表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼天のアルターレ  作者: 日凪セツナ
序章 空に落ちる
3/58

3)空の王国

 報酬は、三日分の宿代にはなりそうだった。報酬受け渡しのテントで粘土兵のことを言うと、水晶の原料よりそちらのほうがずっと価値がある、とギルドの考古学者に呻かれた。クリフが念のためもぎ取ってきた粘土兵の首は、明日中には鑑定が終わるらしい。


「コア割らなきゃよかった!」


 屋台に囲まれた野外食堂。その片隅で、ロアルは両手でテーブルをばんばんと叩いた。


「水晶があんなに安く買いたたかれるなんて。量産型兵士がそんなに希少ならそっちを討伐対象にしてよ、もう!」

「初心者に無茶言うなよ。お前だから勝てただけでだな」


 そもそも、【珪砂遺跡(ルイン・スィーリカ)】であの兵士に出くわす冒険者は少ない。初心者向けとして開かれており、詳細な地図が既に作成されている【珪砂遺跡】だが、その実態は地下五階のれっきとした迷宮である。地下三階までは安全が確保され、水晶片もそこかしこに点在している。ダンジョンの空気に慣れる程度ならば、わざわざ危険を冒す必要はないのだ。


「にしてもさ、これ、そんなにいっぱい出土しなそうだけど。水晶っていうからには、ケイ素化合物なんだろう?」

「け……なんて?」

「ケイ素化合物」


 ロアルは、小さな欠片を指先に挟んで光に透かす。半透明の欠片は、頭上に浮いた明かりの光を吸って橙色になっていた。


「水晶って灰結晶だぜ。魔導鉱石……俺の杖についてるコレの材料」

「灰結晶?」

「ああ。このあたりは大戦で特にひどく焼かれたらしくてな。土の下のほうは全部灰なんだよ。それが魔力に反応して結晶化してそうなるんだとさ」

「……ふうん」


 ロアルは欠片を指先で放り投げ、空中でキャッチする。クリフは、一向に減らないロアルのコーヒーを指差した。クリフの前には大皿の料理があるのに対して、ロアルは一杯のコーヒーしか注文していない。


「あんた小食だな?」

「んー、うん、食事は好きだけど。今はこれを外さないほうが大事」


 ロアルは自分の仮面をとんとんと叩く。


「でも手袋は外せよな。洗ってないだろそれ」

「ボクってばびっくりするほど日光に弱いんだ」

亜人種(クレセント)か。だとしても今は夜だぜ」

「月の光って、実は日光なんだよ。ご存じでなーい?」

「バカにしてんのか?」


 肩を震わせて、ロアルは笑う。無表情なはずの仮面が、笑みを浮かべているように見えた。ロアルは減っていないままのコーヒーをクリフに押し付けて、席を立つ。


「宿で先に休んでるよ。君がお腹いっぱいになったら、これからの話をしよう?」


 そう言うと、ロアルは荷物を持って行ってしまった。一人残されたクリフは、ふー、と息を吐いて頬杖をつく。


「……変な奴」


 冒険者、というフィルターをかけてみても、ロアルは周囲から浮いている。顔に傷があるからと仮面や包帯で隠す者もいるが、それでもロアルほど徹底してはいない。

 そして、剣術。クリフも双剣士をそう何人も見たことがあるわけではないが、空中で舞うようなロアルの動きからして、実力者であることは疑いようもなかった。大体、床を蹴って天井に着地する人間など見たことがない。

 例えば冒険者ギルドと契約している玄人が、初心者の手解きのために正体を隠して近づいてきた、と考えればどうだろう。だが、突入の準備やダンジョン内での動きは素人そのものだ。そもそも依頼(クエスト)に書かれた文字が読めていない時点でそれはあり得ない。だいいち、クリフに対してそんなことをする理由が思い当たらない。

 では本当に初心者だとして、いったい何者なのか。いろいろと想像すると、あの仮面の下に何か、後ろ暗いものがあるように思えてならない。


「……まあそれはお互い様か」


 クリフも解雇された身、クエストをこなし、金を稼ぐためにはとやかく言っていられない身分だ。

 半分残った料理を、クリフは一つの屋台に持っていく。皿を回収しているそこでは、宿に持ち帰れるように深い器に料理を移してもらうことができる。

 四角い器の縁をクリフが撫でると、白い蓋がぴたりと器を閉じた。器の内側に急に現れた蓋に、屋台の女は「便利だねえ、魔法って」と感心したように言った。クリフは空になった大皿を渡すと、礼を言って宿に足を向けた。


「便利なだけでいいなら、どれだけ楽か」


 他でもない、このささやかな魔法が、クリフの悩みの種であった。




 ノックをして、クリフは宿の部屋に入る。滑りこみで何とか取れた一室だ。


「入るぞ」

「やあお帰り!」


 ロアルは、天井の梁に片足を引っ掛けて揺れていた。逆さになって浮いている影に、クリフの喉から「ひょあッ」と声が漏れる。


「何やってんだ!?」


 クリフは、落としかけた器を両手で受け止めた。ロアルは両手で着地すると、しなやかな動きでそのまま立ち上がった。双剣はベッドに立てかけられていたが、ローブも手袋もそのままだ。およそ、くつろいでいる姿には見えないが。


「重力を感じていたのさ。お腹はいっぱいになったかい?」

「いやお前……お前……」


 狭い一室には、入口からすぐの左右にベッドが詰め込まれていた。クリフはその片方にどさりと座る。ダンジョン内でもそうないような不意打ちだった。しかし当のロアルはといえばけろりとしており、クリフの驚きなどまるで意に介していなかった。


「お前、蝙蝠の獣人とかじゃねえだろうな……」

「まさか。蝙蝠は哺乳類ではトップスリーに入るくらい苦手だね。君にだってあるだろう? 普段と違う視点に浸りたくなるときとか」

「分からんでも……ねえような」


 ベッドに腰かけ、ロアルは芝居がかったしぐさで両手を広げる。


「さあ、これからの話をしよう」

「その前に、お前も飯を食え」


 クリフが器を差し出すと、ロアルの動きが止まった。


「ここなら明かりはランプだけだ。どーぉしても見られたくねえ傷だとかがあるなら、俺は外で待ってる。圧縮食料だけじゃ体がもたねえだろ」


 ロアルは器を受け取ると、しばらく下を向いて黙った。


「……驚いた」


 ぽつりとそう呟くと、ロアルはクリフを見上げる。そして、うん、と小さく頷いた。


「ありがとう。これはあとでゆっくりいただくよ。君には時間がない。ゆっくり眠る、それもまた大事なことだからね」


 ロアルは器をベッドに置く。クリフはそれを目で追ったが、それ以上は何も言わなかった。


「ボクは明日以降も、君と一緒に冒険したいんだけど、どう?」

「そいつは光栄。俺のほうから断る理由はねえな。……ただ」

「ただ?」


 ロアルが首をひねる。クリフは一度、ゆっくりと息を吸った。


「いや、その。俺、パーティをクビになったばっかりなんだよ」

「知ってるよ? 昨日の赤ちゃん(ヴァーヴァ)たちだろ」

「だから、お前は気にしねえのかな……と」

「……んー?」


 ロアルは片足を膝に乗せ、頬杖をついた。考え込むように「うーん」と声を漏らしながら、手袋の先で仮面の頬を叩く。


「でも、ボクは君が欲しいと思った。誰かが君を評価して、それで君が解雇されたとしても、ボクには関係ないね」

「……そういうもんか」

「そうともさ」


 立ち上がり、ロアルは窓に近づく。

 窓の向こうはすっかり夜の帳が降りていた。屋外食堂は客が減り、交代で酒場がにぎわい始める。大急ぎで引き揚げてきたパーティが、荷車をがたごととさせながら道を走っていった。ロアルは窓枠に両手を乗せ、それからくるりと体を反転させる。明るい部屋の中で、クリフの金髪はやはり、太陽のように光っていた。


「君が君自身を低く見積もるのは君の勝手(かーって)。ボクが君を最高の魔術師だと評価するのもボクの勝手。もちろんその逆もね。ボクを使い物にならないポンコツだと君が思うなら、パルを解散するのは仕方ない。悲しいけどね」

「思うわけねえだろ」

「じゃ契約続行だ。嬉しいね。昨日の今日で、こんな素晴らしい仲間ができるなんて」


 差し出された握手の手を、少し躊躇ってからクリフはにぎり返した。ロアルはぶんぶんとその手を上下させる。それに振り回されて、クリフは顔をほころばせた。


「ありがとう。ありがとう、魔法使い君。ボクの願いに少し近付いた」

「はいはい。せいぜいこき使ってくれ。ただ、」


 クリフは、ベッドに置いていた杖を執る。下端で床を軽く突くと、ごん、と重い音がした。


「魔法使いじゃなくて、魔術師な。旧時代の魔法と現代魔術は根底にある思想からして違う。そのあたり、結構デリケートなんだぜ」

「それは失礼。でも、勇気あるものを勇者というように、君はボクにとっての魔法使いなんだ。気を悪くしたなら、改めるよ」

「……まあ……悪い気は……しないがよ」


 視線を泳がせ、クリフは唇を尖らせた。


「君こそ、ボクを好きなように呼んでくれていいよ。ロアルでもユークリッドでも、漆黒の堕天使とでも?」

「それは呼ぶほうが恥ずかしいヤツだろ」


 確かに漆黒で、空から落ちてきてはいるのだが。クリフはベッドに座り直し、足を延ばして天井を仰いだ。


「疲れたな」

「そうだね。おやすみなさい」

「……お前、寝る時もその恰好なのか?」


 ロアルはブーツだけを床に置き、シーツを肩までかぶって丸くなっている。クリフは脱いだ靴を揃え、外套と上着を脱いで壁にかけた。窓から入る夜風は冷え、上半身だけでも下着だと寒いほどだった。ベッドの上から手を伸ばし、クリフは窓を閉める。ランプを消すと、部屋はすっかり暗くなった。

 ベッドのロアルを見ると、肩がかすかに上下しているのが分かった。息を吐き、クリフは自分もベッドに横になる。思えば昨夜は準備に忙しく、今日も早朝から午後までダンジョン内で気が休まらなかった。無事に帰れたかと思えばギルドでの納品に手間取り、余った水晶片を売れる商人を探し……と、なにもかも不慣れな二人で無駄に時間がかかってしまった。


 考えてみれば、これまではクエストの選定も手続きもリーダーであった剣士が引き受けていたので、クリフもロアルのことを言えないくらいには無知だったわけだ。

 額に手の甲を当て、クリフは目を閉じる。途端に睡魔に襲われ、意識が遠くなった。




 夜明けとともに、ロアルは寝床から起き上がった。隣ではクリフがまだ熟睡している。ロアルは剣を持ち、静かに部屋を出た。

 宿内はまだ静まり返っており、狭い廊下に夜の空気が残っている。底の厚いブーツは、歩くごとに重たい足音をたてた。宿の一階の食堂では、綺麗に片付けられたテーブルに、まだ酒の匂いが少し残っていた。かまどにはすでに火が入り、包丁の音が聞こえてくる。

 小間使いの少年が、「おはようございます」とロアルに声をかけた。ロアルがそれに片手を挙げて返すと、少年は初めてロアルのほうを振り向いて、ぎょっとしたように半歩引く。


 宿を出て、細い路地から宿の裏手に回る。と、丸太にぼろ布を巻き付けた木人がいくつか並んだ広場に出た。冒険者ギルドや宿に囲まれており、まだ朝日は差していない。木人の足元には木箱が置かれ、中にはいくつかの種類のコインが放り込まれていた。ロアルはポケットを探り、楕円形の銅貨を一つ木箱に入れる。うす平べったい銅貨には、『5E』と刻印がされていた。


 双剣を抜き、木人から数歩離れる。そしてゆっくりと一度、顔を上下させると、ロアルは木人に斬りかかった。

 双剣士は得てして、小ぶりな武器を扱う。片手で振り回すためには、大きさも重さも自分に合っていなければいけない。生きるか死ぬかの戦いで、うっかり自分の腕を斬りつけては笑えないだろう。一撃の軽さを手数で補うのが双剣士だが、硬い外皮を持つ魔族(ベスティーガス)相手には、一方的に不利になることもある。


「ふっ!」


 ロアルの一撃が、ぼろ布をざっくりと切り裂いた。

 そういう意味では、ロアルは双剣士としては特異と言えた。異国風の剣は一振りで十分大きく、その一撃は、人の腕程度なら簡単に切断できそうだ。現に、ロアルに繰り返し切り付けられた木人は、ほとんど表皮をそぎ落とされた丸太になっていた。

 足運びで舞い上がった砂ぼこりが、風に流される。ロアルは大きく足を開くと、腰を落とし、剣を揃えて木人を斬りつけた。包丁でおろされたかのように、薄い板が木人から飛び出す。一瞬浮いた木人の首から上は、そのまま木人の胴に乗り、かたかたと揺れていた。しかしやがて、斬られたことを思い出したかのように地面に落ちる。ごとん、という重い音と同時に、ロアルは双剣を鞘に収めた。


「すまないね、独占してしまったようで」


 ロアルは、顔を少しだけ後ろへ向けた。


「いいや」


 そこに立って、壁に背を預けていた剣士は、ロアルに拍手を送る。黒髪に赤を基調とした服、日焼けした腕には真新しい傷の治療跡があった。狼を思わせるような、灰色の鋭い目をしている。


「君、昨日ギルドにいたね」

「アルグレッドだ。クリフォードとかいうバカの保護者。以後よろしく」


 剣士はロアルに近づき、握手の手を差し出す。ロアルは腕を組み、ふん、とアルグレッドを見上げた。


「保護者っていうわりに、クビにしたんだってね?」

「そりゃ力不足がイキがってたら、じき死ぬからな」

「じゃあ保護者ヅラするなよ。彼はもうボクの仲間だもんね」


 大剣の切っ先が、地面に突き立てられた。ロアルは手のひらを上へ向け、やれやれと首を振った。


「手合わせ願おうか」

「嫉妬深い男は嫌われるぜ? お断りだね」

「そうか」


 アルグレッドは剣を抜き、大股でロアルに近付く。


「え」


 からん、と軽い音がして、ロアルの仮面が地面に転がった。

 瞬間、ロアルの手がアルグレッドへと伸びる。


「がっ……」


 気が付くと、アルグレッドは地面に倒れていた。襟首をつかんで叩きつけられたのだと、背中が痛んで理解する。痛みに顰められた顔は、しかし、ロアルのフードの奥を見てみるみるうちに青ざめた。


「お前……」

「誰が許可した?」


 アルグレッドに覆いかぶさり、ロアルは片手でアルグレッドの首元を締め上げる。左手は剣の柄をにぎり、片膝がアルグレッドの腹を押さえつけていた。垂れ下がったフードの端が、アルグレッドの頬を撫でる。息がかかるほどの距離だった。


「お前は違う。お前はボクに対して何の権限もない」


 アルグレッドの瞳はフードの中に向けられたまま、恐怖ゆえか揺らいでいた。口は浅い息を吐きだすことしかできず、剣をにぎっていた左手が地面を引っ掻いている。次第にアルグレッドの額には脂汗がにじみ、顔が赤黒くなり始めた。


「――ああ、でも」


 ロアルは力を緩め、左手で仮面を拾う。しっかりと仮面でフードの中を隠すと、ロアルは静かに立ち上がった。アルグレッドは激しく咳き込み、身をよじってロアルの足元から離れる。


「ボクも人を殺すことは好きじゃない。お前を物言わぬ肉にしてしまうことは簡単だけれど、そうだね、うん。お前が彼の知人であることに免じて、こうしよう」


 顔を上げたアルグレッドの目と鼻の先ほどに、切っ先があった。息を飲み、アルグレッドは体を硬直させる。


「見逃そう。ただし口外したら、口を裂く」

「……脅しか」

「そう聞こえないなら、耳と脳の検査をおススメするね」


 くるん、と指先で剣を回し、ロアルはアルグレッドに背を向ける。


「……バケモンが」


 吐き捨てるようにアルグレッドが呟いた。ロアルは振り返らず、そのまま広場を出ていく。ちょうど差し込んだ朝日で、影が長く伸びていた。




 乱暴な足音に、クリフは飛び起きる。何事かと服をつかんだところで、ドアを足で開けてロアルが入ってきた。


「魔法使い君!」

「お前、今バキッつったぞ!」

「あーらら。軟弱な鍵だ」


 ロアルは両手で大きな冊子を持っていた。紙束を紐で綴じ、木製の表紙と裏表紙がつけられている。


「ギルドの人に借りてきたよ。ダンジョン帳。次に挑むところを決めようじゃないか」

「はいはい。先に鍵直すからな」


 ひしゃげた金属製の鍵を拾って、クリフはロアルの、金属をねじ切った脚力に身震いする。怪力自慢の冒険者でも、あんな陽気な調子で扉を蹴破りはしないだろう。


「後始末悪いね。まだ力加減がどうにも」

「お前、怪力持ちの亜人種か?」

「まあそんな感じ」


 なんだその曖昧な答えは、と思いつつ、クリフは魔術で鍵を修復する。新品のようにきちんと直った鍵に、うんうんと満足げに頷いた。


「で、なんだって?」

「ダンジョン帳」


 ロアルは冊子を開き、ぱらぱらとページをめくる。紙にはそれぞれ、現状で分かっているダンジョンの姿と通称などが書かれていた。【珪砂遺跡】のページでロアルが手を止める。


「成果物の……種類?」

「ああ。水晶は魔術素材。あとは考古学的な資料とか遺産とかだな」

「ふーん。書いていないダンジョンも多いね」

「探索が進んでないってことだ」


 ロアルはさらに数枚紙をめくり、一つのダンジョンで手を止める。身支度を終えたクリフが、「どうした」とそのページを覗き込んだ。

 そこには、蒼天に浮かぶ大きな都市の絵と、【不夜の王国跡ルイン・ロスティペーロ】という名前だけが記されていた。ロアルは、絵の中の都市に触れ、ゆっくりと紙を撫でる。


「ああ、それか。あるかどうかも分から」

「あるよ」

「ん?」

「ある」


 そのページを見たまま、ロアルはしばし黙る。クリフも「そうか」とだけ返した。クリフが外套を羽織り、靴を履いたところで、ロアルは顔を上げた。


「君は信じていないのかい?」

「ないわけじゃねーけど……ずっと未確認だったんだ。半年前に、南のほうでちらっと見えたとかで、イッキに信憑性がましたけど。それでもおとぎ話レベルだぜ」

「興味なさそうだね」

「行く方法がないからな。大戦前の遺跡から、飛行機(・・・)でも見つかれば話は別だが」


 そんなものは、資料ですら第一級の遺物扱いである。いち冒険者が手に入れられる技術ではない。


「飯行くぞ」

「ああごめん、ボクさっき食べてきちゃった。次のダンジョン決めておくから、ごゆっくりどうぞ」


 じゃあいい、とクリフはロアルのベッドに座る。そしてダンジョン帳に手を伸ばすと、最後のほうのページを開いた。そこには、草原に空いた大穴の絵がある。


「お前が行きたいっつった【八重塔遺跡ルイン・ヴェステージア】がこれ」

「ふー……ん……」


 ロアルは指先で文字をなぞる。クリフが指さしながら読み上げるが、生返事が返ってくるだけだった。クリフは腕を組み、息を吐く。


「お前、【不夜の王国跡】に行きたいのか」


 ゆっくりと、ロアルが顔を上げた。仮面の目になっている黒い石に、クリフの姿が映る。

 試すような、探るような沈黙があった。身動ぎも、息遣いすら感じられない静寂に、クリフが先に音を上げる。


「分かった、分かった。詮索しない。だけど俺だって、雇い主の目的くらい気になるんだ」

「君が知性のある人間であることに感謝するよ」


 ロアルはダンジョン帳を閉じる。クリフが唇を曲げると、「ごめんごめん」と軽い口調で続けた。


「そうだね、ボクが冒険者をしている理由を話してなかった。行き先が分からないでいる先導ほど不安なものはないよね。ボクは三つ、欲しいものがあるんだ」


 ロアルは親指、人差し指、中指を立てた手を突き出した。


「お宝か?」

「ご名答。『歌う竪琴』と、『風に咲く花』と、『空を征く船』を探している」

「……ちょっと待ってくれ」


 眉間に指を当て、クリフは手を突き出した。


「あーその……なんて?」

「『歌う竪琴』と、『風に咲く花』と、『空を征く船』を探している」

「お前、やっぱ【不夜の王国跡】に行く気じゃねーか」


 ロアルはひょいと床に降りると、「そうともさ!」と両手を広げた。


「かの王国はかつて大地を緋色に染めた。失われた魔術機工学の祖であり、空の向こう側までも優に到達した科学の王国。興味ないのかい冒険者君。蒼天のただなかにある失われた文明(ロストテクノロジー)の柩に!」

「ねえ」


 すっぱりと返したクリフに、ロアルは派手にずっこけた。


「興味持てよぉ!」


 ロアルの手がベッドを叩く。舞い上がった埃に咳をして、クリフは窓を開けた。差し込んできた朝日に、ロアルがさっとフードをつかむ。既に通りは賑わい始めている。その中に見知った顔ぶれを見つけ、クリフはシッと息を吐いた。


「お前の目的は分かった」


 窓枠に肘を乗せ、クリフはロアルを振り返る。ロアルは「ふーん」と両手に顎を乗せていた。


「で、次はどのダンジョンに行くんだ?」

「別にいーんだよ。興味ないなら付き合わなくって」

「拗ねるなよめんどくせぇな。同じ魔術機工学つながりなら、【八重塔遺跡】からいっぱい見つかってるっていうぜ?」


 ロアルは座ったままベッドに倒れ、両腕を投げ出した。


「地上とじゃまるでレベルが違うもん。それとも、君が行きたい理由でもあるのかい?」

「あー……いや、前のリーダーが、次はそこに行くっつってたんで、調べて」

「行こう、【八重塔遺跡】!」


 がばっ、とロアルが起き上がる。その勢いに、クリフのほうが「は!?」と声を上げた。


「行こう。そしてサクッと攻略して見返してやろうじゃないか。未来の賢者様を追い出したバカな奴らをさ!」


 あまりにも私怨な理由に、クリフは口をぽかんと開けていた。ロアルはその勢いのままクリフを指差す。


「そして証明するのさ。君が、君自身が低く見る、君という魔法使いが最高(ファンタスティック)だってことを!」


 空の王国を語るのと同じ熱量で、ロアルは宣言する。当の魔術師本人はというと、暑苦しそうに首を掻いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ