天使をお供に連れていこう。
人界に降りることを決意したルシフェルは、手始めに天使たちを集めた。
呼んだのは七元徳の守護天使たちと、七座天使メイド隊だ。
あとジズもいる。
集めた場所は屋敷のルシフェル専用の執務室である。
神罰の影響で壁面に無数のひびが走っていたりするものの、元は広くて豪奢だった部屋だ。
執務椅子に腰掛けたルシフェルは、一堂に会した天使たちを見回した。
みな膝をつき、ルシフェルの言葉を待っている。
「……えっと、呼びつけてごめんね? 頭を上げて欲しいんだけど」
「はっ」
天使たちが顔をあげた。
ルシフェルを見つめる。
ルシフェルは軽くキョドった。
しかしいつまでもキョドってばかりはいられない。
腹を決めて話し始める。
「あのさ、俺、この世界の人間に会いに行こうと思うんだ」
天使を代表してヴェルレマリーが応える。
「はっ。その件でしたら既にシェバトより聞き及んでおります」
「そうなんだ? だったら話は早いね」
「なんでも人の信仰をお集めになるべく、人界に降りられるのだとか」
「うん、そうなんだ。それでさ、お願いしたいんだけど……出来れば何人か、ついて来てくれないかな?」
ルシフェルは一人で人界に行くのが心細いのである。
天使たちの目の色が変わった。
互いにチラチラと視線を投げ合い、牽制し始める。
口火を切ったのはグウェンドリエルだ。
「ルシフェル様! ルシフェル様! でしたらこの私を供にお付け下さいまし! きっときっと、お役に立って見せますわ!」
「はいはいはぁい! ジズもいくの! ジズ、絶対、絶対、絶ぇっ対、ルシフェル様についていくのー!」
ギルセリフォンが続く。
「待ちなさいキミたち。早い者勝ちでもあるまいに、少し落ち着いたらどうかね。あとルシフェル様にお供するのは私だ」
「……あら? あらあらあら? みんな仲良くしないといけませんよぉ? 喧嘩はめっ! あとルシフェルちゃんに付いていくのは、私じゃないかしらー?」
「――って、お前たちは諌めるフリして何をサラッと主張してるんだ! ボクだってルシフェル様にお供したいのに!」
天使たちは誰も譲らない。
ヤズト・ヤズタにしても、無言の視線でルシフェルにアピールしている。
かと思うと部屋の隅に控えていたシェバトが嘆願してきた。
「恐れながら申し上げます。人界にてルシフェル様のお世話する者が必要かと思われます。また偉大なる御身の世話役が一人二人では不足でございましょう。どうぞ、私ども七座天使メイド隊の全員をお連れ下さいませ」
座天使メイドたちはシェバトの言葉にうんうんと頷いている。
そのうち何人かは、胸の前で小さくパチパチと手を叩いて賛同していた。
◆
天使たちは、私が、いや私が、いやいやボクこそが、と主張し合う。
みな我こそがルシフェルの供に相応しいと言って引かない。
主張はエスカレートする。
収集がつかなくなってきた。
ここに来てようやく、これまで黙って成り行きを見守っていたヴェルレマリーが口を開く。
「……お前たち、少し騒ぎ過ぎだ。ルシフェル様の御前だぞ。鎮まれ」
天使たちがハッとした。
主人たるルシフェルを前に、我を忘れて声を荒げていた痴態に恥入り、口を噤む。
改めて膝をつき、姿勢を正した。
「ルシフェル様、御身を前に騒ぎ立てるなど天使にあるまじき醜態。この者どもは後ほど私がきつく叱責しておきます。……して、人界にお供致しますは、この私、ヴェルレマリーでよろしゅう御座いましょうか」
守護天使たちが一斉に抗議する。
「――はぁ⁉︎ ふざけるな!」
「ちょ⁉︎ 待ちやがれですわ」
「ふぅ……キミねぇ。それはないんじゃないか?」
「あらぁ? うふふ(笑顔の圧力)」
「……………………(無言の圧力)」
ヴェルレマリーがたじろいだ。
「ふ、ふざけてなどいない! お前たちこそ少しは遠慮しろ! 私はお前たちのリーダー、守護天使統括の立場にあるのだぞ!」
この台詞が火に油を注いだ。
守護天使たちは激しく罵り合う。
そうしていると、誰かが机の下からルシフェルの袖を引いた。
「……ルシフェル様、ルシフェル様……」
見れば執務机の下に、ジズがいた。
いつの間に潜り込んだのだろう。
ジズは小声で囁く。
「ふふん、みんなバカなの。ルシフェル様のお供は最初からジズに決まってるのに。ねー?」
無邪気な笑みだ。
たまらずジズから目を逸らすと、守護天使たちはまだ言い争っている。
ルシフェルは頭を抱えた。