第四章 道化の王、その涙
第四章 道化の王、その涙
---
Ⅰ 崩れゆく舞台
砕け散る舞台の残骸。
だが光に包まれたはずのソルナイトたちは、気づけばまた同じ舞台に立っていた。
「――え?」メルロが声を震わせる。
「今、抜け出したはずじゃ……」
そこに、仮面を割ったバアル=グレイスが立っていた。
滑稽なピエロの顔が剥がれ、その下から現れたのは、深く刻まれた皺と涙に濡れた目を持つ、ただの男の顔だった。
「やれやれ……最後の幕が開いてしまったか」
声はもはや道化の軽快さを失い、掠れた悲嘆を孕んでいた。
---
Ⅱ 道化の少年
アキトの眼前に幻影が広がる。
そこには、まだ幼い頃のバアル=グレイス――貧しい町で笑いを振りまく孤児の少年がいた。
ボロ布を纏い、空腹に耐えながらも、彼はいつも道端で踊り、人々を笑わせていた。
飢えた子どもたちにパンを分け、泣く者には冗談を言った。
「……こいつは?」クレインが呟く。
リアの声が震える。
「幻じゃない……これは、バアル=グレイスの記憶」
幻の中の少年は、ある日貴族の屋敷に呼ばれた。
「面白い道化だな。宴の余興に使ってやろう」
その日から彼は、権力者の前で踊り、笑い、殴られ、嘲られ続けた。
---
Ⅲ 嘲笑の宴
少年は“笑い”を武器に生き延びた。
貴族たちは彼を「滑稽な道化」と呼び、食べ物と引き換えに侮辱を浴びせた。
「もっと泣け、もっと笑え、もっと惨めに踊れ!」
誰も彼を人間として見なかった。
舞台の中央で、バアル=グレイスの幻が膝を折り、笑顔を張り付けたまま涙を流している。
メルロの唇が震える。
「……やめて……そんなの……」
---
Ⅳ 虚飾の王
年月が経ち、少年は大人となった。
その心は砕かれ、ただ一つの信念だけが残っていた。
『人は皆、虚飾を求める。
真実の涙よりも、偽りの笑いに酔い痴れる。
ならば――私は虚飾そのものとなろう。』
その瞬間、彼の肉体は冥環に取り込まれ、永遠の道化の王へと堕ちた。
彼の舞台は終わらない。人々が笑いを求める限り、彼はその虚飾を演じ続けなければならなかった。
---
Ⅴ 涙の告白
舞台の上で、バアル=グレイスは素顔を見せ、膝をついた。
「……本当はな、誰かに笑ってほしかったんだ。俺じゃなくて……他の誰かを。
子どもたちが泣かずに済む世界を、ほんの少しでも……夢見てたんだ」
彼の目から流れる涙は、赤く燃えるように舞台を濡らした。
「けど、誰も笑わなかった。俺を笑うだけで……俺の夢なんざ、誰も見ちゃくれなかった。だから俺は……王になった。虚飾の王に……」
声が途切れ、彼は顔を覆った。
その姿は、滑稽でも、怪物でもなかった。
――ただ、壊れるほど泣き続ける、ひとりの男だった。
---
Ⅵ 沈黙
アキトは言葉を失っていた。
クレインが拳を握り、リアは唇を噛んだ。
メルロは泣き、カイルは静かに瞑目する。
バアル=グレイスは顔を上げ、もう一度仮面をつけた。
笑みを張り付け、声を響かせる。
「――さぁ、最終幕といこうか。道化の王の死をもって、この舞台は完結する」
観客席の影たちが再び沸き立ち、狂気の笑いが渦を巻いた。
#異世界ファンタジー小説