第二章 血獄界の決着
第二章 血獄界の決着
Ⅰ 血の牢獄
世界そのものが心臓の中に閉じ込められたようだった。
赤黒い鼓動が空を揺らし、地面はぬめる血潮に沈む。
「逃げ場はない……!」
ヴァル=ドラグの声が響く。
その声と同時に、仲間たちの足が血に呑み込まれ――鎖に変じた。
「っ……体が、動かねぇ!」
クレインの四肢を血の鎖が締め付ける。
「これは……契約の縛り……!」
リアが必死に呟く。
「この領域に捕らえられた者は、血を通じて魂ごと拘束される……」
ヴァル=ドラグが仮面の奥から嗤う。
「お前たちはもう我が契約の一部だ。お前たちの“後悔”が鎖となり、その命を永遠に縛り付ける」
仲間たちの胸に、再び囁きが突き刺さる。
『妹を救えなかった……』
『祈りが足りなかった……』
『守りきれなかった……』
血の囁きが耳から、血管から、心臓そのものにまで染み込んでくる。
アキトの膝が沈む。剣が、手から零れ落ちそうになる。
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Ⅱ 声
その時――
『……立て、アキト』
静かな声が、心の奥から響いた。
「……フェン……?」
聞こえるはずのない声。けれど確かに、炎の剣士フェン=イグニスの声だった。
『お前は俺を信じた。ならば今度は――仲間を信じろ。血は呪いじゃない。生きた証だ』
アキトの胸に、熱が灯った。
「……血は……呪いなんかじゃない」
顔を上げる。血の海に沈みかけた仲間たちを見渡す。
「俺たちは、罪や後悔を抱えてる。だけどそれも、全部……“生きた証”なんだ!」
声が響いた瞬間、仲間の瞳に光が宿る。
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Ⅲ 仲間を解き放つ
アキトはまず、クレインの鎖に手を伸ばした。
「クレイン! お前は何度だって俺たちを救ってくれた! その怒りは……弱さじゃなくて、仲間を守るための力だ!」
雷鳴が轟き、鎖が砕け散る。
「……チッ、泣かせること言いやがって……! お前に任せっぱなしに出来るかよ!」
次に、メルロ。
「メルロ……仲間を失ったのはお前のせいじゃない! 祈りは届かなかったんじゃない、今も俺たちの中に生きてるんだ!」
彼女の頬に涙が伝い、その涙が氷へと変わった。
「……私……まだ、祈れる……!」
血の鎖が氷結し、砕け散る。
リアへ。
「リア、お前は知識で俺たちを導いた! 答えられない問いがあったって、共に探せばいい! 一人じゃない!」
風が吹き抜け、鎖が散った。
「……アキト……ありがとう」
最後に、カイル。
「カイル! 守れなかった命を悔やむなら――今ここで、俺たちを守ってくれ!」
彼は無言で頷き、大地の力で血の枷を粉砕した。
五人が再び立ち上がり、血の海に光を放つ。
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Ⅳ 契約の終焉
ヴァル=ドラグが咆哮した。
「愚か者ども! 血の契約から逃れられると思うな!」
巨躯が膨張し、全てを血の奔流に飲み込もうとする。
「……終わらせよう」
アキトの剣に光と炎が交わる。
「雷鳴で切り裂く!」クレイン。
「氷でその血を凍らせる!」メルロ。
「風で貫く!」リア。
「大地で押し留める!」カイル。
五人の力が重なり、アキトの剣へと収束する。
「――《神環剣・黎明ノ断光》!」
光が血の大地を裂き、ヴァル=ドラグの巨体を貫いた。
「ぐ……ぬ……我が契約……我が血の……楽園が……!」
血の王は悲鳴をあげ、血潮に溶けていく。
最後に残ったのは、わずかな人影――
赤子を抱いた若き騎士の姿だった。
その影が、消える間際に呟いた。
「……守れなかった……だから……血で繋ごうと……」
光に溶け、消えた。
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Ⅴ 残されたもの
血の大地は崩れ去り、空に裂け目が走る。
「……今のは」
リアが小さく言う。
「彼もまた……失ったものを取り戻すために……冥環に堕ちたのね」
アキトは剣を握り締めた。
血は呪いではなく、生きた証。
だが、その証を歪めた者が、まだ六人も残っている。
「行こう。俺たちは……立ち止まれない」
彼らは次の戦場へ歩みを進める。
空の裂け目の向こうから――新たな影が、こちらを見下ろしていた。
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