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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢は白い結婚で復讐を遂げる 〜そして、深紅の愛へ〜

作者: 結城斎太郎

「……お前との婚約は破棄する。俺はエリナと結婚するつもりだ」


その言葉が下された瞬間、侯爵家の令嬢である私――クラリス・ロズベルクの人生は音を立てて崩れ落ちた。目の前の男、王太子アルベルトは、堂々と私の妹であるエリナの腰に手を回しながら、宣言したのだ。


私たちの婚約は政略結婚ではあったが、私は真摯に彼を支えようと努力してきた。それが、今になって「妹と不倫していた」とは。屈辱という言葉では足りない。


けれど、涙など流さなかった。


「……かしこまりました。王太子殿下の御意志、しかと承りました」


毅然と頭を下げる私を、アルベルトは「やっと解放される」とでも言いたげな顔で見下した。エリナは唇を歪めて笑っている。


妹が私のものを奪うのは、これが初めてではなかった。


ならば――返してもらいましょう。すべてを。



ーーー



婚約破棄の数日後、私は外交使節団の一員として隣国ルヴィアを訪れた。国王の甥であるレオナルド王子と、形式的な政略結婚の話が持ち上がったのだ。


「そちらに愛する方がいるなら、私は構いません。白い結婚であっても、政略上の利益は守られますから」


そう提案したのは私だった。だが、レオナルド王子は薄く微笑んだ。


「僕は誰とも付き合っていないよ。むしろ君みたいな女性なら歓迎だ。お互い、傷を抱えてるようだしね」


彼はすべてを知っていた。私の婚約破棄の事情も、妹と王太子の不倫も。


「……ならば、お手を。私はあなたの“妻”になります」


私たちは表向きには夫婦だが、内情は“白い結婚”。けれど、それがレオナルドとの新たな始まりになるとは、まだこの時は知らなかった。



ーーー




数か月後、ルヴィアからの国交使節として帰国した私は、外交の名の下に堂々と王宮に舞い戻った。今や“隣国の王子妃”として、誰も私を軽んじられない。


妹エリナは王太子妃として浮かれていたが、その虚栄の裏に潜む陰りに、私は微笑んだ。


「最近、殿下のご機嫌がよろしくないようですね?」


「う……うるさいわね。あなたに関係ないでしょ」


そう言っても、内実は違う。王太子は、エリナの浅はかな言動に嫌気がさしていた。私のように沈着冷静な補佐役がいなければ、王太子の器では宮廷を維持できないのだ。


私は静かに情報を流した。エリナの過去の遊び相手、王太子にとって不都合な文書の存在、そして――私を追い落とすために仕掛けられた証拠すらも。


すべてが露見した時、王太子は激昂し、妹は泣き喚き、王宮の信頼は完全に崩壊した。


「これで、やっと清算が済みましたわね」


そう呟いた私に、隣で笑ったのは――



ーーー




「随分と冷酷に見えるけど、君は本当に優しい」


「……どこがですの」


「君は、誰にも頼らず一人で戦った。僕にすら、甘えなかった」


ルヴィアの宮廷に戻った後、レオナルドは少しずつ距離を詰めてきた。気がつけば、彼の目はいつも私を追っていた。


「なぜ、そんな目で見るのです?」


「それが“好きな人”を見つめる目だからさ」


不意打ちだった。


けれど、私の胸がどくんと高鳴ったのも事実だった。


「……私たちは白い結婚のはずでした」


「じゃあ、これから“赤く”染めていこうか?」


冗談めかして囁く彼の手は、そっと私の指に絡まった。私は抗えなかった。――初めて、心から信じられる人に出会ったのだ。



ーーー




数年後、私はルヴィア王妃となった。


政略の道具だった白い結婚は、いつの間にか真実の愛に変わっていた。あの国では、妹も王太子もすでに失脚し、静かに暮らしているという。


「君は、過去に打ち勝った。僕はそんな君を誇りに思う」


レオナルドの言葉は、今でも私の支えだ。


私は悪役令嬢と呼ばれていた。だが、今は――


「……幸せですわ、レオ」


そう呟いた時、彼の手が私の頬に優しく触れた。


「君を愛してる。最初からずっと」


復讐の果てに見つけた、白く、そして深く愛おしい愛の形。


――これが、私のハッピーエンド。



✧✧✧



ルヴィア王国の王妃となって三年。私はレオナルドと共に、穏やかな日々を過ごしていた。


――表面上は、だ。


「クラリス、また一人で仕事を抱えてるな?」


「問題ございませんわ。これくらい、慣れておりますので」


「慣れてるからこそ、心配してるんだよ」


レオナルドは呆れながら、そっと私の手から書類を奪った。その指先が触れたとき、胸の奥が温かくなる。けれど、私はまだ少しだけ、彼に“甘える”ことが苦手だった。


私は常に戦ってきた。家族に、婚約者に、妹に――世界に。


だからこそ、「庇護される」という感覚が、どこか落ち着かない。


そんな私の心を見透かすように、レオナルドは言った。


「クラリス。そろそろ、自分の幸せに慣れてもいいんだよ」


私は――それに、まだ慣れていなかったのだ。



ーーー



ある日、ルヴィアにひとつの報せが届いた。


『王太子アルベルトの逝去』


心臓発作だったという。彼は失脚後、民間人として名ばかりの地位に甘んじていたが、酒に溺れ、次第に精神も蝕まれていったらしい。


その報せを持ってきたのは、私の元侍女であり、現在は独立した女商人として成功を収めているミレイユだった。


「……姫様は、泣かないのですね」


「泣く理由もございませんわ。彼は私を裏切り、妹と私を嘲った人間。その最期を悼む義理はございません」


ミレイユはうっすらと笑った。


「でも、もう少しだけ、ご自身を労わってもいいのでは? 過去を終わらせるのも、姫様の務めですよ」


その言葉が、妙に胸に残った。



ーーー




数日後、ある貴族から「謁見を賜りたい」との要請が届いた。


その名を見て、私は思わず唇を噛んだ。


――エリナ・ロズベルク


あの女が、なぜ今さら?


「私、変わりましたの。姉さまに許してもらいたくて……それだけですの」


ルヴィアの客間で再会した妹は、あの頃の傲慢さが抜け、やつれたような顔をしていた。


「許しを乞うて、何が変わるとお思い?」


私は冷たく切り返した。


「……なにも。でも、後悔してますの。あなたを妬み、奪ったことを、王太子に愛されなかったことを、結局、全部失って気づきましたの」


「それで、同情でもしてほしいの?」


「いいえ。あなたがどれほど強かったか、今さらながら分かりました。……お姉さまは、私の憧れだったんです」


私は黙ってエリナを見つめた。


昔の私なら、その言葉を鼻で笑っただろう。けれど、今は少しだけ――そう、少しだけ心が揺れた。


「二度と私の前に現れないこと。それが、あなたにできる唯一の償いですわ」


私は彼女を赦さなかった。けれど、罰もしなかった。それが、私なりの“過去との決別”だった。




ーーー




その夜。私は、珍しくひとりでバルコニーに立っていた。月明かりに照らされた庭園を眺めていると、後ろから羽織をかけてくれる腕がある。


「寒いだろ。……ひとりで抱えるの、もうやめてくれないか?」


レオナルドの声はいつも優しくて、時に厳しい。


「私、やっと過去を終わらせましたわ」


「……そうか」


彼は何も問わなかった。ただ黙って、私を抱き寄せた。


「クラリス。最初は政略で、次は復讐のためで……でも、今の君は、もう全部を超えてきた」


「……でも、怖いのです。これがいつか壊れるのではないかと」


「壊れるなら、何度でも一緒に直すさ。……君を愛してる。今も、これからも、何度でも」


そう言って、彼は私の薬指に新しい指輪を嵌めた。


深紅のルビーが埋め込まれたその指輪は、私たちの愛の証。


「これは、初めての“愛”のための結婚指輪だ」


私は泣いた。声を上げず、静かに。


この人となら、ようやく“幸せ”に甘えていいのだと、心の底から思えた。



ーーー




それから数か月後、私は新しい命を宿していることを知った。


レオナルドは泣き笑いのような顔で言った。


「僕たちの子なら、きっと強くて優しい子になる」


それを聞いた瞬間、私はようやく、長い長い戦いの終わりを知った。


「もう、誰の目も気にしなくていいんですね」


「君は君のままで、もう十分幸せを掴んでる」


復讐も、不倫も、裏切りも、憎しみも――


すべてを乗り越えた先に、ようやく得たもの。


それは、静かで、けれど確かに温かい、愛のかたちだった。



ーーー



クラリス・ロズベルクはもう“悪役令嬢”ではない。


彼女は今、愛される妻であり、慈しむ母であり、そして、国の未来を共に築く賢き王妃。


夜風が吹くたびに思い出すのは、遠い昔の涙ではなく、隣で眠る愛しい人の寝息だけ。


復讐のために選んだ白い結婚は、いまや情熱の紅に染まり、何よりも純粋な愛へと変わった。


――これは、終わりではなく、幸福の始まり。




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