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羽根毟りの刑です。

いつの間にか寝入っていたルシフェルは、テラスの向こうから聴こえてくる讃美歌で目を覚ました。


透き通った美しい歌声。

天使メイドたちが、大いなる神を讃えて歌っているのだ。


「……むにゃ……ルシフェル様ぁ……」


寝言につられてベッドに視線を落とす。

そこにはまだ気持ちよさそうに眠っているジズがいた。

なんとも幸せそうな寝顔である。

背中や手足を丸めてルシフェルにくっ付いている。


その可愛らしい寝相を眺めながら、ルシフェルは昨日考えていたことを思い返した。


白羽(しらは)明星(るしふぇる)は、ルシフェルなどという偉大な天使ではない。

ただの人間だ。

そのことをアイラリンドに話そう。

変に拗れるまえに誤解を解くのだ。


ルシフェルはベッド脇のサイドテーブルに置いた鈴に目をやる。

羽の飾り付けがされた小さな鈴。

それは昨日、アイラリンドとの別れ際に手渡されたアイテムだ。


「……えっと、アイラリンドさんは『(わたくし)をお呼びになられます際は、この鈴をお鳴らし下さいませ』とか何とか言ってたっけ。けど……」


アイラリンドはこんな小さな鈴の音をどうやって聞きつけるつもりなのだろう。

そんな疑問を抱きながらも、ルシフェルはともかく鈴を手に取る。

チリンと鳴らした。



途端に異変が起きる。

ルシフェルの目の前で、陽炎のように空間が揺らいだ。


「――わっ、わっ! 何これ⁉︎」


慌てるルシフェルをよそに、空間の揺らぎは広がっていく。

ぐにゃりと曲がったかと思うと、渦を巻いていく。


渦の向こうからアイラリンドが姿を現した。

ベッドで驚いて固まっているルシフェルを認めると、流れるような自然な所作で頭を下げる。


「おはようございます、ルシフェル様」

「あっ、はい」

「昨夜は問題なくお寛ぎになられましたでしょうか?」


ルシフェルがこくこくと頷く。

アイラリンドはその様子に微笑みながら、とあることに気付いた。


「……あら。ジズ?」


アイラリンドはベッドで丸くなるジズを見つけた。

小さく息を吐く。


「もう。この子ってばまさかルシフェル様の寝室にお邪魔しているなんて……。なんという羨ましい――こほん。いえ、なんでもございません」

「えっと、これはですね――」


ルシフェルは昨夜ジズがテラスからやってきた経緯を説明する。

そして散々モフりまくっている内に眠ってしまったジズを、ベッドに寝かせたことも。

アイラリンドが声を上げる。


「――モ、モフ⁉︎ そんな! 私だってルシフェル様にモフられたことなんてありませんのに!」

「えっ?」

「はっ⁉︎ ……こほん、失礼致しました。続きをどうぞ」

「う、うん」


話を聞き終えてから、アイラリンドはジズに向けて溜息をついた。


「そうでございましたか。それではこの子には罰を与えねばなりませんね。如何なる理由があろうとも、主人の寝室に忍び込むなど、許されざる行為。ともかくまずは起こしましょう。ルシフェル様、失礼致します」


平静を装ってはいるものの、アイラリンドのこめかみには青筋が立っていた。


ルシフェルと同衾なんてけしからん。

私だってご一緒したい。

ようはアイラリンドは嫉妬しているのだ。


アイラリンドは静々とした歩みでベッド脇に寄ると、ジズを起こしに掛かる。

手を伸ばし、丸まって眠る小さな身体を揺さぶる。


「ジズ、起きなさい。ルシフェル様と同じベッドで眠るなんて不敬ですよ」

「……むにゃ……あと5分……」

「ダメです。ほら、はやく起きて罰を受けなさい。起きないとどんどん刑が重くなりますよ。……そうですねぇ。『羽根(むし)りの刑』に処します。ジズの翼の羽根を一枚残らず全部毟りますよ? そうすると貧相な見た目になってルシフェル様に笑われます。貴女はそれでも良いのですか?」


アイラリンドはなんか物騒なことを言っている。

けれどもジズに目覚める様子はない。


「……困った子。ふぅ、仕方がありませんね。それではこのまま罰を与えることに致しましょう。えいっ」


アイラリンドがジズの羽根を引っ張った。

毟る。

一枚一枚、ぶちぶちと引っこ抜いていく。


「えいっ、えいっ」


淡々とした手つきだ。

羽根が毟られる度に、寝たままのジズは眉を歪めて(うめ)く。


「……ぅ、痛い……の……。ゃ、めて……やめてぇ……」

「ほら、ほら。嫌ならはやく起きなさい」

「……ゃだぁ……! ジズ……ルシフェル様と、寝るのぉ……」

「もう、この子は。では覚悟なさい」


羽根を毟る速度が上がった。

両手を使って、ぶちぶち、ぶちぶち……。

虹色に輝くジズの羽根が散らかる。

なにげに綺麗だ。

ルシフェルは慌てた。


「ふぁ⁉︎ ちょ、ちょっと待った! え? 何してんの⁉︎ やめたげて⁉︎」


泡を食ったルシフェルが止めに入った。


「ア、アイラリンドさん! いいんだ! ジズはそのまま寝かせてあげて!」

「……左様にございますか? 他ならぬルシフェル様がそう仰られるのでしたら……」


アイラリンドの手がようやく止まる。

ルシフェルは胸を撫で下ろした。

ジズの両腕と一体化した翼は、羽根を毟られ過ぎたせいで、少し鳥肌のような地肌が見えていた。

不憫である。


ルシフェルは改めて話を切り出す。


「はぁ、びっくりしたぁ……。それはそうとアイラリンドさん。実は呼んだのは、ちょっと話があるからでして――」


ルシフェルはごくりと生唾を飲み込んだ。


「実は俺、ルシフェルなんて天使じゃないんです! ただの人間なんです!」

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