後編
とある国の城下街、そこから少し離れた静かな場所。
近隣諸国から様々な人が訪れる一軒の店が建っている。
他に類を見ないその店は、古代道具を主に取り扱う道具屋だ。
ドアが乱暴に開けられ、備え付けていたベルが激しく音を鳴らした。
それに気づいたマチルダは、カウンター越しに来客を見やる。そして、僅かに目を見開いた。
ろくに身嗜みを整えていないようだが、アッシュグレイの髪とやや吊り上がったアンバーの瞳は変えられない。
「ここにっ、マチルダという女性はいるか!?」
「いらっしゃいませ。オルフェノ国が第一王子、ペテル殿下」
「オレの女がいるか聞いているんだ!」
冷静に挨拶を交わすマチルダに対し、ズカズカと店に入ってカウンターを思いっきり叩いた。
置いていた回復薬の瓶が揺れる。落ちなかったようだが、危険だ。
小さく息を吐き、ペテル殿下を見上げる。余裕がなく、イラついているようだ。
護衛と思われる人達も、火の粉が飛ばないように入口で様子を窺っている。
思い当たる理由に苦笑しつつ、至って冷静に返す。
「人探しですか。どの様な人ですか?」
「これと揃いの指輪をしている女だ!」
「指輪以外の特徴は?」
勢いよく左薬指に嵌めた指輪を見せたペテル殿下は、マチルダの問いかけに目を逸らした。
指輪だけしか見ていないらしい。全く変わっていない。
馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。
「指輪の持ち主でしたら、殿下が既に見つけていましたよね? 二年ほど前に」
「あれは王族を騙した女狐だ! いいから早くマチルダを出せ! あの女がいないと、オレは……!」
「王位が継げないようだね。でも、もう遅いよ」
急に会話に入った声で、殿下は振り返った。そのまま硬直する。仕方ないかもしれない。
そこにいるのは、今のマチルダが愛する人。マチルダを愛してくれる人。
浅黒い肌に黄金色の髪と瞳、同じ色のタトゥーを腕に入れたヴィラに、ペテル殿下は青ざめて後ろに下がった。
「ス……スルギナ皇国の、アリヴィラン第五王子……!」
「昔はね。ここにいるのは皇位継承権を手放した、古代道具と魅力的な女神に心酔するただの男さ」
ヴィラは殿下を軽く流し、早足でマチルダに近づく。恭しく手を取り、甲に口付けを落とした。
帰宅して真っ先にヴィラがする事だ。こそばゆくなってクスクス笑う。ヴィラはマチルダの額や頬にも口付けして、そっとお腹を撫でた。
「ただいま、ボクの女神。診断の代金として、古代道具と思われる品々やお土産を沢山貰ってきたよ。二人の愛の結晶も元気かい?」
「元気だと思うわ。だいぶ、体調いいもの」
ヴィラの手に自分の手を重ねながら、マチルダは明るく答えた。
膨らんだ腹は子がいると一目でわかり、ペテル殿下が真っ先に指輪の相手ではないと判断する程である。
愛する人の言う通り、ペテル殿下は手遅れである。当の本人がまだ気づいていないだけだ。
「オレを無視するな! だ、第一、遅いとはどういう事だ!? いくら大国の王子だろうと、古代道具を支えにしたオレの国に勝てる訳っ」
「その栄華、キミの所為で危ういじゃないか」
「そ、そんな事……!?」
「この通り店にする程、古代道具には詳しいんだよ。だから、キミのお父様に頼まれて巨木を診せてもらってね? 偽の誓いによる反動が来ていたよ」
ヴィラの言葉にサッと青ざめるペテル殿下。
誰もが知る話だ。
僅か半年足らずで挙げた、豪勢な結婚式。だが、新郎新婦が指輪を合わせた瞬間、巨木から唸り声の様な音が響き渡った。
生命力溢れた葉が、枝が、みるみる枯れていく。その変化に怯える人々の前で、新婦の甲高い悲鳴が轟いた。
義妹の全身に蔓が巻きついたような痕が浮かび、不気味な紋様となったようだ。
もちろん、挙式は中止。国王や他の王子と王女はペテル殿下を、ペテル殿下は義妹と両親を責め立てたという。
元々、指輪の材質の違いから国王達は疑っていたが、ペテル殿下が聞く耳持たなかったらしい。
「偽新婦は一日数時間、決まって痕と同じ場所に激痛が走りまともな生活は不可能。その両親は爵位返上と罰金で極貧の中、娘の介護をする日々。キミの本当の相手と婚姻していたフェルトーネ侯爵家は、平民を貴族として詐称させたとしてタイアード国で処刑。子供は孤児院行き。地位問わずに人々を楽しませた流れだね」
「そもそも、第二王子が伴侶を連れてきたのを見て、王位が危ういと慌てて探したとか……その時点で、ねぇ?」
「だ、黙れ黙れ! いいからオレの女を出せ!」
「オレの女なんて言うけど、まともに話もせずに指輪を渡したのは貴方じゃない」
マチルダの言葉に、ペテル殿下は目を見開く。穴が空くほど見つめて、ようやく気づいたらしい。わなわなと震えながら指を差してくる。
その間に、ヴィラが棚から箱を取ってくれていた。マチルダは受け取り、カウンターに置いて蓋を開ける。
すっかりと黒ずんだ古代道具の指輪。怒りが込み上げそうだったペテル殿下は、一瞬で顔色を失った。
「これ、は……!?」
「貴方の挙式の日に、色を失ったの。古代道具としての力もなくなったみたい。おかげで、残ってた想いの残骸が一瞬で消えたわ」
「手順を間違えていたけど、対の相手を結ぶ効果はあったみたいだね。でも、キミは間違えた。その瞬間に、古代道具の力は消えたようだ。その後に、ボクは女神と改めて結ばれたんだよ。だから、今更キミがボクの女神を連れ帰っても、巨木は反応しないよ」
「オ、オレの王位……」
「王位どころか、王族でもなくなったね。それと、巨木はキミが国外に出ていると多少マシになるらしい。キミの指輪を離しても若干良くなる事から、キミごと国外追放にするそうだ。残念だね」
淡々と告げられる事実に、ペテル殿下はその場に膝を突いて動かなくなった。
ヴィラはもちろん、マチルダも冷めた目で見下ろす。情けない姿に、何の感情も湧かない。
「愛してるよ、ボクだけの女神」
「私も愛しているわ、ヴィラ」
愛の言葉を告げ合うマチルダとヴィラ。
元第一王子の存在は、意識の外へと追いやられていた。
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