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角を曲がると異世界でした。

白羽(しらは) 明星(るしふぇる)は辟易としていた。


営業マンとして客先をまわり、新規の顧客に名刺を差し出してはキラキラネームを揶揄(からか)われる日々。

仕事に楽しみは見いだせないし、やる気も特にない。

かといって家庭を持っている訳でもないルシフェルは、ただ漫然と流れていくだけの毎日に鬱憤を募らせていた。


「……はぁ、なんか思ってたのと違うなぁ」


就職すればもっと明るい未来が拓けると思っていた。

お金をたくさん稼げて嫁もきて、順風満帆。

そんな希望を抱いていた。


でも現実はどうだ?

職場は若干ブラック気味で深夜までの残業なんて当たり前。

働けども働けども給料はあがらず、ワープアな上に既にアラサーのルシフェルに嫁の来手(きて)などあるはずもない。


「……ふぅ」


ため息をひとつ。

そうして今日も今日とて残業で遅くなりすっかり深夜となった住宅街を、肩を落としながらトボトボと歩く。


「……はぁ。俺、なんの為に生きてんだろ?」


ルシフェルは天涯孤独の身だ。

彼にキラキラネームをつけた両親は既にいないし、頼れる親類もいなければ、親友と呼べるような相手もいない。


「どっか別の世界にでも行けたらなぁ」


ルシフェルは思う。

いまの自分は本物ではない。

だって白羽なんて綺麗な苗字に、ルシフェルとかいうご大層な名前を授かっているのだ。

本当の自分は、もしかして天使なんじゃなかろうか。


それもただの天使ではない。

九つからなる天使の階級においても最上位。

輝ける純白の六翼を背に生やした熾天使(してんし)と呼ばれる究極の天使だ。

そうに違いない。

きっと生まれてくる世界を間違えたのだ。


だったら自分の世界に行きたい。

この鬱屈とした現世に別れを告げ、自分の世界に生まれ変われれば――


「……ははは。なんてね……」


ルシフェルは自嘲した。

先に考えた内容が、子供じみたとんでもない妄想だなんて、そんなことは身に染みて理解している。


どんなに望もうとも、自分なんてこれからもずっと社会の隅っこで目立つこともなく地味に生きていくのだろう。


「ふふふ。人生ってつまんないなぁ」


ルシフェルは乾いた笑いをこぼし、背中を丸めながら街灯の下を力なく歩く。

角を曲がったすぐ先に、彼の住処である安アパートがある。

コンビニで買った弁当が冷めないうちに、早く家に帰ろう。

そう思いながら、ルシフェルはブロック塀の角を曲がった。

すると――



「…………え?」


景色が一変した。

たしかにさっきまで夜の街路を歩いていた筈だ。

けれども目の前に広がる風景はなんだ?

どこまでも続く緑の草原。

さわさわと頬を撫でる風は柔らかくて、ぽかぽかと暖かな陽射しが頭上から降り注いでくる。


「ちょ、ちょっと待って。なに……これ?」


ルシフェルは小高い丘に立っていた。

手にはコンビニ弁当の入ったレジ袋を提げたままだ。

ペットボトルのお茶もちゃんとある。


「えっ、まっ、――えええ⁉︎」


ルシフェルは呆然としたまま立ち尽くす。

すると地表を大きな影が覆い始めた。

すぐに足下まで暗くなる。

雲だろうか。

ルシフェルはそんな風に考えながら、空を見上げた。

そして仰天する。


そこには空飛ぶクジラがいた。

下層雲ほどの高さを、雄大なクジラがさながら大海を泳ぐように飛んでいる。

その巨大さはシロナガスクジラなんて目じゃない。

まるで空を泳ぐ大陸だ。


「あっ、あっ……」


驚きのあまりルシフェルは数歩後ずさってから、その場に尻もちをついた。

それと同時に、彼の背中からバサリと音がする。


何の音だろう。

ルシフェルは首を捻って背後を観察する。

そして彼は、自らの背に大きく広がった純白の六翼が生え備わっていることに気付くこととなった。

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