第一章 血獄の契約
第一章 血獄の契約
Ⅰ 赤き大地
空は曇り、太陽は血のように赤黒く濁っていた。
足元に広がるのは、乾ききった砂漠――しかしその砂は一面、血潮に濡れている。踏みしめるたび、足裏にぐにゃりとした感触が残り、腐臭が鼻を刺した。
「……ここが、奴の神域か」
クレインが顔をしかめ、雷を纏った手で口元を覆う。
「血獄王ヴァル=ドラグ。敵の血を喰らい、命を契約に縛る狂王……」
リアの声は冷ややかだったが、その瞳にはいつになく警戒の色が宿っていた。
アキトは胸の奥にざらついた不安を覚える。
この場に立った瞬間から、何かが――自分の体の奥底から吸い取られていくような感覚。
「これは……俺たちの“血”か……?」
呟いたメルロの白い頬に、一筋の赤が浮かんだ。気づけば全員の体から、じわじわと血が滲み出していたのだ。
「歓迎の儀式ってわけかよ……悪趣味だな」
カイルが盾を構え、仲間を囲むように前に出た。
その時――大地が裂け、血の奔流が噴き出す。
真紅の海から現れたのは、巨躯の騎士。顔は仮面に覆われ、両腕に鋭い鎌のような刃を持つ。背後には血の翼が広がり、その眼孔からは灼けるような紅光が漏れていた。
「……ようこそ、我が“血の楽園”へ」
低く、狂気を孕んだ声が響く。
「我はヴァル=ドラグ。お前たちの血を捧げよ。そうすれば永遠の契約に迎え入れてやろう」
Ⅱ 血の契約
次の瞬間、大地全体が鼓動した。
ドクン、ドクン、と心臓の鼓動のような振動が足元から突き上げる。そのたびに血の海が波立ち、無数の手が這い出してきた。
「こいつら……!」
クレインが雷槍を振り抜き、迫る血の兵士を薙ぎ払う。しかし倒したはずの兵士は液状となり、また人型を成して襲いかかる。
「死なない……いや、こいつら、俺たちの血から生まれてるのか!」
アキトが剣を振り払い、呻くように叫んだ。
ヴァル=ドラグが嗤う。
「そうだ……お前たちが生きる限り、血は流れ続ける。つまり……お前たち自身が、この戦場を育てるのだ!」
リアが冷静に結界を展開するが、赤い液体は光壁をじわじわと侵食していく。
「くっ……この血、秩序そのものを腐食させてる……」
「そんなもん、力で吹き飛ばすしかねぇだろ!」
クレインが吠え、雷撃を地に叩き込む。しかし返ってきたのは、倍加した血の津波だった。
Ⅲ 囁き
その戦場の只中で、アキトの耳に――不意に声が響いた。
『お前の妹……まだ生きていたら、守りきれたか?』
「っ……!」
振り向いても誰もいない。だが確かに、それは自分の心を抉る声だった。
続いて、メルロが膝をつく。
『神殿で死んでいった仲間たち……お前が祈らなかったからだ』
リアの表情が強張る。
『知識を持つ者として、もっと救えた命があったのではないか?』
カイルの目が曇る。
『守ると誓った者たち、結局は誰も救えなかったのだ』
ヴァル=ドラグの声が重なる。
「血は記憶を宿す。流した血は、罪の証だ。……お前たちの心の闇、すべて我が契約に刻んでやろう」
Ⅳ 決意
アキトは歯を食いしばった。心臓の奥をえぐるような囁きに、膝が震える。
けれど――その震えを両手で押さえつけ、仲間を見渡した。
「……そうだ、俺たちは弱い。過去に縛られて、罪に怯えて……何度も立ち止まった」
剣を構え、紅い海に立つ。
「だけど――だからこそ、進むんだ! 罪も後悔も、全部抱えたまま! 俺たちは“未来”に賭ける!」
その瞬間、光がアキトの剣に宿る。
仲間たちの瞳にも再び戦意の炎が灯った。
「やれやれ……お前が言うなら仕方ねぇな!」
クレインが雷を纏い、横に並ぶ。
「後悔ごと凍らせてあげる……!」
メルロが氷刃を掲げる。
「知識は迷いをも照らす。共に戦おう」
リアが風を巻き上げる。
「背は預けろ。盾は砕けぬ」
カイルが静かに宣言する。
五人の光が交わり、血の大地を照らした。
Ⅴ 血獄王、真の姿
ヴァル=ドラグの仮面が音を立てて砕け落ちる。
露わになった顔は、乾いた死人のような白い肌、そして血涙を流す瞳。
「……ならばその未来、血で染め上げてみせろ!」
その巨躯がさらに膨張し、血の翼は大空を覆った。
空そのものが赤黒い心臓のように脈打ち、世界は血の迷宮と化す。
「――契約の最終章、《血獄界・終ノ章》!」
戦いは、ここからが本番だった。
#異世界ファンタジー小説