第三章 虚飾王の狂宴
第三章 虚飾王の狂宴
Ⅰ 道化の舞台
空が割れた。
ひび割れから、きらびやかな光が零れる。
だがそれは天の光ではない――歪んだカーニバルの光彩だった。
「ようこそォ……わたしの舞台へ!」
降り立ったのは、虹色の仮面をつけた道化の王。
裾の長い道化服をまとい、背丈は人の二倍。
手には杖、先端に砕けた鏡の破片がぶら下がっている。
「名はバアル=グレイス。虚飾を冠する王でぇす。うふふ、笑って? 泣いて? どちらでも構わない、だってそれが……人間ってものだからァ!」
彼が指を鳴らすと、舞台が現れた。
血に染まった観客席、吊り上げられたピエロの人形、宙吊りの楽器が狂った旋律を奏でる。
ソルナイトたちは呑み込まれた。
舞台に立つのは彼ら自身。
観客席には――彼らがこれまでに戦い、倒してきた敵と、失った人々の幻影が並んでいた。
「さあ、開演だよォ!」
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Ⅱ 幻の鎖
最初に動いたのはクレインだった。
「くだらねぇ……こんな見せかけ、雷で焼き払って――」
だが、振り下ろした雷撃は鏡の壁に吸い込まれる。
代わりに――観客席の幻影から、亡き戦友の顔が浮かんだ。
『……クレイン、なぜ……あの時助けなかった』
「っ……!」
稲妻は己へと返り、体を焼く。
クレインの膝が崩れる。
リアが息を呑む。
「これは……幻術じゃない。心に刻まれた“悔恨”そのものを具現化してる……!」
バアル=グレイスは嗤った。
「そうそう、あなたたち。戦いは剣と魔法だけじゃないんですよォ。心に突き刺さる“鎖”こそが、いちばん美しい道化芝居なんですからぁ!」
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Ⅲ それぞれの幻
メルロの前には、凍り付いた村が現れる。
氷の中で、かつて仕えていた巫女仲間たちが叫んでいる。
『なぜ……祈りを裏切ったの……?』
『あなたが生き残るために、私たちは……』
彼女の杖が震える。冷気が暴発しかける。
リアの前には、氷哭のエリシエラ――彼女の姉弟子の姿が再び立ち現れた。
『……私を凍らせたのは、お前だ……』
心が抉られる。
カイルの前には、無数の墓標が並んでいた。
彼が守れなかった者たちの名が刻まれ、地面から腕が伸びて彼を引きずり込む。
「……ぐ……う……!」
アキトの前に現れたのは――妹、ひかり。
だがその瞳は暗く沈み、血の涙を流していた。
『お兄ちゃん……どうして私を置いて戦うの? どうして、傍にいてくれないの?』
アキトの剣が揺れる。胸に、黒い杭が打ち込まれるようだった。
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Ⅳ 狂気の宴
バアル=グレイスは高らかに笑う。
「ほら見なさい! わたしの舞台では誰もが主役、誰もが被害者、そして誰もが加害者ァ! 人間とは虚飾の操り人形にすぎないィ!」
杖の先の鏡片がぎらぎらと光る。
その光は、仲間たちの心をさらに裂いていく。
「見栄、後悔、恐怖、嘘、矛盾! わたしはそれを集めて織り上げる。虚飾の王国ォ! 美しいじゃないかァ!」
観客席の幻影が歓声をあげる。
その声は、人間の笑い声とも泣き声ともつかない、狂気の混合だった。
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Ⅴ アキトの決意
アキトは震える手で剣を握り直した。
目の前にいる“妹”が、自分を責めている。
だが――心の奥に浮かんだのは、フェン=イグニスの声だった。
『幻に縛られるな、アキト。妹が本当に言いたいのは何だ?』
アキトは目を閉じた。
脳裏に、笑顔のひかりが浮かぶ。
『いってらっしゃい、お兄ちゃん。必ず帰ってきてね』
――本当の妹の声。
「……そうか。これは俺の幻影だ。俺自身が作り出した恐怖……!」
剣が光を取り戻す。
「みんな! 幻に囚われるな! これは俺たち自身の闇だ! それを受け入れて……立ち上がるんだ!」
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Ⅵ 次なる狂気
アキトの剣が光りを放ち、虚飾の舞台の一角を切り裂いた。
だが――バアル=グレイスは嗤いをやめなかった。
「素晴らしい! まだまだ開演したばかりだよォ! さあ、第二幕へ行こうじゃないか! 今度は――もっと深い狂気の底へ!」
舞台が反転し、ソルナイトたちは空間ごと呑み込まれていった。
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