Chapter 11: New Purpose and Duty
目覚めの前の静寂 ―
夜と朝の狭間に、世界は息を潜めていた。
やがて、街を包む夜の殻が破れ、黎明の光が古びた石の隙間をすり抜け、疲れた路地を優しく撫でる。
ラコロンの瞳が、ゆっくりと開いた。
――ようやく、この重みが少しだけ軽くなる。
胸を押し潰していた暗い圧力は、煙のように薄れながらも、まだ完全には消えない。
台所から、ジュッという音が静寂を破った。
背筋を伸ばしたまま、年老いたトレーナーが火の前に立っている。
焦げたハーブと油の匂いが、狭い部屋を満たしていった。
「力とは筋肉に宿るものではない。血と骨に刻まれた“系譜”にこそある」
老人は振り向かずに言った。
「ローマの炎は、血脈を通して今も燃え続けているのだ」
ラコロンは、鍋の下で揺らめく炎を見つめた。生きているようで、落ち着かず、それでいて懐かしい光。
彼は外に出て、夜明けの冷気を頬に受けた。
――過去は囁く。記憶の声が、彼を未知へと誘う。
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― 邂逅 ―
ラコロンは無人の通りを走った。
一歩ごとに心臓の鼓動が響く。弱々しくも確かな生命のリズム。
吐く息が白く散り、やがて霧の中に人影が浮かぶ。
「……マヤ?」
声が震え、希望が喉を締めつける。
だが、振り向いたその女は、かつての友ではなかった。
髪の隙間から、ほのかに光る角がのぞく。
ラコロンは凍りついた。
――これは亡霊か、それとも俺自身の影か。
「私は名を持たぬ。ただ己だけが名だ」
その声は、抜かれた剣のように鋭く、朝の空気を裂いた。
世界がひび割れ、真実が砕け散る音がした。
真実とは――割れた鏡。
その破片は、触れる者すら傷つける。
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― 刃の舞 ―
「その角……どうして今、現れた?」
「愚問ね」マヤは冷たく言った。その声音は雷鳴の前触れのよう。
次の瞬間、彼女の姿が掻き消える。
閃光、鋼の囁き――シュッ!
ラコロンはかろうじて身をかわした。
頬をかすめた風が熱い。
――過去は、牙を剥く。
「あなたは駒にすぎない」マヤが低く囁く。
「支配者たちの影――その模造品」
剣がぶつかり、火花が散る。
その瞬間、風すら息を呑んだ。
「ならば教えろ!」ラコロンが叫ぶ。
「鎖を断ち切る術を!」
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― 試練 ―
「理解なき暴力に何の意味がある!」
息を荒げるラコロンに、マヤは瞳を細めた。
その双眸は、影の奥で紅く揺れる。
「答えは――闘いの炎の中に生まれる」
角が光を帯び、彼女の周囲に圧が満ちた。
「魂の澄んだ者のみが、幻の幕を越えて真を見る。これは、お前への“試練”だ」
世界が、止まった。
時の針が、息をひそめる。
――チッ……タッ……
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― 歪む現実 ―
マヤの手からカードが舞う。銀の縁が光を裂き、
――ヒュッ、シュン!
現実がねじれる。車が唸りを上げ、獣のように暴れ出す。轟音と共に、街が揺れた。
「出でよ!」ラコロンが咆哮する。
「俺の力よ――応えろ!」
地面が割れ、赤い光が立ち上る。
彼の意思が嵐を呼び、空間が震えた。
――“彼は時と空を屈曲させる。意志こそが嵐を形づくる。”
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― 理念 ―
「なぜ、戦う?」
剣を下ろしながら、ラコロンは問う。
マヤは静かに息をついた。
「“種の統合”――Race Unity」
「壊れた世界の灰の中から、生まれた理念よ」
彼女の眼差しが、真っ直ぐに燃える。
「私たちは影と戦う。力のためではなく――魂のために」
ラコロンは黙って頷いた。
その言葉の余韻が、胸の奥でこだまする。
――すべての戦いは、自由を求める心の叫び。
暗闇の中で、ひとつの小さな炎が灯った。
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― 選択 ―
記憶の奥から、アメリカーノの声が響く。
「幕の裏の操り人形に気をつけろ。奴らは“運命”さえも粘土のように捻じ曲げる」
マヤが手を差し出す。
「共に来るか……それとも、呑まれるか」
ラコロンはその手を見つめた。
そして、彼女を――そして遠くの地平を。
――この道は、俺が選ぶと同時に、俺を選んでいる。
選択の炎が、胸の奥で静かに燃え上がる。
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― 契約 ―
ラコロンは微笑んだ。
「で、飯と金はどうする? 革命家って、腹も減るだろ?」
マヤの唇が、月の光のようにかすかに弧を描く。
「戦士の飢えは、腹だけじゃないわ」
二人の手が重なり、強く結ばれる。
「――ならば、意志の強き者が勝て」
その瞬間、ラコロンの拳が淡く光り、紅と金のオーラが渦を巻く。
新たな舞踏が、今、始まった。
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― 戦乱 ―
嵐が集う。
ヴァルゴルとジェシカ・メアリーが影から現れ、大地を震わせる。
閃光、煙、轟音――瞬く間に戦が始まった。
一撃ごとに、歴史が刻まれ、
一呼吸ごとに、伝説が生まれる。
混沌の中で、ラコロンの魂はさらに燃え上がる。
滅びの炎の中でこそ、彼の魂は最も眩く輝くのだった。
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― 背後の闇 ―
誰も知らぬ場所で、赤の王が微笑む。
その瞳は闇の奥で獣のように光り、囁く。
「――宴を、始めよう」
世界がわずかに震えた。
ラコロンは知らぬまま、薄い眠りの中で身じろぎする。
宴は始まった。
だが、最も深い“飢え”は、まだ訪れていない。




