中編
古代道具の指輪は、マチルダが六歳の頃に得た物だ。
直接買った訳ではない。夢で知らない少年に貰った。
やけにハッキリとした夢で、花畑の中に見知らぬ少年と二人きり。混乱するマチルダに構わず、少年は目を輝かせていた。
『凄い! 珍しい花ばかりだ!』
そう言って、一つ一つ花を確認して早口で詳細を呟く。暫く呆然としていたが、少年の熱中っぷりに落ち着いていき微笑ましく見ていた。
やがて、少年は思い出したように声を上げ、どこからか指輪を出して渡してきた。
『これ渡すんだった! ずっと持ってて!』
マチルダの返事も聞かず、手に握らせる。そこで目が覚めたが、しっかりと手の中に指輪が入っていた。
夢が繋いだ不思議な縁と指輪。
当初は古代道具などと知らないが、持っていると心が温まって家族の仕打ちに耐えられるようになった。
恋というには早い、淡い憧れだと思う。もう何年も経つのに、無邪気に楽しむ姿が忘れられない。
アッシュグレイのサラサラな髪、少しツリ目がちなアンバーの瞳、健康的な肌色。
辛い日々を支えてくれた思い出だ。
迎えなど来ない。現実はそう甘くない。理性では分かっているが、どうしても縋っていた。
いつか、あの少年が迎えに来てくれる。その希望を糧に生きてきたから、簡単に捨てられないのだ。
美しい思い出。
心惹かれ始めている相手の手を取れない程、マチルダの心を占めている思い出。
それが裏切られるなら、夢見る乙女のままでよかった。
【落ち着いたかい? ボクの女神?】
「え、あ…………」
ヴィラの声が急に聞こえて、マチルダは動きを止めた。
息が荒い。辺りを見渡せば、散乱した室内。自分が暴れたのだと、唯一無事な椅子に深く腰かけて息をつく。
傍にあるローテーブルにヴィラが降り、そこに広がる新聞に目を通した。
【新聞かい? キミはこの塔の髪長姫で、俗世の事など知らぬ女神なのに。誰がこんな悪趣味な物を?】
「侯爵様よ。文字が読めない私に、ご丁寧に説明までして行ったわ。よっぽど嬉しいみたいよ? まぁ、他国の王子と縁が繋がるもんねぇ……」
一瞬だけ横目で新聞を見る。吐き気が込み上げてきた。視線を外して顔を覆う。
日付はつい昨日。マチルダの誕生日から三ヶ月後。
映像記録機で撮影された画像がついており、そこには男女が睦まじく左手を合わせて写っている。指輪は模様がピタリと繋ぎ合わさり、それが一対の物であると示していた。
男性の方は忘れようがない、在りし日の少年の色合い。あの時よりも背がぐんと伸び大人びた表情をしている。
もう一人は、マチルダではない。義妹だ。
「『オルフェノ国の第一王子ペテル殿下、タイアード国のメラニア・ティック子爵令嬢に求婚! 指輪で繋がれた愛の運命!』だって。バッカみたい!」
【本当に愚かだよ。偽物の見分けがつかないなんて、古代道具を使いこなせていないね。そもそも、素材が違うじゃないか】
「そう! 義妹の指輪は金よ。指輪を取られかけた時、模様だけ気に入ってるようだから言ったの。模様を型取りして、金にした方が似合うって……」
【賢明な判断だ、さすがボクの女神。頭の回転も速いね。環境さえ整えば、学術でも輝いていただろうに】
「今更だし、もうどうでもいいわ。最悪な気分よ……!」
頭が痛くなってきた。強く押さえつけ、気分さえも落ち着かせようとする。
マチルダと義妹は似ていない。指輪も素材が違う。
それなのに、あの男は間違えた。
即ち、マチルダの事を何一つ覚えていないのだ。全て覚えており、心の拠り所にしていたマチルダとは真逆だ。
長く、強く、想っていた。だが、蓋を開けてみればこの始末。
こんな惨めな気分になるなら、いっその事、放っておいてほしかった。
マチルダの意志とは裏腹に、目から涙が零れていく。せめて声はと唇を噛み締めていると、肩に少し重みを感じた。
そこから、布が涙を覆う。見ると、ヴィラが嘴にハンカチを咥え、押さえてくれていた。
【泣かないで、ボクの女神。どんな宝石さえも敵わないキミの涙は美しいが、見る目のない愚か者の為に流す必要はないよ】
「ヴィラ…………」
【あの愚か者は分かっていない。キミの価値も、古代道具の重大さも。破滅の道を歩んでいると、本人は気づいていないだろうね】
「その言い方……何か知ってるの?」
【愛しのキミの為に、色々と探っていたんだよ。今回の事で、オルフェノ国も口を割ってくれてね。初めてらしいよ。古代道具が他国の人を選ぶなんて】
「……どういう事?」
【あの国は、古代道具の恩恵で栄華を極めているんだ】
ヴィラは丁寧に説明を始めた。
オルフェノ国の古代道具は、その土地に根付く巨木らしい。
国王に子ができると、巨木は実をつける。中には一対の古代道具の指輪があり、子はそれを得る。
物事の判別がつく頃、巨木は指輪の持ち主に出会いの場を設ける。
最初は波長が合いそうな人。良いと思い強く願えば、同じ人物と再会できる。そこで交流をして、子は伴侶を決めるのだ。
選んだ相手へ、指輪を取り出し左薬指に嵌める。そうする事で、二人は強く繋がるという。
体調が悪い、危険な状態にある。そういう危機を感じ取れ、距離があっても傍に感じられるそうだ。
「……私、指輪渡されただけなんだけど」
【そう、その時点で順序が違うんだよ。外交官に聞いた話だと、第一王子様は突出した才能と欠落した才能の差が大きいらしいね】
「つまり?」
【記憶能力は後者という訳さ】
「それもそうね。夢でも交流なんて殆どしてないし、コッチの状況なんて知らなそうだもの」
【キミの様な輝く人を忘れるなんて、人生を無駄にしているよ。そして、指輪の真価はここからだ】
古代道具の指輪は、王族の結婚式に必須らしい。
結婚式の誓いで、巨木の前で指輪を合わせる。
そうすると、巨木から祝福が降り注ぐそうだ。それがまた国を発展させ、二人は正式に王族となる。
これがオルフェノ国で代々続く習わしだそうだ。
「……それ、義妹の偽物指輪じゃ無理じゃない?」
【その通りさ。そこで、第一王子様は気づくんだろうね。自分が間違えていた、と。そうして、今度こそキミを見つけ出すに違いない】
「絶対に嫌!」
マチルダは反射的に叫んだ。冗談ではない。もう、淡い気持ちもとっくに冷めて、むしろ嫌悪しかない。
不義理を働いたのは向こうだ。だったら、マチルダが大人しく待つ必要はない。
高鳴る心臓を押さえ、ヴィラをしっかりと見つめる。
「ねぇ、ヴィラ………………今更だけど、貴方の手、取ってもいい……?」
【本当かい!? も、勿論だよボクの女神! ああ! やっと、キミの傍で愛を捧げられるんだね!】
「そう思ってくれるの? 私の都合でずっと断ってきたのに」
【その程度、些細な事さ! 恐らくだけど、古代道具の効果もあるとボクは踏んでいるんだよ! だから、この日をどれだけ待ち望んでいた事か……!】
ヴィラが喜びを全身で表現する。小鳥の体でクルクル回り、羽を広げてポーズ。
愛らしい姿に、笑みが浮かんだ。
想っていた分、絶望は深い
想っていた分、手を取ってくれた喜びは天にも登る




