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六合正教会

人界へ出発する前に、ちょっとした準備が必要である。

それは天使やジズの見た目だ。


グウェンドリエルや座天使メイドたちは、自力で翼を不可視化することが出来る。

そして天使は翼さえ見えなければ――美しすぎるのは別としても――見た目は人間とそう変わらない。


問題はジズである。

ジズは巨大な空獣からの人化こそ出来るものの、可愛らしい少女になったその姿は半人半鳥。

これでは目立ち過ぎる。

なのでジズの見た目を何とかしてやる必要があった。



ルシフェルはタブレット端末を取り出し『操作』アイコンから『偽装』を選択する。


「ジズ、じっとしててね」

「はぁい」


対象にジズを指定して、あれこれとパラメータを調整。

ジズの見た目に偽装を施していく。

最後に決定ボタンをタップすると、ジズの仮初めの人間姿を確定させた。


「ふぅ、こんな感じでどうかな? 違和感とかない? まぁあくまで見た目を偽装しただけで、実際の姿形は変わってないから、大丈夫だとは思うんだけど……」


ジズは自分の身体を確認する。


「わぁ、すごいの! ジズ、変化(へんげ)したの! 翼も見えない。まるで人間みたいなのー!」


偽装を施されたジズは、完全に人間の少女だ。

普段は腕と一体化している虹色の翼も、ぴょこぴょこ動いて愛らしい尾羽も、完璧に隠せている。


「きゃっ、きゃっ!」


ルシフェルが作ってくれた人間姿がよほど気に入ったのか。

ジズはぴょんぴょん飛び跳ねる。

はしゃぎながらグウェンドリエルに話しかけた。


「ね、ドリル、ドリルー! ジズ、人間に見えるー?」

「ええ。どこからどう見ても人間ですわよ。流石はルシフェル様。施された偽装の完璧さ。見事と言うほかありませんわ!」


ジズは両手をあげて威嚇ポーズを取った。

可愛い声で言う。


「がおー、食べちゃうぞぉ! ジズは野蛮な人間だぞぉ!」

「ふふふ。お上手ですこと。本当に下衆で愚かな人間みたいですわ!」


会話の内容はちょっと不穏だが、とにかくジズの準備は整った。

残るは――


「ルシフェル様。それでは私どもメイド隊は、持参する荷物など、細々とした準備をして参ります」

「うん、助かるよ。お願い」


シェバトたち七座天使メイド隊が、礼をして執務室から退室していく。


ルシフェルたちは準備を済ませて戻ってきたメイド隊と合流すると、居残りの守護天使たちや天使メイドたちに見送られ、人界へと出立した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


かつてあった神代の大戦、終末戦争(ハルマゲドン)

その終結から、数千年。


神殺しの原罪を忘れた人間たちは大いに繁栄し、地上には人が溢れかえっていた。


人間はいくつもの国家を建国する。

そうして国家同士で争い殺しあい、破壊、滅亡、また建国を繰り返す。


人はあくなき闘争の歴史を紡いでいた。

歩んできた道の影に、悪魔が潜んでいることすら知らずに――



ここは人界。

いくつかある人間の大国、そのうちのひとつであるマスティマ・バーレティン王国。


バーレティン王国は大陸の東方に位置する、国王を頂点とした君主制貴族国家だ。

国土に広い平野と肥沃な土壌を多く持ち、農業、商業、工業も発展していることから財政的に恵まれている。

他にも冒険者ギルドや商人ギルドを介する人材・物資の流通も活発な、豊かな国である。


バーレティン王国は、マスティマ教なる宗教を国教としていた。

王国民に信仰の自由はない。

産まれた子は七歳になると、必ず教会で洗礼を受けさせられる。

こうしてすべての王国民は、マスティマ教の総本山『六合正教会りくごうせいきょうかい』へと帰属することなり、漏れなくマスティマ教の信徒となるのだ。

これは王国民の義務で、当たり前の話である。



王都にある大聖堂で、洗礼の儀が執り行われている。

洗礼を受けるのは、王国全土から集められた七歳になったばかりの子らだ。


子供たちは司祭の手で聖なる泉にその身を浸され、祝福を与えられる。

マスティマ教の熱心な信徒である親は、我が子へと授けられた祝福に感謝し、祈りを捧げる。


大々的に執り行われている洗礼の儀。

そこに立派な法衣を纏った、ひとりの高齢男性が現れた。

信者たちがざわめく。

口々に我が子へと言う。


「見なさい、大司教様がおいでだよ。これは滅多にないことなんだ。お前は運が良い」

「きっと今日洗礼を受ける子らに、大司教様自ら祝福を授けにこられたのだ。なんとありがたいことか」


法衣の男性が柔和な笑顔を浮かべて、軽く手を上げた。

祝詞を唱え、指で宙に十字を切る。

信徒たちは壇上にいる彼を見上げ、感動に身を震わせた。


「ああ、今日はなんとよき日なのでしょう。こうして大司教様のご尊顔を拝見できたばかりか、祝福まで頂けるだなんて。ほら、お前も膝を突きなさい」


信徒の女性は両膝をつき、手を組んで祈りを捧げる。

洗礼を受けたばかりの子は、母に倣い同じように祈る。

大聖堂が静かな熱気に包まれていく。


信者からの尊敬の念と祈りを一身に集める、この優しげな法衣の男。

名をラニエロ・グレゴリーという。

マスティマ・バーレティン王国における教会の最高責任者で、六合正教会バーレティン王国支部を取り纏める大司教であった。

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