第九話 ようきとこはる
ガチャっ。
「ただいま」
「はい、おかえり」
「いつもはお帰り側だから、なんだか新鮮だね」
「今日は遅くまでお疲れさん」
ねろろんただいま~と女性の声が更に続き、なぁーとネロ様の声が聞こえてきた。
デレ成分全開じゃね? あの猫様、自分のこと余とか言ってたくせにぃ。
「早く飯食おう。机やっとくから、ハルは冷蔵庫の方やっといて」
「はいはい、ヨウ君はそっちよろしく。
おうおう、ねろろーん、お留守番できて偉いねぇ。ご飯食べたらおやつあげるからね」
ガサゴソとビニール袋を引っさげた男性が、ネロ様一匹分しか開いていなかった引き戸をがらりと開けて入ってきた。
この男性が家主その1、ようきだろう。ヨウ君と呼ばれていた男性は、すすっとゴミを避けて、机の上を片付け始める。
何この洗練された動き。
片付けの方ではなく、ゴミを避ける動作の方ね。
細身で丸眼鏡が印象的な、黒髪地味男だった。
ちゃんと飯食ってんのかな系男子に見えたが、晩御飯の唐揚げ弁当をおもむろに二つ並べ始めたので、どちらも同じものを食べるのだろう。
割とがっつり系なんだね。
そのうちに、ハルと呼ばれていた女性が部屋に入ってきた。
家主その2、こはるだろう。
やはりゴミを避ける動作がこなれている。
さらに、座椅子が置かれた席の前にあるノートPCを無造作に床に置いて、お弁当を広げるスペースを作り出した。
こちらは、控えめに茶髪に染めたのか地毛なのか分からないけど、顔立ちに似合う色のセミロングを揺らしながら、辺りを整え始めた。
「いただきます」
二人がそう言って食べ始めた頃、妖精たちはというと。
こたっちゃんは「こたつつけっぱだったよ」「そうだった? ごめん」という二人の会話にぎくっとなりつつも、何やらこたつに向けて真剣な顔をして合掌していたり。
せとさんは自前のハンカチで本体を磨いていたり。まあ物理的に綺麗になることはないので、PS本体を良い状態に保つおまじないか何かなのかもしれないけど。
ネロ様は隣の部屋に閉め出されていた。すりガラス越しに白い影が右往左往して、時たま境目に鼻先をねじ込みたいのだろう、ゴッガッとガラスを揺らす音がしていた。
平和な光景だなあー……。
私、なんかやることあるこれ?
座敷童いらんくね?
いきなりの存在意義消失である。
確かにゴミ積もってるし、さっそく食べ終わったお弁当のゴミをビニール袋にまとめて近くにポイする様子を見ていると、後々大変なことになりそうではあるけれど。
「ねー、こたっちゃんや。結構この家すでに平和では?
宝くじとかドーンと当てる手助けしちゃう?」
「あおい様の今のお力では出来ませんね……」
えー、じゃあ何すれば良いんだろう?
「……むー、あ、そうだ! 前の人はどんなことしてたの?」
「先代はそうですねえ、夢枕に立って「これこれしたら、こういう良いことが起こるであろう」みたいに、助言していたみたいです。
例えば、部屋を片付けたら失せモノが出てくるよ、とか」
「へー、あれだ、風が吹けば桶屋が儲かる、的な」
「概ね? 合ってると思います。多分」
そっかぁ。前の人もゴミ屋敷は歓迎してなかったんだろうな。
引き続き要観察、ってことかな。
「前の人って、私みたいな境遇だったの? どういうのが座敷童になるんだろう?」
私は純正座敷童ではないように思う。
死んじゃってから、呼ばれてきてみてどろろろーん、って感じだし。
その辺どうなん? って聞いてみたら、どうやら流れの狐様が気に入って住みながら、ついでに家を整えていたようだ。
「どこ気に入ったんだろ、神棚とかないよねここ」
「……どうやらPS5に大層関心を寄せていたようで、遊ぶことが好きだったのです」
へえ。
こたっちゃんが俯いて答えたことに、私は気付かなかった。
「楽をするために、苦労してましたから、先代様は」
まゆ尻を下げてそういう、こたっちゃんであった。
「こほん、いざこざに関して言えば、ネロ様とせとさんの対立緩和や、他の部屋でもいざこざがあるかも知れません」
「こたっちゃんは全部は把握してないの?」
「あまりこたつから離れることはないですからねぇ、どの部屋にも赴かれるのはネロ様くらいですね」
部屋の出入りはあっても、妖精たちの機微に通じているとは思えないんだよなあ、あの王様。
俺様属性だし。
そうして話しているうちに、ハルはネロ様におやつをあげるために、ヨウ君はPSでゲームするために、それぞれ動き始めた。
べたべたイチャるのかと思っていたが、そういうものでもないらしい。
それぞれが、好きなことをして、夜を過ごすようだ。
「じゃあ、家主ーズがいない間に、お部屋参りして、そっから考えるってことで」
「この家に恩恵をもたらすこと自体は、問題ないのですか?」
さっき言っていた、やだやだのことだろう。
まあ、悪い人たちではなさそう、かな。
まだ、個人の人となりは分からないけど、見た目がイカつかったり、態度がオラついている人たちではなかったので、衝撃は少なかったよ、うん。
新米座敷童としては、とっつき易い家主の方が流石に安心できるというものだ。
それに、甲斐甲斐しく働いている妖精さんたちを見ていると、自分も何かしてみたくなるってもんだ。
他の従業員の人たちがやる気だと、自分もやらないと!って気になる感じと似ている。
「まあ、やってみよっかー。とりあえず、他の部屋の様子見てからね」
こたっちゃんは分かりやすく安堵して、にこりと笑顔で頷いたのだった。
ただ、もう今日は動く気なっしん。
二人の様子を見守ってみようかな。すぐできることないしね!
そう心に言い訳して、引き続きだるだると、私は怠惰にごろ寝するのであった。