優しいだけではありません。
ルシフェルは座天使メイドにお願いして、残り3人の奴隷を縛っている縄も解いてもらった。
猿轡を外された奴隷たちは口々に言う。
「へ、へへへ……まさか本当に天使なんかがこの世にいるたぁな」
「天使ってのはアレだろ? 清らかで人間様の為に働くんだよな」
「こりゃあ俺たちにも運が回ってきたらしい」
幼い兄妹を労わるルシフェルをみて、奴隷たちは勘違いしたようだ。
それにマスティマ教の聖典に出てくる天使も人間に優しい。
奴隷たちは横柄な態度を取り始める。
「おい天使、俺たちにも飯を寄越せよ!」
奴隷のひとりが、ルシフェルに向けて声を荒げた。
刹那、部屋に殺気が満ちる。
グウェンドリエル、ジズ、七座天使メイド隊、そのすべてが殺す気で今の発言をした奴隷を睨む。
奴隷は複数の鋭い視線に怯んだ。
「……な、なんだよ! お前ら、天使のくせに何を睨んでんだ!」
「貴方。もし次、ルシフェル様に対して同じことを言ったら――殺しますわよ」
グウェンドリエルの言葉にジズも頷く。
天使たちがこの勘違いした奴隷を直ちに殺さなかった理由は明白である。
ルシフェルがいる部屋を下賤な輩の血で汚したくなかった。
ただそれだけだ。
奴隷を慮ってのことではない。
「……ちっ」
態度の悪い奴隷は、舌打ちしてグウェンドリエルから視線を外す。
幼い兄妹は奴隷たちの粗野な態度に怯え、縮こまっていた。
ルシフェルは兄妹を気遣う。
「大丈夫?」
「あ、あの……。すみません、天使さま。ボク、この人たちは、ちょっと苦手で……」
「ぅ、ぅう……お兄ちゃん、怖いよぉ」
怯えた兄妹は、奴隷たちと目を合わせようとしない。
ビクビクしている。
その態度を不審に思ったルシフェルは、奴隷を買い付けてきた天使メイドたちに詳細を尋ねた。
代表してリションが応える。
「この人間たち5人は、奴隷市場にて同じ檻に収監されておりました。奴隷になった経緯につきましては、成人した男奴隷の3人は人が定めた法を破ったことにより奴隷落ち。またそちらの幼い兄妹は経済的に困窮した親に売られて奴隷に身をやつしたとのことに御座います」
◇
犯罪奴隷。
つまりは重犯罪を犯した結果、警邏に捕まり奴隷落ちさせられた元王国民その他である。
ルシフェルはこの奴隷たちがどのような犯罪を犯してきたかが気になった。
タブレット端末を取り出し『記憶精査』を実行する。
対象を目の前の奴隷たちに指定して、過去に行われた犯罪行為を、本人の記憶から読み解いていく。
殺人、強盗、強姦。
酷い犯罪行為のオンパレードだった。
また、奴隷市場で兄妹と同室――正確に同檻だが――だったこの犯罪奴隷たちは、日常的に兄妹に暴行を働いていたようだ。
ふたりが怯えているのはこの為である。
ルシフェルは腹が立った。
けれども犯罪奴隷たちはそれに気づかず、痺れを切らして再度ルシフェルに声を荒げる。
「おい、お前天使なんだろ! 俺は腹が減ってんだ! 俺たちゃ人間様だぞ! 早く飯を――」
発言した奴隷の頭部が消え失せた。
グウェンドリエルが冷たい声で言う。
「二度はない。私、そう言いましたわよね?」
けれども首無しになった犯罪奴隷にその言葉が届くことは永遠にない。
頭部を失った胴体が崩れ落ちようとする。
しかしそれより早く、虚空に極小の黒い穴が出現した。
かと思うと首を失った胴体を吸い込む。
さながらブラックホールだ。
奴隷の遺体は跡形もなく消えた。
あっという間だった。
これをしたのは天使メイド長シェバトである。
シェバトはルシフェルに向け、謝罪を述べる。
「ルシフェル様。天使メイドたちがこのような粗悪な人間を用意したこと、さぞご不快にお思いのことでしょう。妹たちになり代わり謝罪させて頂きます。この度は大変申し訳ございませんでした」
シェバトが恭しく頭を下げる。
一連の出来事を眺めていた残る二人の犯罪奴隷たちは、泡を食い腰を抜かした。