第三話 わたしはわたし
さてさて、座敷童ときましたか。
私の知っている座敷童知識といえば。
曰く、居てくれると幸運を運んでくれる。
曰く、嫌われて居なくなってしまうと、途端に一家に不幸が降りかかる。
曰く、実は口減らしのために殺された子供の幽霊であり、その子の供養をすることで祟られないようにしている。
曰く、いたずらとか好きな幽霊みたいなナニカ。
主に、ふるーい和式屋敷とかに住んでそうなイメージである。
電気でぶおんぶおんいうこたつがある家にいるものなのだろうか?
囲炉裏があるような旧屋敷で発生するようなモノではないかのように思っていた。
うんううん、と唸っていたが。
こたつの精さんが、困った顔でこちらを伺っていた。
空気を読んでくれたのだろう。出来すぎる美幼女である。
「あおい様、少し長い話になりますが、お耳を拝借いたしますね?」
私はブレザーと胸のリボンを整え、聞く姿勢をとった。
それでは古式ゆかしく、こほん。ん、んー。
せつめーしよー!
座敷童とは、少なくとも今この場においては、家を整える役割を持つ上級妖精である!
家を整えるとは、どういうことかと言うと。
その家に住むモノが住みよいように、ちょっと恩恵を与える手伝いをすることのようだ。
ちょっととはどれくらいかと言うと、失くしものが見つけ易くなるとか、冷蔵庫の霜が積もりにくくなるとか。
あるとちょっと嬉しいな、程度の恩恵をもたらすのがお仕事、らしい。
もちろん、私たちの存在は人間に知られてはならないので、程度については、こたつの精さん曰く「いい塩梅で」とのことだった。
なんだか、マニュアルはあるけど臨機応変に対応してくださいね、ってこういうバイト先あったわーという気分になったこと請け合いである。
ちなみに妖精と座敷童では、扱える力の幅が違うようだ。
例えば、こたつの精さんはこたつを少し早く温めることができる、私はこたつの電気回りを壊れにくくしつつ掛布団の摩耗を減らしたりできる、と言った違いがあるらしい。
電気回りの精とか掛布団の精が居れば、それぞれやってくれるのかもしれないけど。
こたつの精さん曰く、家の精と言うのは、家主の思い入れがあるものに憑き易いので、やたらめったらと居るものではないのだそうだ。
ここの家の人は、こたつ大好きっ子なのだろう。
あ、なんか親近感湧くわー。リビングはこたつだったから、よくうたた寝とかしてたわー。
「あー……ちなみに、私って帰る? ことはできるんですか? その、座敷童業はしないといけないこと? なんでしょうか?
実家がどうなってるのか、とか見てみたいなーなんて」
あははと苦笑いしつつ、こたつの精さんの様子を伺ってみる。
うっ。
そんな私の表情を読み切ったのか、こたつの精さんは慌てたように言い募ってきた。
「あおい様っ。ここではネロ様触り放題ですしっ。座敷童もやってみると楽しいですよ! それこそ遣り甲斐ありますし。
そもそもここはっ……」
明らかに目を逸らして狼狽えるこたつさん。
あ、これ、なんかあるわー。
「そもそもここは?」
「そも……そもここ……は……」
神流川の地。
「えと、神奈川?」
「いえ、神流川、です」
かみながれかわ。かながわ。
私の在所は、確かに神奈川県某所であった。
そことは、どうやら少しずれているらしい。
何がずれているかは、良く分からない。
あれだ、土地じゃなくて、位相的な何かだと思う。
詳しく聞けば話してもらえるんだろうけど。正直なところ、座敷童のお話だけで、結構お腹いっぱいである。
「ちなみに、神奈川、に戻ったとしたら?」
「霊魂として、あおい様は彷徨うことになるでしょう……」
「戻れんの? つか霊魂? 幽霊的な感じですか?」
「そうですね……目的も宛てもなく、知り合いを見守る。もしくは、悪霊に襲われたりする可能性もありますね」
沈痛な面持ちで俯くこたつさん。
うええ。なにそれ怖い。
「あーまあ、そしたら、むしろこっちにこれて私的には良かったのかなあ?」
「そうとも言えますね……故郷を離れるのは、お辛いでしょうけど」
故郷かあ、故郷には家族が居て、友達が居て。
お気に入りの猫カフェがあって、錆柄の緑青ちゃんを撫でて。
他にも楽しいことはたくさんあった。
でも、私、死んじゃったんだね。
じゃあ、仕方ない。
暫くは、こっちで過ごしていくしかなさそうだね。
「はぁ」
わくわくからの、しょんぼり、そして妥協。
じんせーってこういう感じ、なのかな?
まだ就職先も決めてなかったのになあ。
「こたつの精さん、こちらでお世話になります」
私的な感覚だけど。なるべく、バイト先で失礼にならないような礼をとり。
バイト先なのかは分からないけど、それに近いものだと思っておくことにした。
こたつの精さん的には私の方が偉いのかもしれないけど、まあ、先輩を立てておくのは大事だよね。
私は基本的に小市民なのである。郷に入っては郷に従え、いい言葉である。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして、私とこたつの精さんとのお話は恙なく終わったのであった。
ちなみに、ネロ様は一言も挟むことなく、ひとしきりのグルーミングを終えていた。
猫は自由でいいなあ!
あとで存分にもふる。
ひと先ずは、この家の精に会わないとならないだろう。
仕事先へのご挨拶は基本である。
私のバイト経験値なめんな。
こちとら、接客やら品出しやらコンベアーやら、そこそこやっとんやでえー!
不安もあるけれど、まずはここから脱出しなければ。
この、こたつ、という聖地から。
私、元地球惑星日本国、神奈川県某所。
不慮の事故で体を亡くした。
天野愛生その人は。
今、コタツの外に足を踏み出すのだった。
ぎりセーフ