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喧嘩するほど仲が良い。

「……そしてルシフェル様。貴方様は堕天の寸前に最後のお力を振り絞り、天使たちの御霊すべてをこの私、超天空城アイラリンドに封じられました。そして幾星霜の後にご帰還なされることを言い残して、その尊き御姿を隠されたのです」


アイラリンドが終末戦争についての説明を終える。

ルシフェルは頭を下げた。


「教えてくれてありがとう。うん、そっかぁ……。なんとなくだけど、分かるよ……」


これらは全部、いま現在のルシフェルにとっては身に覚えのないことである。

けれども何故か無視できない。

かつて同僚であった七大天使たちや、敬ってきた配下の天使たちを己が手にかけた悲嘆。

その哀しみがいまも御霊に刻まれている為だ。


「ふぅ」


ルシフェルはすっかりと気が滅入ってしまっていた。


「あー、なんかしんどい話だ」


呟いてから、ついため息をつく。

するとその時、場に流れ始めた重い空気を払拭する様な、のんきな声がした。


「……ふわぁぁ……。あふ、よく寝たの……」


ずっと眠りこけていたジズが、ようやく目を覚ましたのだ。



ジズは大きなあくびの後に、小柄な身体を目一杯伸ばした。

眠気まなこを擦る。

そして辺りに無造作に散乱している大量の羽根に気づいた。


「あれ? これは?」


ジズは散らかった羽根を一枚指先でつまみ上げた。

虹色に光る美しい羽根。

それは先ほどアイラリンドが『羽根毟りの刑に処す』とか何とか言って、眠りこけるジズの翼から毟った羽根である。

ジズは慌てて跳ね起きた。


「――ええええ⁉︎ な、なんでぇ? これジズの羽根なの! ジズの羽根がこんなにいっぱい抜けちゃってるのぉっ! あわわ……」


ジズはベッドで右往左往しながら、落ちた羽根を両手でかき集める。

寝起きに頭髪の抜けを気にする中年オヤジみたいだ。


「ま、まさか……」


ジズは恐る恐る翼を持ち上げ、隅々まで入念にチェックしていく。

そして青くなった。


「……あああ……禿げてる! ここも! こっちも禿げてるの……!」


羽根をなくしたジズの翼は、所々地肌が剥き出しになっている。

鳥皮みたいである。

ちょっとぷつぷつしているのだ。

ルシフェルは『パリッと焼いて塩で食べると美味しそうだな』とか『そう言えば、しばらくビール飲んでないな』とか、そんな風なことを思った。


「……あわわ……あわわわわ……」


ジズは禿げ散らかした翼を隠すみたいに、身体の内側に抱え込む。

かと思うとベソをかきだした。


「うえええんっ! ひ、酷いのぉ。ぐすっ、誰がこんなことを。ひっく。こんな不細工な翼じゃ、ルシフェル様に嫌われちゃうのぉ……」


なんだか不憫だ。

可哀想になってきたルシフェルは、ジズのすぐそばまで行くと、ベッドに腰を下ろした。

子供みたいに泣きじゃくるジズの小さな頭に手のひらをぽふっと置く。


「大丈夫だよ。そんなことで嫌いになったりしないから」

「ふぇ⁉︎ ル、ルシフェル様ぁ⁉︎ い、いたの? あっ、ダメ! ジズの羽根、見ちゃダメぇ!」


寝起きすぐにテンパったジズは、今までルシフェルの存在に気づいていなかったようだ。

慌てて離れようとする。

けれどもルシフェルは逃げようとするジズをむんずと捕まえて、親指の腹でその瞳に浮かんだ涙を拭う。


「やなの! 離してぇ!」

「ほら、ジズ。大人しくして。……ね、泣き止んで?」


ついでにモフる。

極上の撫で心地。

ルシフェルがしばらくモフモフしていると、ジズは泣くのをやめた。

代わりに赤くなっていた目が、次第にとろんとしてくる。


「ふわぁぁ」

「ふふふ、ジズは可愛いなぁ。もう泣き止んだみたい」

「……ふにゅぅ……」



ルシフェルはジズをモフりながら、なんの気なしに呟く。


「けど災難だったねぇ。アイラリンドさんってば、なんでこんな真似をしたんだろう?」

「――って、リンド⁉︎ これやったの、リンドなの⁉︎」


ジズが跳ね起きた。

澄ました顔でそばに控えていたアイラリンドに食ってかかる。


「リンド! 酷いの! なんでこんなことするの! ジズ、何にも悪いことしてないのに!」

「いいえ、ジズ。貴女は悪いことをしました」

「してないもん!」

「貴女は昨夜、ルシフェル様の寝所に無断で忍び込んだでしょう? それは悪いことなのです。もうその様なことはしてはいけませんよ?」

「やなの!」

「……まったく、この子は。少しは反省しなさい。さもなくばまた羽根を毟ります」

「ぐぬぬ、やれるものならやってみるの! 今度は返り討ちなの!」


アイラリンドとジズが喧嘩する。

朝からなんとも賑やかなことだ。

ルシフェルはふたりのやり取りをあわあわしながら見守る。

いつの間にか、さっきまでの暗く沈んでしまっていた気分などは綺麗さっぱり消えてなくなっていた。

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