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蒼天のアルターレ  作者: 日凪セツナ
第四章 浮木と楔
35/55

1)レオナルド

 世界には希望が満ち溢れていると、何の根拠もなしに信じられていた。

 少年にとっては、ベッドの上で微笑む母と、隣で笑う兄が世界のすべてだった。自分の世界はそこで完結していて、けれどそれで満ち足りていた。

 母がいなくなって、世界から灯が一つ消えた。自分の世界は広くなり、母の代わりに、父を名乗る他人が居座るようになった。


『……君、だれ?』


 兄の目に自分が映らなくなった日。

 少年はあっさりと、世界に絶望した。




 クリフたちの【幻惑の森(ケイヴ・ファントーム)】での冒険から、時間は少し遡る。

 昼過ぎから降り始めた雪が、うっすらと道に積もり始めていた。

 ヘルガの町は冒険者も多いが、それ以上に商隊や旅団の滞在が多い。食堂で暇ができるのは、昼食のピークが終わり、夕食の仕込みが始まるまでのわずかな時間だけだった。

 皿洗いを終え、トートは待たせていた客人のもとへ駆け寄った。赤毛の猫耳が視界に入ると、客人は顔を上げる。

 艶やかな金髪に、蜂蜜色の瞳。甘めの顔立ちは、遠くを見ているとなお、トートの知るクリフにそっくりだった。


「お待たせしたわね。話聞いたげる」

「ありがとうございます」


 金髪の青年がふわりと笑う。その隣には、不機嫌な顔の青年が座っていた。肌は浅黒く、灰色のターバンから黒髪が飛び出している。銀灰色の目は鋭く、猟犬のようだ。ほとんど丸腰の金髪の青年に対して、こちらは弓を背負っていた。腰にも短剣が吊るされている。フード付きの外套は、やはり上等そうな艶のある布だった。


「でもその前に。名乗ってよね。あたしはトート。アルのパーティで助士(フッカー)やってる。あんたらは?」


 黒髪の青年の顔が険しくなる。だが金髪の青年がそれを片手で制し、立ち上がった。


「ご無礼を。僕はレオナルド。クリフォードの双子の弟です。それ以上は言えません。こちらはゼオルド。護衛です」


 紹介された青年は、立ち上がらずに頭だけを下げる。ふうん、と頷いて、トートは二人の向かいに座った。


「あいつ本当にお貴族様だったんだ。でもそれだけじゃ、こっちも何も話せないわ。怪しいもの」

「そうですか。ではこれでどうでしょう」


 レオナルドは懐から、小さな袋を取り出す。テーブルに置かれると、袋の中からコインの音がした。


「依頼をします。冒険者なのでしょう? こちらは前金としてお受け取りください。クリフォードの情報をください。そして可能であれば、連れて行ってください」

「金にものを言わせても解決しないこともあるのよ、お坊ちゃん」

「知っています。この金であなた方の信用を買わせてください」


 トートの手に袋が乗せられる。ずしりと重い。トートは軽く袋を上下させ、視線を鋭くした。


「あたしがこれを持ち逃げしないって確証は?」

「するんですか?」


 驚いたように目を開きながら、レオナルドは小首をかしげる。それからじっとトートを見つめ、微笑した。


「しないでしょう?」


 トートの尾がゆっくりと揺れる。

 アークリヴァルティで流通する硬貨は大きく四種類。金貨、銀貨、銅貨、そして不揃いな欠片銭。袋の大きさと重さ、感触、そして音から、大体の額面は想像できる。この袋一つあれば、贅沢さえしなければ向こう半年は食っていけるだろう。


「…………」

「………………」

「……………………」


 数秒の沈黙に、トートが根負けした。


「分かった、分かった。信用を買われてあげる」


 レオナルドの頬が緩む。


「今夜アルが帰ってくる。紹介するわ。うちのリーダー、クリフォードのお兄さんなんだって」

「……お兄さん?」


 途端に剣呑な空気を出したのは、背後で黙っていたゼオルドだった。耳をそちらに向けながら、トートは立ち上がってエプロンを払う。


「そ。義理のでしょ。顔も似てないし。聞いたときはびっくりしたけど、別に珍しいことじゃないわ。庶民にとってはね」


 レオナルドがちらりとゼオルドを見る。ゼオルドは下を向き、唇を引き結んでいた。


「アル、と呼んでいるが。お前のリーダーのフルネームは?」

「お前、なんて言ってくる人に教える義理ないわ。さあ立って立って。夜のお客さんが来るんだから」


 トートに椅子を蹴られ、二人は慌てて立ち上がった。




故郷(くに)に帰れ!」


 二人の客人の前に座るなり、アルグレッドは声を荒げた。トートは耳を伏せ、フォレイルに身を寄せる。


「……名前くらいは聞いていただいても」

「聞かなくても分からぁな。どぉせクリフの野郎を連れ戻しに来たんだろ」

「話が早い。その通りです」


 床に正座をして、レオナルドは背筋を正す。アルグレッドはイライラと頭を掻いた。


「じゃあ帰れ。今更帰ってきてほしいなんてムシのいい話だろうが」

「でもあなたは、クリフォードではありません。とにかく本人に話をしてみないことには分からないでしょう」

「じゃあ結論から言うと、お前たちへの返事はノーだ」

「ですが……」


 レオナルドはアルグレッドの右手を見る。こぶしを作った右手は、黒い手袋に覆われていた。日焼けした肌と黒髪、狼のように鋭い、銀灰色の瞳。

 ゼオルドによく似ている。


「この件に、あなたの意志は必要ない(・・・・)


 厳しい声音で言ってから、レオナルドは目を伏せる。


「……失礼。僕個人の話であれば別ですが、今は、引き下がるわけにはいきません」


 レオナルドが目くばせをし、ゼオルドは頷いて地図を差し出した。


「ザマルという町に、クリフォードがいると聞きました。そこまでの護衛として、あなた方を雇います」

「護衛、ね……」


 額に手を当て、ちらりとトートを見た。トートは尾を足に巻き付け、身を縮める。

 アルグレッドは目を閉じ、長々と息を吐く。突き刺さる視線に、自然と眉間にしわが寄った。顔を上げると、レオナルドはわずかに不安を滲ませる。


「苦労するな、お互い」


 顔を向けられ、ゼオルドはムッと唇を曲げる。アルグレッドが突き出した手に、トートが前金の袋を乗せた。


「ここからザマルまで、素人が歩けば十日。トートがあいつらと最後に話したのも十日前で、その時点であと半月ザマルにいるって話だった。早馬で三日。……ギリギリだな」

「アルグレッド、引き受けるのか」

「異論が?」

「無い。けど、不安だ」


 フォレイルは座り直し、ゆっくりと二人の客人を見た。


「旅慣れてなさそうだ」

「慣れてもらう。俺一人で送ってくるから、お前らはここにいていい」

「行くわよ、あたしらも。人探しなら人手が必要でしょ」


 トートは立ち上がり、鞄を取る。


「じゃあ頼む。五人分」

「はーい。フォレイル、荷物持ちお願いね」


 尾で肩を叩かれ、フォレイルは苦笑して立ち上がった。財布を受け取り、二人は部屋を出ていく。

 アルグレッドは前金の袋をひっくり返すと、そこから金貨を三枚取り、レオナルドに突き出した。


「馬の調達はあんたらの仕事。四頭。いい馬の見分け方なら分かるだろ?」

「え、あ、はい」


 両手で金貨を受け取り、レオナルドはこくこくと頷く。


「頼んだぜ、王子様」

「……ご内密に」

「分かったよ」


 二人が出ていくと、アルグレッドは地図を見下ろし、頬杖をつく。


(見通しがよくて、馬宿か砦宿があって、かつ短いルートは……)


 ペンを片手に、アルグレッドは息を吐いた。




 一行がザマルに到着するころには、本格的に雪が降り始めていた。乗合馬車の本数も減り、城壁周辺の畑には藁が敷かれている。入国手続きを済ませ、アルグレッドは冒険者ギルドに向かった。きょろきょろと落ち着かないレオナルドは、ゼオルドに首根っこをつかまれている。


「出発したぁ?」

「ええ、ほんの数日前に。貸倉庫からどこかに荷物を移しましてね。倉庫代がもったいないとは思ったんですが、まあ、本人たちがいいって言うんで」


 カウンターを叩き、アルグレッドはがしがしと頭を掻く。


「……どこに行ったとかは」

「さあねえ」


 ギルドの主人は、困った顔で首を横に振った。

 窓際の席に陣取り、フォレイルが地図を広げて待っていた。両手と頭に皿を乗せ、ゼオルドが昼食を持ってくる。トートはその隣で、人数分の水を運んできた。


「あいつら、もういなかったの?」

「ああ。乗合馬車を使ったってことしか分からねえそうだ」

「あんなに目立つのに」

「馬車のほうから聞き込みしてみるか……」


 水と皿を受け取り、レオナルドは席に着く。


「その馬車は、どのくらい種類があるものなんですか?」

「たくさん」


 アルグレッドは苦々しく吐き捨てた。蒸しパンを齧りながら、トートはフォレイルを見上げる。フォレイルは蒸しパンを二つ受け取った。


「ザマルは交通の要所でもあるし。あたしらも、ヘルガには馬車使ったもんねえ」


 フォレイルが無言で、地図を指でなぞる。いくつもの街道が、ザマルへと収束していた。そのすべての行く先を訪ねて回るなど、とてもではないが気が遠くなる。


「馬車だって一台や二台じゃないし……あいつらを乗せた御者を見つけられればいいんだけどね」

「方角だけでも、絞り込めないでしょうか」


 口元に指を当て、レオナルドは考え込む。


「僕たちが来たのは南西で、少なくともすれ違いはしませんでした。……予定より早く出発したってことですよね? どうしてでしょう」

「気まぐれ?」

「護衛依頼」

「雪を嫌がった、とか」


 冒険者三人が立て続けに答え、そろって唸る。


「最後に会ったの、トートさんでしたよね?」

「うん。あいつらここで、子供とご飯食べててね」

「子供?」

「獣人の子。ほら、あいつら孤児院潰してたでしょ。そこの子じゃない?」


 アルグレッドは「ああ」と納得したように頷いた。


「孤児院を……?」


 レオナルドの問いに、アルグレッドは視線を逸らして舌打ちする。


「詳しいことは本人に聞け。あれも冒険者への依頼だろ」

「でも、ここの掲示板には孤児院のこと出てなかったし。子供預かってたってことは、知り合いでもいたんじゃない?」

「ああ、そういえば。門で聞いたのですけれど、この国は魔術学院を中心とした、学問都市だそうですね」


 レオナルドが視線を向けると、ゼオルドはすっと地図を引っ込め、小さな冊子を差し出す。ザマルのガイドブックだ。


「シーラー国立魔術学院……。知り合いがいらっしゃるかもしれません。それに、僕がそんなに兄上に似ているのでしたら、また声を掛けられるかも」

「手分けするか。トート、お前とフォルで馬車協会に聞き込み行ってくれ」

「はーい」

「それなら、ここ数日で運行を取りやめた路線に聞くのがよろしいかと」


 トートが首を傾げ、レオナルドは口元に指を当てる。


「予定を繰り上げての出立。倉庫を借りるのにもお金がかかるのでしょう? でしたら、繰り上げざるを得ない状況だったと考えるのが自然です」

「だが、別の依頼を受けて一時的にいない可能性もなくはないだろ」


 ゼオルドの指摘に、レオナルドは首を横に振る。


「それはないよ、ゼオ。わざわざ、倉庫から荷物を移したんだろう? つまりもう戻ってこない。少なくとも数日のうちにはね。そして、多少の金銭を犠牲にしても早く出立したということは、そのあと、馬車が止まってしまうとは考えられないでしょうか?」


 一通り話してからアルグレッドと目が合い、レオナルドはきゅっと口を閉じる。


「え……ええと。ですから、そのう……」


 蒸しパンを飲み込んで、アルグレッドは頷いた。半分ほど残っている皿を、「食え」とレオナルドに押しやる。


「んじゃトートとフォルは北方面の馬車中心に」

「はーい。他にご用命は?」

「先に帰ったら飯たのむ」


 自分の椅子をゼオルドに差し出し、アルグレッドは立ち上がる。腰を浮かせたレオナルドを制し、まだパンが残っている皿を指さした。


「休めるときに休め。それができないやつの面倒なんかみねぇからな」

「自分はまだ動けます。ご一緒します」


 ゼオルドが胸に手を当てる。しっ、と息を吐き、アルグレッドはゼオルドの肩をつかんで座らせた。


「護衛が離れるんじゃねえバカ」


 ゼオルドは不満げだったが、アルグレッドは構わずカフェを出た。

 冒険者三人がいなくなると、レオナルドは蒸しパンと紅茶を口に運ぶ。


「ありがたく休もう、ゼオ。無理言ってる立場なんだから、従わないと」

「お前は疲れてるかもしれないけどな」

「命令。ほら、いただこう」


 蒸しパンを差し出され、ゼオルドは唇をへの字に曲げた。受け取った蒸しパンからは、香ばしいナッツの香りがする。


「……承知した」


 ゼオルドはコーヒーでパンを飲みくだす。


「アルグレッドさんと話す時間なら、後でいくらでも取るからさ」

「お前にお気遣いいただかなくても結構。そんな分別のつかないガキじゃない」

「そう? 僕は兄上に会ったら、話したいことが多すぎて窒息しそうだけれどね」

「どうせ向こうは覚えてないだろうに」


 眉尻を下げ、レオナルドは微笑する。手のパンくずを払いながら、ゼオルドは目線を逸らした。




 クリフの足取りは、案外早くつかめた。金髪に大きな杖を持った魔術師と、仮面をつけた双剣士。さらに黒い尾を持つ子供が一緒だったという。

 切符売り場の少年は、仮面の双剣士のことをよく覚えていた。このくらいの背、とトートの耳の先に手を差し出してから、くるくると指を回して記憶を辿る。

 切符の代金と乗った馬車が分かれば、後は駅を割り出すだけだ。探し人を乗せたであろう御者は戻ってきていなかったが、十分な収穫である。


「あいつら、すごい場所に行ってない?」

「【幻惑の森(ケイヴ・ファントーム)】……これは……ちょっとリーダーに相談、だな」

「ええ。流石に追っかけるのは無謀だわ」


 メモを折りたたみ、フォレイルは隣のトートに視線を落とす。片耳を上げ、トートは「何?」と顔を上げた。


「不満か」

「……そりゃあね。アルも何にも話してくれないんだもん。別に人探しに付き合うのはいいけど。そんなに信用ないかなあ」


 フォレイルは笑いを漏らす。


「我らがリーダーのことだ。どうせ真っ当な理由がある」

「そうかもね。……あんたは、あいつらのことどう思う? お貴族様?」

「代々身分が高い家柄、だと思う。ミドルネームがある、みたいだし」


 そもそも、姓があるだけで中流階級以上であることは確定だ。エストラニウスやグリッツェラーの都市には、そうした身分を持つ人々のみが住む街もあるという。ザマルのように申請すれば入れるということもなく、こと、冒険者は市民権すらない下層の労働者として唾棄される。

 貴族、と称される人々の多くは、身の回りの世話を人に任せ、一生食うには困らない。トートにしてみれば、夢のような身分である。


「なぁんで、そんないいもの捨てて、冒険者なんかに」

「……まあ色々あるんだろう」


 その事情は、アルグレッドも承知していそうだった。そしてその事情を説明されていないということが、トートの不満のもとになっている。


「クリフォード、問い詰めたら吐くかな」

「ああ、あいつが一番、口が……口が柔らかそう、だよな」


 顔を見合わせ、揃ってイタズラっぽく笑う。


「晩御飯、何買おうか」

「うーん……」


 見上げると、空はまだ青く、夕飯には時間に余裕がありそうだった。アルグレッドの用事は時間が読めない。先にレオナルドたちに合流して、食べ歩きするのもいいかもしれない。ゼオルドはいい顔をしないだろうが、レオナルドは喜ぶだろう。

 うん、とトートは頷いて、フォレイルを見上げた。




 じっ、と突き刺さる視線に、レオナルドは居心地悪そうにみじろぎする。ザマルの上層に入るには、本人の身分証明が必要だ。冒険者でもない旅人のレオナルドとゼオルドは、直々の審査が必要とのことだった。ひと足さきに通行証を受け取ったアルグレッドは、他の憲兵と談笑している。後方に控えるゼオルドは、渋い顔で憲兵を見下ろしていた。狭い円筒状の部屋で見つめられると、なお居心地が悪い。


「……ほんっ……とうにそっくりだな」

「あ、えー……えへへ……その、兄に、ですか?」

「あ? おう。お前の兄ちゃんのルームメイトだったんだよ。ほい、審査通過。気分悪かったろ。悪いな。あんた、千里眼でもよく見えなくってよ」


 丸椅子から立ち上がり、マティアスは通行証を渡す。折り畳まれた紙を一度開いて、レオナルドはその中身に目を通した。


「しかし、あいつの弟なあ。ツラは似てるが、中身は似ないといいな」

「兄は、どんな人なんですか?」


 ゼオルドの書類を準備しながら、マティアスは苦々しい顔になる。


「変な奴」

「え」

「変なヤツだよ。名前はご立派そうなのにエキスパートはねえし田舎の出だし、口は悪いし喧嘩っ早いし……ああいや、悪い悪い。嫌なヤツじゃねえよ」


 レオナルドの顔が曇ると、マティアスは早口で付け加えた。


「あいつ喧嘩っ早いのか……」

「殴り負けてばっかだったけどな。代わりに頭突きで相手の歯を折ったことがあって、あれは傑作だった」

「えっ、そ、そんな乱暴な人なんですか」


 マティアスが首を掻いて視線を逸らし、アルグレッドは口を片手で覆う。通行証を受け取ったゼオルドは、渋い顔で目を閉じていた。


「……まあ、何かと、な。それでもアンキュウ先生の研究室に出入りするようになってから、落ち着いたんだぜ」

「アンキュウ先生?」

「兄貴のこと聞きたいなら尋ねてみろよ。学院警邏から話通してもらえば会えるはずだ」


 上層の大通りを通過し、三人が学院の門前に着く頃には、日は西に傾き始めていた。大きく開かれた門を見上げ、レオナルドは口をぽかんと開ける。


「ここで、何を?」

「魔道具の修理工がいるらしい」


 アルグレッドは左手首から、銀の腕輪を取る。かつてクリフをパーティから追い出した際、渡したものと同じデザインだ。


「あのバカも捨ててやいねぇだろ。こいつが繋がれば、お前、じかに話して連れ戻せ」

「……ちゃんと、通信手段お持ちだったんですね」

「通じるかは五分五分だ。念じとけ」


 はい、と頷いて、レオナルドは両手のひらを合わせた。それを横目で見て、ゼオルドも同じように手を組む。

 二人を見下ろし、アルグレッドは懐かしむように目を細めた。




 五人が宿の部屋に集ったのは、すっかり暗くなってからだった。屋台で買ってきた揚げ芋を中心に、全員が渋い顔をしている。


「それで、通信、ダメだったんだ?」

「応じようって雰囲気はあったらしいがな。生きてるってことしか分からねえ。お前らの見立て通り【幻惑の森】に行ってるなら、通じなくてもしょうがねえのか……」


 学院の修理工がアルグレッドの腕輪を見たところ、故障している様子はなく、ただ相手が通信魔術の届かない場所にいるらしい、とのことだった。【幻惑の森】がギルドの情報通りの場所であれば、さもありなん、といったところか。


「その森、危険な場所なんですか?」

「さあな。精霊だのなんだのって知識は、俺にはない。だがギルドがダンジョンとして登録していて、千年以上人が踏み込んでないっていうのは、十分危険ってことじゃねえか」

「どうして兄は、そんなところに……」


 芋を齧り、レオナルドは表情をさらに暗くした。


「一つ確かなことは、兄君はしばらく戻らない。それだけだな。待つか」

「……心情としては追いかけたいけれど、それが得策だろうね。アルグレッドさん、いい案はありますか?」


 二人の依頼人を見やり、アルグレッドも首を横に振った。


「雪道を北に向かうのと戻ってくるのを待つのじゃあ、待ったほうがいい。北東方面はずっと馬車が出ないし、まさかあいつらも、雪深くなる森に何ヶ月もいやしないだろう」

「あいつらが、帰ってこない可能性の方が高くない? 森に行ったって言っても、そうかもしれないってだけだもの」

「ギルド経由で手紙を出そう。出張所(レストハウス)があるらしい」


 ペンと紙束を差し出され、レオナルドは背筋を伸ばす。慌てて手紙を受け取るが、その口には芋が詰まっていた。アルグレッドの顔に、呆れ気味な苦笑が浮かぶ。


「美味いか?」

「む……ん……、いいえ! パサパサするし味が濃いしで口の中がぴりぴりします」


 横から、ゼオルドがマグカップを差し出す。手紙を膝の上に置き、レオナルドは両手でカップを受け取った。


「ありがと。……美味しくはありませんが、新鮮です。屋台は僕の国にもありますけれど、利用したことがなくって」

「すっごいお坊ちゃんじゃない。小銭持ったことないとかマジ?」


 トートはポケットを探り、銀貨を取り出す。


「し、仕方ないじゃないですか。実家は庭にキャラバンが来てくれるんですもん」

「お坊ちゃん!」


 隊商(キャラバン)が入る庭というだけで、どれほどの広さか。トートには想像もつかなかった。


「それなら世間知らずも納得ね。銀貨一枚いくらですかって聞いてきたの忘れらんない」

「あんまりバカにしてやるな。代金の計算はここの誰よりも速い」

「へえ、ご主人自慢? フォレイルの方が速いと思うけど」


 急な指名に、いそいそと部屋の隅に移動していたフォレイルが声を漏らす。コーヒーで口を湿らせていたアルグレッドは、困り顔の二人を交互に見て、カップを置いた。


「計算ならクリフも速い」

「対抗してくるんですか!?」

「兄バカ!」

「バカばっか言ってねぇで、早めに寝ろ。せっかく広めの部屋を借りたんだし。明日からは逗留のための仕事探しだからな」


 冒険者ならば仕事はいくらでも見つかるが、冬場となれば競争率は高くなる。都市への逗留は当然、ヘルガの町よりも宿代も食費もかかる。


「仕事、ですか」

「坊ちゃんにも多少は稼いでもらわねえとな。そっちの番犬は傭兵くらいできそうだが」

「ぼ、僕も力仕事します! 多分、できます」


 腕まくりをするレオナルドだが、白い肌とスラリとした腕は女の闘士(ファイター)より細い。トートといい勝負である。


「やめとけ」

「う、で、でも僕も……お役に立たないと……」

「怪我されても困る」

「腕ほっそ。フォレイルの半分もなくない?」

「計算、速いなら……その、会計士とか……」

「身分証もねえやつに金勘定任せらんねえだろ。頭脳労働なら上層で探せばあるんじゃねえか」

「そういえばクリフォード、昔家庭教師やってたとか言ってなかった? ちびすけ相手に。孤児院とか支援会とかさ」

「ああ、ギルドで引き取ったガキの家もあったか?」

「あった、はず……うん。明日、聞いてみればどうだろう」

「トートもそういう仕事の方が雇われやすいんじゃないか」

「あたしぃ? パス。子供苦手なの。下女仕事また探すわよ」


 項垂れるレオナルドをよそに、冒険者三人は盛り上がっている。ゼオルドはちらりとレオナルドを見ると、ぽんぽんとその背を叩いた。

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