吹き溜まり市にて (2)
吹き溜まり市にもそれなりのきまりはあるようで、大通りに近い場所は装飾品の露店が多かった。木箱と布の上にきちんと商品を並べている店もあれば、何かの原石を箱で投げ売りしている店もある。旅の商人が気紛れで構えた店か、模造品ばかりの詐欺店か。売り逃げができるこんな店では、目利きのできない客は格好の餌食となる。
「それと、それと……あとそれも見せてください」
商人たちからすれば、レオナルドはさぞいい獲物に見えただろう。外套留も髪飾りも、店先の商品とは釣り合わないほど光っている。すっと伸びた背筋と揃えられた足からは、着飾っただけでは得られない育ちの良さが滲んでいた。おまけに、背後には鋭い目つきの護衛がいる。
対して露店の店主はというと、癖の強い髪に埃が絡みつき、顔は日焼けで赤くなっていた。旅人に多い麻布の服も、膝がすっかり擦り切れている。店に並ぶのは、まだ土埃もはらっていない原石ばかりだ。店主はレオナルドの指に従って、ぶっきらぼうに石を渡す。
レオナルドは店の前にしゃがみこむと、原石を手のひらに乗せ、ゆっくりと観察した。店主は特に何を薦めるでもなく、がらがらと木箱の石を適当につかみ、陳列に加えている。分厚い手袋は、砂埃でひどく汚れていた。
白と橙の原石だった。白い原石といえば、水晶などの晶洞だろうか。白い部分を丁寧に取り除き、濁りのない橙の結晶を磨けば、首飾りで主役になれるほどの大きさがありそうだ。
「ゼオ、鞄にこれ入る?」
「二十個くらいなら」
「じゃあこれ一つ。ジルさんにも何かお土産買おうかなあ」
「あの人だったら魔道具の方が喜ぶんじゃないか」
ゼオルドが支払いを済ませ、レオナルドは次の店へ向かう。比較的きちんと陳列された宝飾店だった。
「やあお兄さん。橙色の宝石がお好みならいいのがありますぜ」
にこにこと愛想のいい店主が、揉み手でレオナルドを迎えた。
「明日にはここを発つんだ。一つ買ってくれるだけでも積荷が軽くなるんでありがたいんだけれども」
宝飾店には先客がいた。レオナルドと同じ年頃か、少し幼いくらいの少女だ。小さな耳飾りを前に、真剣な顔で唸っている。レオナルドは陳列を見下ろし、主人の手へと視線を滑らせた。筋張った手には、大小いくつもの傷跡がある。
「値札があるのですね。珍しい」
「これなら相場が分からないお客さんも安心でしょう? お兄さん、あんまり言い値でぽんぽん買っちゃいけませんよ。目利きができなきゃカモにされちまう」
「ご心配をどうも。ですが、僕は僕がふさわしいと思った値段で買っていますのでご安心を」
にっこりと、店主に負けない愛想の良さでレオナルドは笑って見せた。店主は「そうですか」と声のトーンを落とす。
「ええ、ですから」
レオナルドは腰を下ろすと、少女の視線の先にあった耳飾りをひょいと取った。
「これも、値札の五分の一程度でしたら、ふさわしいと思うので買わせていただきたいです」
先客の少女は、驚いてレオナルドを見る。レオナルドに向けられる店主の視線が、にわかに剣呑になった。
「目利きできるの?」
少女の問いに、レオナルドは微笑を返す。
「誰かへのプレゼントですか?」
「……そんな大したものじゃないけど。お母さんが、オレンジが好きだから」
耳飾りは、小指の爪ほどの宝石がついているには安い値付けだった。
「お客さん、それはオレンジクリスタルなんだ。結構安くしているほうなんだがね」
「そうですか。店主さんが加工されているんですか?」
レオナルドは相変わらず笑顔を崩さない。店主は薄気味悪いものを見るように目を細めた。少女はレオナルドに、期待のこもった視線を向ける。
「……どうしてそう思う?」
「だって、店主さんの手。職人の手じゃないですか」
さぞ当たり前のように、レオナルドは言った。不機嫌な顔の店主から目をそらし、金属製のブレスレットを手に取る。細かな透かし彫りが施された一品だ。
「これなんて、継ぎ目がない。一枚の金属板からこの繊細な紋様を切り出して、さらに歪みなく曲げている。宝石はなくとも、知人に見せればこの値付けの三倍は出すでしょう」
ブレスレットを置き、レオナルドは改めて店主を見る。まっすぐな視線に、店主は次の言葉を飲み込んだ。ご機嫌取りのおべっかにしては、レオナルドの顔は真剣過ぎた。
「……で? じゃあそれを三倍で買ってくれるのか?」
「いえ、別に僕はブレスレットを探しに来たわけではないので。ただ、惜しいなと思ったんです」
「なんだよ」
レオナルドは、等間隔に並んだ耳飾りの中から、銀の羽を模した形のものを取った。
「これはいかがです?」
少女の手に耳飾りを乗せ、レオナルドは笑みを深めた。
「石は小さいですが、これなら損になりませんよ」
羽の付け根に、小さな橙色の石がはめ込まれていた。少女が耳飾りを眺める間に、レオナルドはペンダントトップを一つ取る。
「僕はこれを。いい飾り彫りですが、この赤い石はガラス製の模造品ですね。そのぶん安くしてください」
「……四百」
「二百五十で」
「おいそれは足元見過ぎだろう。三百五十!」
「二百八十」
「三百二十」
「ではそれで!」
四割引きほどでペンダントトップを手に入れ、レオナルドはほくほく顔で店を離れた。ようやく厄介な客を追い払えたと、店主は安堵の息を吐く。
「あー、あんたも買うならちっと安くしてやるから、早くしてくれ。今日はもう店じまいだ」
「あ、はい」
騙されるほうが悪い、が吹き溜まり市では暗黙の了解となっている。しかしだからといって、詐欺を見抜かれてなお店を構え続けられるほど甘い場所でもない。噂が広まる前に、さっさと退散するのが吉だ。
追われるように店を離れ、少女はレオナルドを探した。幸い、金髪はよく目立つ。ややもせず、串焼きの屋台を眺めているレオナルドを発見した。
「あの、ありがとう。予定より安く買えました」
「そうですか。それはよかった」
「……ところで、これも偽物?」
少女は、銀の耳飾りを見せる。レオナルドはきゅうっと目を細めた。
「……黎明の雫」
「えっ?」
「オレンジクリスタルにとても良く似た稀少鉱石です。宝石商に見せれば、桁が一つ上になるでしょうね」
口の前に指を立て、レオナルドはいたずらっぽく笑う。少女はレオナルドを見上げ、ぽかんと口を開けていた。
「『目利きができなきゃカモにされる』んでしょう?」
「……あ……あああっ!」
ようやく合点がいったように、少女は声を大きくした。
少女と別れ、レオナルドは駅の方角へ足を向ける。荷物持ちをしていたゼオルドが、その隣に並んだ。
「お人よしがすぎるんじゃないか」
「そうかな」
「安く買いたいだけなら、あんなに褒めそやさなくてもいいだろうに」
「僕は事実を言っただけだよ。本当に惜しいと思ったんだ」
買ったペンダントトップを手のひらで転がす。透かし彫りの板で作られた多面体の内側に、小さなガラス玉が入っていた。
「彼が自分の技術の価値に気付きさえすれば、表通りに店を持てるだろうにね」
なにも、美しい宝石ばかりに価値があるわけではない。
「これ、リファさんへのお土産にどう?」
「お母様に? お前人の親まで口説くなよ」
「ゼオから渡してよ」
「……嫌だよ怖い」
言いながらも、ゼオルドはペンダントトップを受け取った。
「じゃ、今日の昼飯の決定権は俺にくれ」
「いいよ。でも食べ歩き以外がいいな」
「お前、食うのと歩くのどっちかしかできないもんな」
懐中時計で確かめると、まだ汽車の出発までは余裕があった。適当なカフェに入る時間くらいはあるだろう。




