第五話 ネロとせと
「ネロ様、ちょっとモフらせてぇ」
とりま、全力で現実逃避に走る私であった。
「断る」
ネロ様の様子を見るに、せとさんにガン飛ばして耳伏せの状態だ。
全力現実逃避行、瞬きの間に終了。
はい解散。
「そ奴に関しては、座敷童殿! 早速ではありますが、意見陳述させて頂きたく存じます!」
「えーっと、せとふぁいぶさん、せとさんで良い、よね? 何かネロ様と仲悪い?」
セトファイブと名乗るおそらく男性?的な、畏まった態度で接してくれる人? 何かしらの精さんを注視してみる。
ネロ様にガン飛ばしていながらも、こちらを立ててくれる物言いだ。
こたっちゃんとの話に割って入ってきたって言うのはマイナスだけど、それなりの事情があるのかもしれない。
騎士のような物言いではあるが、格好は良いね。
私の好み、黒地のシャツとズボンに、手先の裾が綺麗に広がった、ふわっとしたパーカーを羽織っている。
顔は眉がキリッとしていて、顔自体は白くてインドア派って感じ。
ちゃんと食ってる?
そんな心配したくなる線の細いあんちゃん、母がよく聴いてたヴィジュアル系のボーカルみたいな。
じっと観察しているつもりだったのだが、せとさんはそれを話を聞いてくれる態度だと誤解したのだろうか。
一気にまくし立てるよう、意見陳述、してきた。
「こ奴、けだもののくせに、我が主を小姓のように扱うのです!
それがどれだけ口惜しいことか……この家に住まわせて頂いていると言う感謝が僅かにも感じらない! それどころか、私の本体に毛を纏わりつかせて、私の奉仕を妨げる所業! 放逐するよう、お心配りをいただきたいものですな!」
「余に仕え、食事を持ち、身の回りの世話を頼まずとも手を出してくるのだぞ?
それは余が王たる証ではないのか?
嬉々として仕えるものを許すのも、王の務めであろう。
感謝の意を持たぬわけでもない、必要でない時も触らせてやっているのだ、自らの懐の深さはなかなかのものであると自負しているぞ。
はん、これくらい説明しなくとも汲んでもらいたいものだ」
鼻息をふんと一つ鳴らして、せとさんに応戦するネロ様。
飼い主さんから大事にされてるんだろうなあ、ただネロ様への尊さが行き過ぎて、ネロ様の自意識がフライハイしちゃってるけど。
まあ、猫だししょうがないか。
「おふたりとも、ざしき……いや、えと、あおい様に失礼ですよっ!」
さすがに見かねたのか、顔を真っ赤にして、インターセプトしてきたこたっちゃんであった。
クリーム色の着物に、焦げ茶色の帯を巻き、着物の柄は淡い橙の彼岸花、だっけ? 秋の土手とかに生えてるやつ。
彼岸花であれば、火のイメージがあるし、こたっちゃんらしいと言えばらしい。全体的に淡い色合いで初対面の落ち着いた雰囲気とも良くマッチしている。
だが今は、長いまつ毛を瞬かせ、ぷんぷんと怒っているのだろう。
ティラミス食べたくなる色合いだなあとか思ってる、って言ったらこたつ火力マックスな顔色になってしまうのだろうか。
あだ名は考えつけなかったのかな、まあ様付けがなくなるくらいの仲になれると嬉しいんだけどなー。
「はい、みんなすたーっぷ!」
その辺に転がっていた、500MLの空ペットボトル(私の背丈より少し大きいくらい)を引っ掴み、ばんばんと床を打ち鳴らす。
ネロ様は目を丸くしているし、せとさんはぎょっとした目を向け背筋をぴんと伸ばした。
こたっちゃんはびくりとしてから、あわあわと口をぱくぱくしている。
「ちょっと、内輪で盛り上がっててずるいよ! せめて、私にも分かるようにして! コミュ障的には本当は部屋の隅で体育座りしたいくらいなんだから。あとネロ様モフらせろ」
「断る」
「そこはモフらせるとこじゃね?」
「まったく、偽王を騙るけだものはこれだから……」
「せとさん?」
こたっちゃんの笑顔に顔を引きつらせるせとさんであった。
はあ、私こういうキャラじゃないんだけどなあ。
ただ、このゴミ屋敷状態は気になるし、一緒に顔を突き合わせるであろう面々が揉めているのは見過ごせない。
お茶とお菓子でも食べながら、ゆっくりしたいところではあるんだけど……ここで車座になるのは嫌だなあ。
「じゃあ、あの辺でちょっとみんなしゅーごー。
あのPCの上。あそこが一番綺麗そうだから。あ、ネロ様はでかいからこたつの傍で声張ってくれればいいから」
「まったく、面倒なことだ」
さっきはノリノリでせとさんに話していたくせに、途端に面倒くさがりやがるこの猫様。
「はいはい、お付き合いくださいねー。つか、せとさんて、結局なんの精なの?」
「ああ、詳しいご説明がまだでしたな。私は最新機器と誉高い!」
以下略。この人、話長いからだるい。
こちゃっちゃんはこちらのやり取りを生温かい目で見守っていてくれるだけだった。
こういう精なのかもしれない、みんなの認識も。
この日、私はこちらの世界にもPS5が存在することを知った。
そして、思い入れが強ければ、最新機器であっても妖精の類が憑くことも。
こんな調子で、家に恩恵をもたらせられるのだろうか?
辺りに散らばるゴミから目を逸らし、私はあのこたつ上のPCにたどり着くための手段を考え始めるのであった。