冒険者たちの浮世語り (5)
話の終わりとともに、息を吐く音がした。
「ずいぶんこなれた語り口だったな」
「そりゃどーも。次、あんただぜ」
クリフの指が、アルグレッドを指す。その手には、二番の籤があった。
アルグレッドは、渋い顔で咳払いをする。
『幽霊騎士と最後の旅』
冒険者たちの間でまことしやかに語られる、呪いの装備の話がある。
「怖い話?」
「黙って聞け」
魔族の話でもある。魔族は古いダンジョン、特に、魔法が生きた時代の遺跡に棲んでいることが多い。そのほとんどが、外と隔絶された環境で、魔力をたっぷり浴びて急激に進化した動物、と言われている。大きかったり獰猛だったりするわけだが、まあ、腕に覚えがあればさして脅威じゃない。
冒険者たちが嫌う魔族は、アンデッド系のやつらだ。これは、亡霊】が冒険者の死体やらモノやらに憑りついて動かすことで出来上がる。攻撃して動きを止めることはできても、魔術師じゃなきゃ完全に消すことはできない、厄介な奴らだ。しかも、うっかり憑りついている器を壊すと、自分の肉体に入ってくることがある。【亡霊】に詳しくない冒険者でも、アンデッド系に出会ったら、ランプに火を燈せということは知っている。
幽霊騎士は、そんなアンデッド系の魔族でも、ひときわ有名な存在だ。
マクベという冒険者がいた。お人よしなことで名を知られていた。残念なことに、お人よしであるということは冒険者にとっては短所だ。唯一幸いなのは、マクベは十分に腕が立ったということだろう。ほいほい金を貸してしまうような男だったが、食うに困ると言うことはなかった。
そんなマクベはあるとき、とあるダンジョンに潜ることになった。アンデッド系の目撃例が多く、マクベとしては行く予定のない場所だったが、古い仲間に泣きつかれてしまってはかなわなかった。しぶしぶ救出に付き合ったマクベだが、帰ってきたのは、マクベが使っていた装備一式だけだった。仲間に何を聞いても首を横に振るばかりで、マクベはそれきり、行方知れずとなってしまった。
マクベが冒険者ギルドに戻ってきたのは、半月後のことだった。見慣れない金属製の鎧に身を包み、錆びのひどい剣を帯びていた。ギルド職員が心配そうに声をかけると、ようやく納得してくれたから、と自分の鎧を指差した。
以来、マクベは無類の強さを誇る剣士となった。丹念に錆を落とした剣は、今はもう見られないリミスリルという金属が含まれていたそうだ。どんな依頼もたやすくこなす。魔族相手にひるむことも忘れてしまった。だが代わりに、マクベのお人よしは鳴りを潜めていった。
一人での仕事を好み、知り合いと酒を一杯飲むことすらしなくなった。そして、いつでもどこでも、あの古い鎧を身にまとっていた。
マクベはあの鎧に憑りつかれてしまったのだ。お人よしが、ついに幽霊にまで同情したかと笑う者も少なくなかった。しかしマクベの人となりを知る仕事仲間たちは、どうにかできないものかと頭を悩ませた。そのころは冒険者になる魔術師も少なく、その数少ない魔術師も解呪なんかできなかったそうだ。
古い仲間の一人に、シェグという魔術師がいた。お人よしで名を知られたマクベが瞬く間に孤立する中、シェグだけはしつこくマクベに、ギルド所属の魔術師に診断を受けるようにと進言した。マクベは耳を貸さなかったが、シェグは代わりとばかりにギルドや町の魔術師を巡り、鎧型の魔族の情報を集めた。
マクベが戻ってきてひと月経つ頃には、冒険者もマクベの話題に飽きていた。マクベがギルドに顔を出す回数は減っていた。相変わらずシェグだけが、会うたびにマクベを心配していた。マクベは口数も減り、目つきもひどく鋭くなっていった。
最後にマクベがギルドを訪れたとき、二か月ぶりにシェグに声をかけた。海を見に行くから、一緒に行かないかという。一晩悩んだ末、シェグはマクベに同行した。半月ほどかけて海へたどり着くと、マクベは高い崖の上から、じっと海を見下ろしていた。
シェグは戦々恐々だったそうだ。旅の間もマクベはロクに話さなかった。本当に鎧に呪われて、操られているのではないか。もしくは最後の理性で、鎧が這い上がれない海底に、友に沈む気なのではないか。そうでなければ、わざわざ時間も金もかけて、海に来たいなどと言うものか。
シェグはマクベから少し離れて様子を伺っていた。するとマクベは鎧の兜を脱ぎ、それをひょいと崖から放り投げた。驚くシェグをよそに、剣、鉄靴、脛当て、籠手、そして大きな胸当てが次々と海に沈んでいった。最後に小さなペンダントを投げると、マクベはシェグを振り返り、照れ臭そうに笑った。服を貸してくれという。
帰り道、マクベはようやく事情を語った。これまでの寡黙さが嘘のようによくしゃべった。
くだんのダンジョンで、マクベたちは動く鎧と出会った。【亡霊】が入り込んだアンデッドには違いないが、煌々と明かりを焚いているマクベたちに近づいて来たかと思うと、襲うでもなくじっとしていた。それどころか、複雑なダンジョンの道案内をし、脅威となる魔物を退け、時に動けなくなった仲間を背負って歩くこともあったという。マクベと仲間たちは、この奇妙な鎧を、幽霊騎士と呼んでいた。無事仲間を救出し、いざ帰るというときも、当然のように幽霊騎士が先導した。
しかし、幽霊騎士はダンジョンから出られなかった。どうやら鎧そのものに魔術がかかっているらしい。しかしその魔術を解けば、【亡霊】も鎧から離れてしまう。幽霊騎士は拙い文字で、外には出たいが、鎧から離れたいわけではないと言った。千年以上、地下深くで鎧になっていた【亡霊】は、最後にほんの少しでも、地上の景色が見たかったそうだ。
そこでマクベは幽霊騎士に、自分に憑りつけと言った。そして【亡霊】がダンジョンに引き戻されないように鎧を着込み、幽霊騎士との会話を楽しみながら路銀を溜め、ついに目的地に連れてくることに成功したのだという。
千年ぶりに海を見て、幽霊騎士は満足して去っていった。そうなれば、今更重い鎧を着込んでいる必要もない。しかしただ置いておいて、誰かに使われるのも寝覚めが悪い。マクベにとって幽霊騎士は友であった。鎧はその友の体も同じなわけだ。
そう楽しそうに語ってから、マクベは少し黙った。それからシェグを見て、言いづらそうに口を開いた。
本当は。
本当は、自分が次の『幽霊騎士』になるのが怖くて、鎧を棄てた。
幽霊騎士であった【亡霊】は、間違いなくマクベの友だった。だがたびたび、マクベは【亡霊】に引っ張られるのを感じていた。だから人付き合いもやめ、大急ぎで金を溜めた。シェグがいなければ、自分は友と一緒にいるために、あの崖から飛んでいただろう。
これからは、生きている人間だけに優しくしよう。マクベはそう笑っていた。




