悪魔憑きになった理由
人は不幸に対して抵抗することはできず、際限など存在しない。俺はその事実を家と唯一の肉親である母親を火事で同時に失った翌日に知った。
俺は異端審問会にかけられた。怪しげな魔術の実験をしていたと通報があったらしい。おおよそ火事で被害を被った近所の誰かが腹いせに通報したのだろう。
俺は尋問という名の拷問にあうことになった。問いかけに対して俺がNoと言えば、鞭をふるい俺に自白を迫った。一振ごとに肉が裂け、俺の抵抗する気力を奪う。気絶すれば、即座に起こされまた暴力を振るう。だが俺は頑なに認めはしない。絶対に生き延びてやるという強い意志が最後の踏ん張りとなって俺を支えた。拷問は昼夜問わず続けられ、結局初めて休憩が与えられたのは3日目の夜だった。
既に自分で立って歩く力は残っていない。審問官もとい拷問官が俺を物のように引きずって歩き、独房へと放り投げる。俺はかすれたうめき声をあげ地面へと転がった。冷たい石の地面が心地よい。こんなことがいつまで続くのだろうか。俺のやっていることに果たして意味などあるのだろうか。否定し続けたところで尋問が終わることなどない。俺が死ぬまで続けて、認めれば死刑が待っているだけだ。だとすれば俺苦痛に耐えている意味などありはしない。あとどれだけ否定できるのか分からない。3日間飲まず食わずで暴力を振るわれ限界も近い。正気を保っていられるのもあと僅かだ。もしかしたらもう正気を失っているのかもしれない。少し前から幻覚が見えるようになった。視界の端に全身が黒いもやでできた化け物が居座っている。黒いもやに左目1つに大きな口がついているだけだ。到底この世の者とは思えない。そいつは時間が経つにつれ少しずつ近づいてきて、小声で何やら物騒なことを口走っている。
「そんなことはできっこない。それに俺は望んでいない」
いい加減鬱陶しくなって幻聴に返事する。そうすると黒いもやはこちらをみてニヤリと笑うのみだった。不気味な奴だ。
俺は結局5日間耐えた。逆にいえば5日目の途中耐えられなくなり、全てを受け入れた。生への執着より苦痛からの解放が上回ったのだ。俺は今日火刑に処される。十字架に四肢をくくりつけにされ、民衆への見せしめとして晒される。民衆は歓声をあげ俺に石を投げつけた。悪魔の手先が火に燃やされるのを今か今かと待っている。それに答えるように俺の足元に火がつけられた。ようやく全てが終わる。今はもう全てどうでもいい、そんな気分だ。そんな時あいつがまた俺に話しかける。
「お前だけ不幸なのはおかしくないか?」
今度ははっきりそう聞こえた。もう反論する気力も残っていない。俺は力なく答えた。
「あぁそうだな」