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眠り姫

ルシフェルは、部屋の隅っこで正座させられているジズを見る。


守護天使たちは正当な罰だと言うが、さすがにこのままでは可哀想である。

歩み寄り、首から提げられている『わたしは大罪人です』の看板を外してやった。


「さ、ジズ。もう膝を崩していいよ」

「うわぁん、ルシフェル様ぁ! やっぱり優しいの! ルシフェル様はジズの味方なの!」


ジズが飛びつこうとする。

しかし半月もの永きに渡り、ずっと正座をさせられ続けていたジズの脚は、すっかり痺れてしまって上手く動かない。

転んでルシフェルの胸に倒れ込んだ。


「きゃ⁉︎」

「おっと」


ルシフェルは慌ててジズを抱き止めた。

セアネレイアとグウェンドリエルが、すかさず注意する。


「不敬だぞ! ルシフェル様のお手を煩わせるな!」

「そうですわ! さっさと離れなさいな!」

「うー、だって脚が痺れて……」


最初ジズは、言われたまま離れようとした。

けれども脚が動かない。

まごつくジズに、心配そうな表情のルシフェルが尋ねる。


「……大丈夫?」


労わるみたいな優しい声色だ。

なんとも耳心地が良い。

ジズはちょっと考えた。

そしてにんまりと笑う。

そうだ。

このまま甘えてしまおう。


「ふえええん、ルシフェル様ぁ! ジズね! 大変だったのぉ! 悪いことなんかしてないのに、みんなに虐められて、泣いちゃった!」


ジズが思いついたのは、ルシフェルの同情を買って甘え尽くす作戦である。

グウェンドリエルが抗議した。


「――はぁ⁉︎ このおチビ! なにルシフェル様に根も歯もないことを言いやがってくれていますの⁉︎ ぶち殺しますわよ⁉︎」


セアネレイアが続く。


「卑怯だぞジズ! ボクだってルシフェル様に甘えたいのを堪えているんだ!」


けれどもジズはそれを無視する。

むしろ守護天使に見せつけるように、ルシフェルの胸に小さなおでこを押しつけた。

嘘泣きしながら額をぐりぐりする。


「うええええん! ルシフェル様ぁ! ジズ、また虐められてるのぉ!」


グウェンドリエルたちは歯をぐぎぎと鳴らして悔しがっている。

ルシフェルはジズの背中をよしよしと撫でた。

いつもみたいにモフる。


ジズの羽根は今日もツヤツヤと滑らかで、シルクの手触りだ。

そして思った。


「……そういえば今回は『羽根毟りの刑』じゃなかったんだね? あ、羽根毟りと言えば――」


ルシフェルは連想する。

無言で淡々とジズの羽根を毟っていたアイラリンドの姿……。


ルシフェルはアイラリンドの姿が見えないことに思い至った。

キョロキョロと室内を見回して探す。

しかし何処にもアイラリンドの姿は見当たらない。


「ねえ、アイラリンドさ――じゃなくて、アイラリンドは?」


室内に沈黙が流れる。

(かしま)しく罵り合っていた彼女らは気まずそうに口を閉じ、ジズはそっとルシフェルから離れた。


一瞬で変わってしまった場の雰囲気。

ルシフェルは不安を感じた。


「……え? ちょっと、みんなどうしたの? アイラリンド居るんだよね? いまはたまたま席を外しているだけだよね?」


壁際に控えていた天使メイド統括、土曜の座天使シェバトが(うやうや)しく頭を下げて応える。


「ルシフェル様。アイラリンド様は別室にございます。僭越ながら私めがご案内させて頂きます」



別室に連れられたルシフェルは、深々とベッドに身を預けるアイラリンドの姿を認めた。

眠っているらしい。

ルシフェルはふぅと安堵の息を吐く。


「ああ、良かった。ちゃんといるじゃない。みんなが不穏な空気を醸し出したりするから、俺、心配しちゃったよ」


ベッド脇に歩み寄り、アイラリンドの顔を覗き込む。

すぅすぅと、規則正しく息をしている。


ルシフェルはアイラリンドの清廉な寝顔に侵しがたい美しさを感じた。

まるで童話の眠り姫だ。

思わず魅入ってしまう。


(……なんか……綺麗、だな……)


とは言え、いつまでもただぼうっと眺めている訳にもいかない。

とっくに陽は上っているのだし、ルシフェルはアイラリンドを起こしに掛かる。


「もしもーし。もう昼だよー」


アイラリンドは反応しない。

ルシフェルは心配になる。

遠慮がちに肩に手をおくと、軽く揺すった。

しかしアイラリンドからは何も反応がない。

不安が大きくなっていく。


ルシフェルは背後を振り返り、そこに控えているシェバトを見た。

無言で反応を促す。

シェバトはわずかに顔を俯かせ、視線を外しながら応える。


「アイラリンド様はこの半月の間、ずっと眠っておいでです」

「……え?」

「先に下されました神罰により、ここ第七天アラボトは深刻なダメージを負いました。その影響かと思われます」


アイラリンドは、超天空城そのものだ。

そして超天空城とは七つの天国である。

天国へのダメージは、そのままアイラリンドへのダメージとなる。


「そ、そんな……」


ルシフェルは恐怖を覚えた。

声を震わせ問いかける。


「……ねえシェバト。もしかして、アイラリンドはこの先ずっと、眠ったままなの?」

「いいえ、そのような事はございません。いつかはお目覚めになられます。しかし、それがいつになるかは、まるで検討が付かないのです……」


シェバトは言う。

第七天アラボトの損壊が復旧すれば、すぐにでもアイラリンドは目覚めるだろう。

けれどもアラボトが癒えるまでどれほどの時間が掛かるかは、未知で予想が出来ない。


天使メイドたちもアラボトの復旧を試みてはいるものの、復旧は遅々として進んでいないらしい。

アラボトへの干渉は天国への干渉。

そのような行為は、一介の天使には、いや、例えそれが熾天使であろうとも許されない。

その為、復旧しようにも復旧できない。


だが天国に干渉できる存在はいる。

それはルシフェルだ。

父なる神より天の全権――神の権能――を委ねられたルシフェルならば、それが可能なのだ。


「……そうだったんだ……。うん、わかった。教えてくれてありがとう」


話を聞いたルシフェルは、決意する。


「……なら俺がやるしかない。そもそも(もと)を正せば俺が迂闊に神罰なんて下しちゃったせいなんだ。だったら俺がアラボトを復旧させなきゃいけない。絶対に俺が、アイラリンドを目覚めさせるよ……!」

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