みんな悪くてみんな良い。
――木漏れ日のような温もり。
まるで春の陽だまりにいるみたいだな、とルシフェルは思う。
ここ、どこだっけ?
まあいいか。
眠いし。
ルシフェルはあれこれ考えるのをやめた。
温もりに包まれたまま、微睡みに意識を揺蕩わせている。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どれくらいそうしていただろう。
やがてどこからか優しい子守唄が聴こえてきた。
綺麗に響く歌声だ。
透き通ったその声は、するりと耳へ入りこむと血流に乗って循環し、全身に沁み入っていく。
ルシフェルを幸せな気持ちにさせる。
ルシフェルの意識が、だんだんと覚醒してきた。
目覚めが近い。
それに合わせてルシフェルの周囲が騒々しくなる。
「……ん、んんん……ふわぁぁ………」
ルシフェルが目を覚ました。
あくびと一緒に寝転びながら伸びをする。
ルシフェルはふわふわのベッドに寝かされていた。
まぶたをこする。
すると丸みを帯びた物体が滲んだ視界に映った。
ルシフェルは伸びのついでとばかりに、その膨らみに手のひらを当てた。
揉む。
弾力のある曲線が手のひらに吸い付き、柔らかな感触はまるでマシュマロだ。
「あんっ。……こぉら、ルシフェルちゃん。ダメよぉ? おいたはめっ」
「えっ」
揉んでいたものは、ララノアの豊かなおっぱいだった。
「――ご、ごめんなさい!」
ルシフェルは慌てて飛び起きた。
完全に目が覚めた。
さっきまでの温もりはララノアが与えていた癒しの力だったのだ。
部屋を見渡すと他の守護天使たちもみんな揃っていて、赤い絨毯に膝をついていた。
七座天使メイド隊も控えている。
部屋の隅っこでは、ジズが正座をさせられていた。
首に板を掛けられ、ムスっとして憮然な表情である。
板には『わたしは大罪人です。ルシフェルさまに、神バツの実行をそそのかしました』とヨレヨレの拙い字――ジズの自筆である――で書かれている。
◇
ルシフェルは混乱した。
状況が分からない。
どうやら今までララノアに膝枕をされていたようだが、では他の守護天使たちは何をしているのか。
「……え、えっと……。どうしたの?」
ルシフェルが尋ねると、守護天使たちは膝をついたまま一斉に頭を下げた。
代表してヴェルレマリーが応える。
「ルシフェル様、この度は誠に申し訳ございませんでした。何卒我らにご叱責を」
ルシフェルの混乱はますます深まる。
え?
この天使、何言ってんの?
寝起きに急に「ご叱責を」とか言われても完全に意味不明なんじゃが。
そんな具体だ。
「……ま、待って! まずは順を追って話して欲しい。何でこんな状況になって――」
そこまで口にしてから、ルシフェルはハタと気付いた。
「――って、あ! 神罰! そういえば神罰だよ! あの後、どうなったの⁉︎」
◇
ヴェルレマリーは頷いてから説明をする。
守護天使たちが神罰『神の怒り』に対処した直後、ルシフェルは倒れた。
原因は霊子力の急激な消耗である。
ルシフェルは神の権能を行使することにより、奇跡を起こすことができる。
しかし何事にも代償は必要だ。
神の権能を行使するには、奇跡の規模に応じた霊子力が要るのである。
「ご帰還なされたばかりのルシフェル様は、まだ本調子にございません。その状態でニ度に渡り神罰を実行なされたのです。消耗は必然。貴方様は知らず限界を超えられました。結果、お倒れになられたのです」
倒れたルシフェルは、半月にも渡って眠り続けた。
その間ずっと、守護天使ララノアや複数の天使メイドから入れ替わり立ち替わり手厚い看護を受けていた。
「……そうだったんだ……」
説明を聞き終えたルシフェルは、独り言ちる。
そしておもむろにベッドを這い出ると、素早く床に身体を投げ出した。
翼や手足を綺麗にたたんで頭を下げる。
土下座である。
「ごめんなさい!」
ルシフェルからの突然の謝罪に、居合わせた天使たちは慌てふためいた。
ルシフェルは構わず続ける。
「本当にすみませんでした! 俺、あんなことになるなんて、思ってもみなかったんです! 威力も最小値にセットしたし、ちょっとした雷が落ちるだけかな、なんて……。それなのに、あんな……あんな……!」
ルシフェルは自身が神罰の規模を見誤っていたせいで、多大な迷惑をかけたことを真摯に謝罪している。
もう迂闊な真似はしないと誓う。
泡を食ったのは天使たちだ。
守護天使たちは口々に言う。
「――そ、そんな! ルシフェル様、どうぞそのように伏せるのはおやめ下さい! 叱責を受けるべきはボクたちの方なのです!」
セアネレイアが応える。
慌て過ぎたせいで、素のボクっ娘口調が出ていることにも気付かない。
彼女の言葉に、グウェンドリエルが続く。
「セアネレイアの言う通りですわ! いくら緊急のこととはいえ、貴方様の許可なく第七天アラボトに立ち入ったこと……。私、どの様に罰せられようともよい覚悟をしておりますわ!」
「ルシフェル様、頭をお上げ下さい! 我らを罰するべき貴方様にその様に御謝罪頂くなど、あってはなりません!」
ギルセリフォンは血相を変えた。
その隣ではヤズト・ヤズタが無言で深々と頭を下げていた。
身を焼く炎が心なしいつもより激しい。
だがルシフェルも負けてはいない。
「いや、それはおかしいよ! だってみんなは助けに来てくれたんでしょ? なのに罰するとか訳わかんないし!」
押し問答が始まった。
ルシフェルも守護天使たちも、どちらも引かない。
◆
そうこうしていると、ジズがぼそっと呟いた。
「……ジズは悪くないもん……」
ララノアを除く守護天使たちが、一斉にジズを振り返った。
キッと睨む。
部屋の隅っこで反省の正座をさせられているジズは「……うっ」とたじろいだ。
セアネレイアが口火を切る。
「ジズ! お前は悪いだろう! 畏れ多くもルシフェル様に神罰実行を唆した罪は、本来万死に値するんだ! なのに身を挺してルシフェル様を庇った功績と相殺で、その程度の罰で済んでいるだぞ!」
「そうですわ!」
「……はぁ。キミはこの半月ずっとそこで正座をさせられていた訳だけど、まだ正座したりないようだね?」
ギルセリフォンは目があったヴェルレマリーに尋ねる。
「ヴェルレマリー、キミはどう思う?」
「そこでなんで私に振る?」
ヴェルレマリーが肩をすくめた。
ヤズト・ヤズタは無言の圧力で反省を促す。
けれどもジズも負けていない。
「……わ、悪くないの! 悪くないったら、悪くないもん! ジズ、悪いことしようなんて、思ってないもん!」
離れて成り行きを見守っていたララノアが、ルシフェルに笑いかけた。
「うふふ。ねぇルシフェルちゃん? みんな楽しそうで嬉しいわねぇ」
押し問答はいつの間にか有耶無耶になっていた。