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蒼天のアルターレ  作者: 日凪セツナ
第四章 浮木と楔
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2)再会

 冒険者ギルドの掲示板の前で、ゼオルドは依頼の紙を睨みつけていた。割のいい仕事は軒並み、拘束時間が長い。アルグレッドに勧められて冒険者の登録証は作ったが、あくまで自分はレオナルドの護衛。長くレオナルドのそばを離れることは避けたい。


「僕も冒険者になろうかな」

 唸るゼオルドの横から、レオナルドが顔を出す。


「お前には家庭教師の仕事があるだろ。俺はそういうのができないんだ」


 レオナルドは十日ほど前から、孤児院で家庭教師をしている。クリフの恩師、アンキュウの紹介だ。


「いいじゃないか、憧れたって。僕だって剣にはちょっと自信あるんだよ」

「はいはい」


 片手で追い払われ、レオナルドはしぶしぶ掲示板の前を離れる。

 年が明け、アルグレッドたちが長期の護衛任務に出てしまってしばらくになる。ヘルガの町までだと言っていたので、往復で十五日ほどかかるだろうか。

 空席を探すレオナルドを、片手を挙げて呼ぶ人物がいた。レオナルドが自分の顔を指さすと、その青年は何度も頷いて手招きする。


「席探してたんだろ。俺たちもう出るから」

「いいんですか?」

「おう。だっ……、クリフォードじゃねえな?」


 またこれかと、思わずレオナルドは笑う。兄は顔が広いのか有名人なのか、同じことを言われるのはかれこれ八度目だ。


「悪い悪い。他人の空似ってあるもんだなあ。冒険者?」

「いえ。冒険者にはなってみたいんですけど。クリフォードの知り合いですか?」

「何だ、身内か。まあ、ちょっとした仲?」


 青年はレオナルドに椅子を譲り、にっと笑って見せた。


「そうかそうか、あいつの身内。お坊ちゃんならあの規模の魔術使えるのも納得か」

「ご覧になったことが?」

「一回だけな。何だっけ、スカーレットさんが言ってた……」


 指をくるくると回し、青年は眉間にしわを寄せる。


「……忘れた。詳しく聞きたいなら、スカーレットさんの方がいいと思う」

「スカーレットさん、という方も冒険者なんですか?」

「国属のな。聞いたことあるか?『鋼鴉の嘴(コーヴィス)』って」

「な……くは、ないです、多分」


 アンキュウが確か、ザマルには考古学者や史学者にとって、力強い味方がいると言っていた。コーヴィスがそのことだろうか。


「クリフォードのこと気にかけてたし、身内って聞いたら時間作ってくれるかもな。聞いてみるか?」

「ぜひ!」


 渋い顔のゼオルドとは反対に、レオナルドは身を乗り出して目を輝かせた。




 待ち合わせの時間ぴったりに、スカーレットは現れた。表通りの飲食店の個室。割高だが、野次馬の心配はない。一足先に食事を注文していたレオナルドは、立ち上がって挨拶をした。脱いだローブを椅子にかけ、スカーレットは握手を受ける。


「こんな格好ですまない。スカーレットだ。よろしく」

「レオナルドと申します。こちらこそ、お時間をとっていただき感謝いたします」


 スカーレットは長い髪を一つに束ね、目元には金属製の仮面をつけていた。簡素な服ではあるが、腰帯には装飾が重たそうなほどついている。鴉の羽を象った仮面は、橙色の明かりを受けて縁が光っていた。


「そちらは?」

「護衛のゼオルドです」


 席につき、スカーレットはメニューをとる。注文はゼオルドが受け取って、カウンターに告げに行った。室内に二人だけになると、スカーレットは髪留めに手をやる。ばちんと音を立て、髪留めと仮面が外れた。仮面と言っても目元は開いておらず、眼窩に黒々としたレンズがはめ込まれていた。


「ふう」

「それは、外しても大丈夫なものなのですか?」

「素顔も見せずにいるのは無礼だろう?」


 琥珀色(アンバー)の瞳をきゅうっと細め、スカーレットは微笑した。


「クリフォードの身内だと聞いている。兄弟か?」

「弟です。双子の」

「ふぅん。私に、何か聞きたいことが?」


 両手をテーブルに乗せ、レオナルドは小首を傾げて微笑を浮かべた。


「聞きたいことがあるのは、そちらでは?」


 両手に皿を乗せ、ゼオルドが戻ってくる。気楽な挨拶を途中で飲み込んで、護衛の青年はそっと料理を下ろした。


「確かに、聞きたいことはたっぷりある」

「でしょう。だからお忙しい中、こうした場を設けてくださったんですよね」

「しかし……ふふ。そう警戒しなくとも。聞いてほしくないことは聞かないよ」


 スカーレットは瓶に手を伸ばし、レオナルドのグラスに葡萄酒を注ぐ。


「しかし、双子の弟か」

「ええ。兄とは幼いころに別れてしまって。……どんな人でした?」


 グラスを傾け、スカーレットは目を伏せた。綺麗な人だな、とその表情にレオナルドは素直に感嘆する。探検隊のリーダーと聞いて、多少ならず、冒険者に似た荒々しさを持っていると想像したのだが。


「強い、男だよ。良くも悪くも」


 ゆっくりと言葉を選んでから、スカーレットは顔を上げた。


「何かに命を懸けられる強さがある。命が危うくなる場所まで行けてしまう強さがある。無知蒙昧なわけでもなく、ただ、この崖から飛び降りれば死ぬと知っていながら、飛び降りることを躊躇わない危うさがある」

「……褒めています?」

「貶している」


 パンをちぎり、スカーレットは微苦笑を浮かべた。


「だが、百聞は一見に如かずという。貴殿らがあの魔術師に会ったら、また違った感想を抱くだろう」

「魔術師……。兄は、やはり魔術の才能があるのですね。すごいなぁ」


 眉根を寄せ、レオナルドは笑みをこぼした。


「貴殿は?」

「ないんです。ちっとも」


 控えていたゼオルドが、「おい」と声をかける。レオナルドは首を横に振り、左手を見下ろした。


「こちらの国でいう、生得魔法もないですし、どんな魔法を使おうとしても、思うような結果にならないんです。私の国では、魔法が使えない王族に価値はありません」

「…………ふうん」


 口を滑らせたことに気づいていないのか、レオナルドは左手を握り、ゆるく唇を噛んだ。後方ではゼオルドが、額に手を当てて天を仰いでいる。

 スカーレットは目を細め、記憶をたどる。


(そうか……あいつは王族だったのか)


 スカーレットの沈黙に、レオナルドは首を傾げた。振り返ってゼオルドを見てようやく、両手を口に当てる。


「ぼっ……、わ、たし、もしかして言いました?」

「ん? ふふ。聞いていないことにするよ。もう一杯いかがかな?」


 スカーレットが葡萄酒の瓶を差し出すと、レオナルドは首を振ってこれを辞した。


「ザマルにはいつまでいるんだ?」

「春までです。兄に会う必要があるので。そのあとは、国へ帰る予定です」

「南だろう。送っていこうか」


 唐突な提案に、レオナルドは「へっ?」と間の抜けた声を出した。


「私も春先に、南の内海へ用がある。護衛は多いほうがいいだろう」

「ちょっと待て、ください」


 ゼオルドが割り込み、テーブルに手を乗せた。


「護衛なら俺で足りています。結構です」

「ゼオ、失礼だよ」

「お前は黙ってろ」


 腕を組み、スカーレットは背もたれに寄り掛かる。


「なんとも。立派な護衛だな。ハリネズミのようだ」

「はっ……、とにかく! 事情があって、こんな異国まで遥々来てるんです。ご理解いただきたい。さっさとクリフォード様を連れて帰らなきゃいけないんだ」

「ゼオ」


 レオナルドは鋭く、ゼオルドを一瞥した。


「……分かったよ。だが俺は」

「待機、命令」


 ぐっ、と言葉を飲み、ゼオルドはしぶしぶ引き下がる。しわの寄ったテーブルクロスを片手で整え、レオナルドは再び微笑を浮かべた。


「うちの番犬が失礼。少々四角四面なだけで、まじめな奴なんですよ」

「上に立つものというのは苦労するな、お互い。私のはあくまで提案。雪解け後、春の天道祭前日に出立する」

「その情報だけでも感謝いたします。南の内海というと、春寄谷(フー・サチェット)のほうでしょうか」


 ああ、と頷き、スカーレットは仮面を手に取る。最後の一つのトマトを口に運び、レオナルドも食事を終えた。


「……もしよろしければ、聞いても? 何の調査か」

「有名なおとぎ話だ。ザマルでは絵本にもなっている」


 目隠しと髪留めを頭に乗せ、スカーレットは苦笑を浮かべた。


「飛来する楽園。幻想の歌人。【どこにも存在しない国(ティティ・ル・レザー)】の伝説を、探しに行くんだよ」


 仮面が目元を隠す。興味深そうにうなずくレオナルドとは対照的に、ゼオルドは終始渋い顔をしていた。



     *          *          *



 甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「ふあ」


 心地のいい夢から覚めて、ソルードは顔を上げた。口を埋めていたタオルに、涎のシミができている。

 体を起こし、毛布から這い出した。枕元には今日の服がちょんと揃えて置いてある。


「ソル、起きたか?」


 聞こえてきた声に寝ぼけながら返事をして、ソルードは布団の上で座った。今日の朝食はなんだろうか。甘い中に、ホットミルクの匂いが混ざっている。

 寝床になっているロフトから、階下を見る。

 リビングダイニングのワンルーム。田舎にありがちな、土とレンガの一軒家だ。壁際の簡素なキッチンで、クリフがフライパンを振っている。

 着替えて梯子を降りると、勢いよく玄関扉が開いた。


「おはようソル! 今日もいい天気だよ」


 両手に野菜を抱え、ロアルが顔を出した。


「顔、洗っといで。水は汲んであるからね」


 玄関とは反対側の勝手口から出る。家の裏手には、レンガの小屋が一つ、井戸が一つあった。井戸の横には木製のタライがあり、そこに水が汲まれている。

 広々とした草原を、ゆったりと風が撫でる。遮るもののない風景の先は、霧で霞んでいた。一度気が済むまで走ってみたが、息が切れるまで走っても、振り向けば家が見えていた。

 見上げれば快晴。しかし太陽があるわけではない。ただ、青く澄んだ空に白い雲が浮かんでいる。風は春の心地よさそのままで、身を切るような北風も、体の奥底まで凍えるような冷気もここにはない。

 この快適な空間が、精霊から与えられた祝福――【精霊の秘密箱(レストルーム)】だった。




 クリフたち一行は、精霊が住まう【幻惑の森(ケイヴ・ファントーム)】に約三ヶ月滞在した。

 そもそも、大抵の冒険者は冬に移動をしない。特に雪の降る地域では、馬車も止まり、隣町に行くのすら困難になる時期だ。精霊の庇護下にある環境で休めるというのは、願ったり叶ったりの条件であった。

 そこで問題になったのが、三ヶ月の間の宿である。まさかずっと村長の家に世話になるわけにもいかないが、客など滅多に来ない精霊たちの集落には宿などなく。


『ならば、先に渡してしまおう。報酬を』


 そう言って風の精霊は、三本の鍵を差し出した。ご丁寧に、それぞれ太陽と月、星の飾りがついていた。


『水の精霊ルル・リ・テハウの自信作。えー……どこでも快適おうちセットだ』

『はい?』

『それを土の上に乗せ、火で照らして庭にした。風からは祝福をやる』


 できる限り早く仕事を片付けたそうな精霊の、人間臭い表情を妙に覚えている。

 そうして家と庭を与えられ、三ヶ月の間に色々と改装も施した。現在は一階がリビングとキッチン、ロフトが寝室になっている。家の前にはクリフ謹製の畑が、裏手には魔術工房が出来上がっている。ロフトの下、壁際には三人分の棚がしつらえられていた。クリフの棚にはグレンから譲り受けた銀の箱と魔導書が数冊、ソルードの棚には絵本と文字の練習用具が並び、ロアルの棚はまだ空っぽだった。

 冒険者でなくとも、旅では荷物を減らすことが重要だ。しかし現在、荷物どころか宿の心配も不要になったのである。なんという贅沢だろうかと、冷たい風の中を歩くたびにクリフは噛み締めていた。

 杖を担ぎ、クリフは丘を登る。長いなだらかな丘陵を超えれば、街道が見えてくるだろう。精霊の森を出て半日、まだ馬車が通らない道をひたすらに、ザマルへ向かって歩いている。

 振り向けば、残雪の間を冷えた靄が流れていた。吐いた息はまだ白い。靄の向こうに、精霊の森が見える。


「……森の中でも撮っときゃよかったな」


 両手の人差し指と親指で、空中に四角形を作る。景色を切り取るように指を構え、片目を閉じた。


「【射影(リプロ)】」


 体に刻んだばかりの魔術を起動する。景色を魔術式に変換し、再現する投影魔術だ。空中の四角から飛び出した文字が、クリフの持つ白紙に整列した。


「……うん」


 満足げに笑みを浮かべ、再びクリフは歩き出す。

 ザマルで待っているらしい客人を思うと憂鬱ではあるが、ロアルがそちらを優先しろと言うのだから仕方がない。いっそ手紙を受け取らなかったことにしたかったが、残念ながら無視できるような文面ではなかった。


「覚悟キメるかぁ」


 丘を登り切ると、ようやく視界が開けた。高く登った日の下で、街道は遠くで白く光っている。

 馬宿まで行ければ、十日もかかりはしないだろう。家のおかげで、宿までのペースを考えずに進める。日中はクリフが馬で、夜間はロアルが徒歩で距離を稼ぐ予定になっている。


「……お家騒動まで行かなきゃいいけど」


 生まれがどうあれ、クリフは田舎育ちの農民根性が染み付いている。自分の弟を名乗る手紙の主が、変な気を起こさなければいいが。

 たとえば自分に、継承権を与えるだとか。




 五日後。


「兄上には帰国ののち、王位継承権第二位についていただきます」

「お前マジかよ」


 冒険者ギルドの個室で、その青年は真顔で頷いた。金糸の髪に蜂蜜色の瞳。嫌になる程、自分によく似ている。きちんと足を揃えて座っているあたりは、さすが王族といったところか。

 部屋には、クリフ、ロアル、アルグレッド、そしてレオナルドとゼオルドがいた。冒険者ギルドに入るなり連行され、クリフとしては感動の再会も何もあったものではない。向こうは一応、嬉しそうな顔はしていたが。


「はい。正確には第一位は兄上ですが、長く国外にいらっしゃったため特例で僕が第一位に。ただ、これは兄上の国内での身分を保証するための措置です」


 淡々と、レオナルドは言葉を続ける。唇を撫で、クリフは眉間に皺を寄せた。隣のアルグレッドを伺うと、こちらも渋い顔をしている。


「そうまでして、追い出した俺を連れ戻したい理由が?」

「はい。手紙は読んでくださったかと。兄上の決断に、エルディンバルラ王都、五万人の生活が懸かっています」

「それが解せねえんだよ。なんでお前が解決できないんだ」


 ゼオルドが表情を険しくする。レオナルドの背後で、ゼオルドはきちんと脚を揃えて背筋を伸ばしていた。その表情がみるみる曇り、鋭い双眸がクリフを睨みつけてくる。


「……おっかねえ従者連れてんな」

「こら、ゼオ」


 たしなめられ、ゼオルドはふいっと顔を背ける。


「兄上は魔術師なのですよね」

「ああ」

「僕は魔法が使えないんです」


 口の端を緩め、レオナルドは微笑を浮かべた。


「詳しい内情までは……ええと、そちらの方は」

「ボクは彼から仕事を引き継いでるから」


 ロアルはアルグレッドを指差し、アルグレッドも無言で肯定する。


「それに、ボクの(・・・)魔法使い君を貸すんだから、事情を知る権利があると思わないかい?」

「……お前、よく真顔でそれを言えるな」

「あらー! ボクの表情よく分かるようになったねーさすが魔法使い君」

「うるせェわ」


 一通り茶々を入れてから、ロアルは両腕を背後で組んだ。


「さて。じゃあ真面目に述べさせていただこうかな」


 背後に立つロアルが、背筋をただす気配がした。クリフは一度長い瞬きをして、肩から力を抜く。


「第一に。ボク……ロアル・ユークリッドは、クリフォードの雇い主である。冒険者パーティではなくパルという形式だけれど、最終決定権はボクが持っている」


 ロアルを見上げ、レオナルドはゆっくりと頷いた。


「第二に。王族の護衛エスクードという仕事を、ボクはアルグレッド本人から引き継いでいる。その際、彼が王族であるということは聞いていない。ただ、これまで五度、刺客を退けている。その程度には狙われる身分だと理解している」

「ちょっと待て、初耳だ」


 振り向かないまま、クリフは顔をさらに険しくした。


「気付かれるわけないだろ、ボクがさ。最後に、これは個人的な、本当に個人的な意見として」


 ロアルは片手を、クリフの肩に乗せた。驚いて、クリフはロアルを見上げる。


「彼の出自に興味がある」

「…………」


 蜂蜜色の瞳が四つ、銀灰色の瞳も四つロアルに向いた。肩から手を払って、クリフはため息をつく。レオナルドは数秒、思案するように目を閉じた。


「そうおっしゃるのでしたら、同席は構いません。ゼオはどう?」

「その仮面とフード取れ」


 ゼオルドの指がロアルに向く。ロアルは仮面を片手で押さえた。


「妙な気配がする。亜人種(クレセント)か、まさか獣人(レイジー)じゃないだろうな」

「違うけど。どうしてそんなに刺々しいんだい」

「獣人は獣だ。そんなものが王族の傍に侍るのを許すやつは少ない」


 レオナルドの手が、ゼオルドの手に添えられた。


「ゼオ。失礼」

「顔を見せないほうが失礼だと思わないか」

「ここはエルディンバルラじゃない」


 ゼオルドの手を下げさせ、レオナルドは三人に頭を下げた。


「ご無礼を。ただ、僕もロアルさんの素顔を見たいとは思います。もちろん、見せたくないという事情はお察ししますが」


 ロアルは椅子の横に回り、肘置きに腰掛ける。クリフはそちらを見てから、また長々と息を吐いた。


「ツラも見せられねえ冒険者は、信用ならねえってか」

「そんなことは……兄上がもしお顔をご存じなら、それでもいいのですが」


 組んだ足に肘を乗せ、クリフは頬杖をついた。


「俺も、こいつのツラは知らねえ」


 視線を泳がせるクリフに、ゼオルドが一歩踏み出した。腕を組んだまま、アルグレッドは静観している。やや驚いたように片眉を上げて、レオナルドはロアルへ目を向けた。


「……んー……顔、顔かあ。残念ながら見せられないな。だって、ほら」


 からん。軽い音とともに、仮面が床に落ちる。


「ご覧の通りなんだもん」


 外套が脱ぎ捨てられ、首のない服だけがそこに残った。


「……な」


 総毛立ち、ゼオルドは腰の短剣に手をかける。立ち上がったレオナルドの肩に、ゼオルドの左手が乗った。アルグレッドとクリフは、そろって額に手を当てる。

 ロアルは両手を挙げ、敵意はないというように手のひらをひらひらとさせた。


「……兄貴知ってたのかよ」

「知ってたから反対したんだよクソボケどもが」


 外套と仮面を拾い、ロアルは頭部を作り直す。その間にクリフは、ゼオルドをレオナルドの隣に座らせた。顔に汗を浮かべ、ゼオルドは素直に腰を下ろす。


「……あるんだな、そんなこと」

「うん、僕も初めて見た」


 言いながらも、レオナルドの目はきらきらとしている。抑えきれない好奇心が、ありありと瞳に現れていた。


「あの、えっと……ちょ、ちょっと触っていいですか!?」

「え」


 ロアルの許可より先に、レオナルドはロアルに駆け寄っていた。人の形をした服を、さわさわと両手が這いまわる。


「うわあ、人の体の感触にちょっと似てる……でも空洞なんだよな? ゴーレムなら核があるはずだし……接続部が固定されていないっていうことは接触したら自分の肉体判定になるのかな」


 ぐい、とロアルの手を無遠慮に引っ張って、レオナルドは手袋と袖のつなぎ目をまじまじと見る。


「やっぱり単純接触接続だ。うわあ、うわあ! 粘土ゴーレムだって一度は形成して範囲固定しないといけないし腕は腕のままなのに可変ってこと? 魔術機工学だったら磁力で可能だったっけ。だとすると」

「ちなみに任意で手袋は脱げるよ」

「うわーっ! 物理じゃなく意識で輪郭を形成してるってことですね! うぇっひひひひすっごいや! どういう仕組みなんですか!」

「うん、落ち着きな?」


 緩んだ顔でロアルを見上げ、はっ、とレオナルドは息を飲む。心なしか、ロアルの仮面が苦笑いをしているように思えた。振り向けば、従者も兄もアルグレッドも、ぽかんとした顔をしている。


「はい、お座りして」

「……あ……ああ……」


 席に戻され、ぷるぷるとレオナルドは震え始めた。白い肌がみるみるうちに、耳まで真っ赤になる。


「……まあ、仲良くなれそうでよかったよ」

「うわああああああああああっ! ごめんなさいごめんなさい、忘れてください!」


 両手で顔を覆い、レオナルドは足をじたばたさせる。


「あはは! 気にすることないよ。クリフも魔導書読みながらたまに涎垂らしてるもの」

「うるせぇ!」

「それに、魔術機工学って言ったね。それに興味がある人間は貴重だ。嬉しいね」


 クッションに顔を押し付け、レオナルドは唸っている。ゼオルドもショックを受けたような顔で、肘置きに体を預けて項垂れていた。


「あっはっは。ねえクリフ、あの王子様【八重塔遺跡】に連れて行ったら高血圧で失神するんじゃない?」


 ロアルの頭を叩き、クリフは乱暴に前髪を掻き上げた。


「あー、その……まー、あれだ」


 顔を見合わせ、クリフとアルグレッドは頷いた。


「なんか、飯でも食いに行くか……?」

気遣い(トドメ)が痛いです!」


 個室の防音魔術を貫通する勢いで、レオナルドは叫んだ。

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