怪物たちが鋼とコンクリートを紙のように引き裂いていた。
車は燃え、市場は爆炎に包まれる。
空気が脈打つ。
何か巨大で、見えぬものの鼓動のように。
触手が逃げ惑う民を包み込み、従順の子守唄を囁く。
ひとりの男の上に立った怪物が、一瞬だけ動きを止めた。
その姿が揺らぎ、半分は人間、半分は悪夢。
その顔に――ほんの一瞬だけ――記憶の影が過ぎる。
指輪、笑顔、子どもの笑い声。
だが次の瞬間、表情は凍りついた。
> 「喰らえ……奪え……壊せ」
そう呟き、霧の中へと消えた。
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― オーバーシアの狂喜 ―
管制室の中、オーバーシアは椅子に身を沈めていた。
モニターの光が彼の瞳を空洞のように映す。
ワインを口に含み、低く笑う。
「かつて私は“怪物”と呼ばれた。……皮肉なことだ。
彼らは理解しなかった――混沌こそ純粋、痛みこそ真実、恐怖こそ支配だと」
背後のスクリーンには、過去の戦場が流れる。
シリア、イラク、ガザ――
現在と過去が、ひとつの終わりなき戦争として重なっていた。
すべての死が記録され、
すべての感情が保存され、
すべての恐怖が数値化されていく。
彼の唇が、さらに歪む。
> 「――エントロピー。
これが私の傑作だ」
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― 絶望の街路 ―
市民は逃げ惑う。
もはや道は道ではなかった。
壁は肺のように脈打ち、アスファルトは液状の影となって波打つ。
乳児を抱えた女が、焼け焦げた死体の列を越えて走る。
涙が頬の煤を削り、ひとすじの跡を作る。
サイレンを鳴らして突っ込んだ救急車が、
影の蔓に絡め取られ、宙へと投げ上げられた。
赤ん坊が一度だけ泣いた。
その声さえ、闇に呑まれた。
> 「すべての悲鳴が――」
煙の中から声が響く。
「――影の交響曲を奏でる音符となる」
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― 人の記憶 ―
怪物たちは、ただ“仕事”を続けていた。
通りを喰らい、建物を裂き、空を砕く。
ある窓辺で、生存者がスマホを構え、映像を残そうとした。
画面は一瞬光り、そして止まる。
触手が、彼を掴む寸前に。
その映像は後に世界中のニュースで、無限にループされた。
記者たちは壊れた通信機で叫び、
兵士たちは誰にも届かぬ座標を叫んだ。
ドローンは飛び続け、
オーバーシアのアーカイブは増殖する。
世界はただ、見ているしかなかった。
生きた街が“生きた影”に飲み込まれていくのを。
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― 最後の火花 ―
だが――それでも、人は消えていなかった。
わずかな市民が立ち上がった。
警官、消防士、子どもたち。
手にしたのは、火炎瓶、刃、そして純粋な“反抗”だけ。
その瞬間、怪物たちは僅かに怯んだ。
瞳の奥で、光が揺れる。
怒りでも、従順でもない。
“迷い”だった。
> 「……思い出した……」
低く、震える声。
だが影が再び押し寄せ、その火花を呑み込む。
次の瞬間には、人の部分は消えていた。
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― オーバーシアの計画 ―
司令室で、オーバーシアはコンソールを指で叩いた。
モニターが応じ、ドローンが軌道を変える。
ホログラム地図の上で、赤い点が瞬く。
制圧区域、捕獲線、収穫ルート。
「フェーズ・ツー」
彼は囁く。
「――増殖を許可する」
目を閉じ、勝利の味を噛みしめた。
外では、影が命令に従う。
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― 炎に戴冠された夜 ―
深夜。
街はもはや街ではなかった。
それは、呼吸する“生物”だった。
コンクリート、血、そして恐怖がひとつに融けた有機体。
煙に押し潰されたスカイライン。
月は血のように赤く、油と炎の水面に映る。
教会の廃墟の上に、ひとりの怪物が立っていた。
下の混沌を見下ろし、わずかに人間の表情を取り戻す。
それは怒りではなく――哀しみの歪み。
だが次の瞬間、霧へと溶けた。
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― オーバーシアの囁き ―
彼はひとり、暗い室内で画面に向かい囁く。
> 「彼らは破壊する。
彼らは服従する。
そして恐怖の中で――“美”を学ぶのだ」
その笑いは、奇妙に優しかった。
ほとんど、人間的ですらあった。
最後のカメラ映像には、
無数の“断片の怪物”が交差点に集まる姿が映っていた。
上空からしか見えない巨大な紋様。
――螺旋。
果てのない、喰らい尽くす形。
光が瞬き、映像が途切れる。
そして、闇だけが残った。




