表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

後編

 彼はすぐに、あるじと呼んだ人のところへ去っていく。

 いつまでも見ていたかった背中は人混みに紛れてわからなくなってしまった。


 強張っていた心をほぐしてくれたり、反対にドキドキと落ち着かなくさせたり、本当に不思議な人。


 でも、彼は素性を明かしてはくれなかった。

 つまりは、全部が社交辞令ってことだ。

 思わずときめいてしまって損をしたかな、とも思ったけれど、女性慣れしすぎている男性はなんだか怖い。


 それにどのみちきっと身分違いだし、本気になる前に夢のように終わらせてしまったほうが自分のためなのかも。



 未だ賑やかな会場をあとにしながら、ふと思う。


 『マントを受け取りに行かせる』と言っていたけれど、彼は名前も知らない私のところにどうやって知人を行かせるつもりなのかしら。


 慌てて会場に戻って姿を探したけれど、もう見つけることは叶わなかった。


――・――・――・――・――・――


 結局そのあとの1ヶ月間、ずっと気にかけていたのに誰もマントを受け取りに来なかった。

 あまりそんなふうに思いたくはないけれど、あの金髪の彼に騙されてしまったのかしら。


 そっと、机の上の封筒を手に取り中身を眺める。

 中に入っているのは16歳になるシリル王子殿下のお誕生パーティーの誘いだ。

 16歳といえば、将来の相手を決めなければいけないお年頃。

 王太子殿下は他国の姫をお妃に迎えているけれど、第2王子であるシリル王子殿下は自国の貴族の娘から嫁を探すことを考えているみたい。


 今日はその、お誕生パーティーの日。

 貴族で年頃で、見目の良い娘たちが片っ端から呼ばれて、城へと集う予定になっている。

 光栄なことに私もそれに呼ばれていて……


 おかしな噂ばかり立っているし、私のことは省いてくれて良かったのに。

 そう思う一方で、お父様の名誉のために嫁候補の末席に残らなくてはと思う自分もいて、心がざわざわと落ち着かない。



 身支度をしてもらって振り返ると、侍女のオリヴィアが、ほぅ、とため息をつきながら微笑んでくれた。


「クラリスお嬢様、とてもお綺麗です。香水のご希望はおありですか?」


「香水……」

 華やかなローズでもいいし、洗練されたアイリスでもいい。

 悩んだときはいつも、オススメのをつけてもらうのだけど。


「……すずらん(ミュゲ)がいいわ」

 ふと、ダンスホールで会った彼のことを思い出して、そう口にする。

 彼の知人のものだという、ボタンに刻印されたすずらんの花が、彼との縁をまた繋げてくれそうな気がして。


「ミュゲ。クラリスお嬢様にぴったりの香りだと思います。きっと、お嬢様なら、お相手候補に残ることができますよ」


 オリヴィアが柔らかく香水をかけながら勇気づけてくれるけれど……

 私が考えているのはシリル殿下ではなく、名も顔もよく知らぬダンスホールの彼のこと。

 それがなんだか申し訳なくて、少し心苦しかった。



 馬車に揺られて王城に到着し、1ヶ月前と同じダンスホール会場に足を踏み入れる。

 シリル殿下の会場入りはあと30分ほど先だというのに、すでに大勢の着飾った令嬢たちがウェルカムドリンクを片手に集っていた。


 令嬢たちが私の姿を目にした途端、ざわざわと会場がざわめき始める。

 きっと、あの不名誉な噂が広まっているのでしょう。


 負けないように顔を上げて姿勢を正して歩いていくと、「きゃあ!」という甲高い声がして、同時に赤色の液体が宙を舞うのが見えた。


「あら、ごめんなさい! どうしましょう、手が滑っちゃったわ」

 転んだあとに起き上がって深々と頭を下げて来たのはニーナの取り巻きの一人。

 申し訳ないといった声色だけれど、口角がにやりと上がっていて、わざと転んだのだとすぐにわかった。


 見ると私のドレスに真っ赤な染みが広がっている。

 よりによって、赤ワイン。

 次第に染みてきて冷たいし、臭いもあるしで最悪にもほどがある。


 可哀想、という瞳で見てくる令嬢もいれば、クスクスと含み笑いをする令嬢もいて、無関心な令嬢もいて。

 けれど、誰も私に手を差し伸べようとはしなかった。

 まぁ、それはそうかもしれない。

 上手く行けばライバルが一人ここで脱落するんだもの。


 まだ殿下や清掃の使用人たちが来ないのをいいことに、取り巻きの令嬢は静かに口を開く。


「色に溺れるクラリスには、その赤いシミのドレスがお似合いよ。しかも、侍女だけじゃ飽き足らず、浮浪者に後ろから抱きついたりもしたらしいじゃないの。気味が悪いわ」


 鋭い目つきで睨んでくる令嬢に「あれはのどにパンをつまらせていたから、対処しただけよ」と説明するけれど、嫌悪に満ちた表情は変わらない。


 みぞおちを強く引き上げて異物を出させる、ハイムリック法という応急処置を行っただけなのに、どうしてこんな目で見られなければいけないの?

 死ぬかもしれなかったのに、そのまま見ていればよかったの?


 会場にはクスクス笑う声が小さく響いており、汚らわしいものを見るような目や好奇の目が私に向けられている。


 そんな時、そっと手を差し伸べてくるニーナの姿が見えた。


「クラリス、せっかくのドレスが汚れてお可哀想に。侍女のいる馬車までお送りしましょう。でも、誰彼構わず手を出すあなたの行動は貴族の恥。このまま、お帰りになるのも良いのかもしれないわね」


 周りを使って自分の手を汚さずに、自分の思い通りにことを進ませようとするニーナ。

 私の一番嫌いなやり口に、ぶちんとなにかが切れたような気がした。



「……さっきからこちらが黙っていれば、好き勝手なことを! ここにいらっしゃる皆様に問いますけど、権威や清らかさって、人の命より大切なものなのかしら!?」


「え……?」

 突然の問いかけに驚いたのか、しん、と会場は静かになっていく。


「貴女がたの手が清らかなのは誰のおかげ? こうやって美しく着飾れるのは、どうして? それも忘れて弱き者を虐げ、彼らの苦しみも見て見ぬふりをして。頭の中空っぽなの? それとも、ふわふわのメレンゲでも詰まっているのかしら?」


 一人ひとり指差しながら一回転すると、ドレスの裾がふわりと揺れる。

 令嬢たちは私の勢いに驚いたのか、声を失って立ち尽くしていて。


 誰にも反論されないものだから、これまで溜め込んでいた怒りややるせなさみたいなものが決壊してしまい、私はまた口を開いた。


「今度、皆様のお屋敷に鏡を贈ってさしあげますわ。全身が見えるような特別大きなものをね。私の蘇生法より、貴女がたの歪んだ性格や、張り切りすぎておかしなドレス、きつすぎな香水やケバケバしい宝石のほうがよっぽど恥ずかしいのよ!」


 悪女のごとく高らかに笑い終えた後、冷ややかに令嬢たちを睨みつけ、言葉を続ける。


「やることがなくて退屈なのは結構ですけど、もう二度とウチの侍女オリヴィアを馬鹿にしないでくださる? 次は、絶対に許しませんから」


 言い終えて周りを見ると、気迫にされたのかこくりと令嬢たちがうなずいている。

 “わかればいいのよ”と得意げになる一方で、波のように後悔の気持ちが次から次へと押し寄せてきた。



「王子殿下の誕生日に、私は何てことを……!! なにもこんな日に、高慢で傲慢だった頃のクラリス節が炸裂しなくてもいいじゃないの! 神聖なる王宮で言い訳できないほど直接的に罵ったのは、さすがにいけなかった。もう終わりだわ……」


 呼吸が浅く速くなり、目の前がぐにゃりと歪み始める。

 早く座り込まなければと思うけれど、身体が言うことをきいてくれず、すぐに視界が暗転した。


 膝から崩れ落ちたところまでは覚えているけれど、不思議と痛みはなく、令嬢たちがざわめく様子だけが耳に残った。


――・――・――・――・――・――


 小鳥の歌う声がする。

 窓の隙間から射し込む柔らかな日差しに、ふかふかのベッド。

 見慣れた私の部屋だ。

 いつの間にやらネグリジェに着替えており、ハーフアップにしていた髪もほどかれている。


 大きなベッドの中で、子どもみたいに小さく丸まった。

 夢であればいいのに、と思うけれど、ミュゲの香りが昨日の罵倒が現実のものであったと教えてくれる。


 きっとまた、『クラリスが王子殿下の誕生会で高笑い』だとか『悪女クラリスにそしられた』だとか、おかしな噂が広まっていることでしょう。

 

 魔女だとか死体愛好家だとか誰彼かまわず襲う女だと称されるクラリスが、王城で吠えて高笑い。

 不名誉な噂ばかりの私など、誰も嫁にもらってはくれないことでしょう。


 じんわりと涙が滲み、雨粒がついたガラスのように世界が滲む。


 さようなら、私の幸せ結婚生活……

 お父様、こんな娘でごめんなさい……


 グズグズと鼻をすすっているとノック音が聞こえ、返事をする間もないまま勢いよく扉が開かれた。


「クラリスお嬢様! 大変です!!」

 いつも丁寧で穏やかなオリヴィアがこんなふうに慌てる姿など見たことがない。

 大変なことは昨日のが最後だと思っていたのに、これ以上のことがあるの?


「大変って、まさかお父様になにかあったの!?」


「いえ、お嬢様へ来客です! 事情はあとでお話します。いまは急ぎお支度を!!」

 オリヴィアは焦りと興奮でなのか、きらきらと瞳が輝いて呼吸も荒くなっている。


 見た感じ悪い話ではなさそうだけど、もしかしたら“私を叱責するために来た城の使い”を“婚約者候補に決まったと伝える使い”と間違えて興奮しているのではないかしら。


 さあっと頭のてっぺんから血が落ちていく感覚になる。

 ああ、また気を失ってしまいそう。

 このままだと、屋敷の皆を期待させておきながら、どん底まで落とすことになってしまう。

 

 支度を済ませて、重い足を奮い立たせて玄関へと向かう。

 お父様が『お前は一体何をしたんだ』と言わんばかりの驚いた顔でこっちを見ていて、恐れから足が震えた。


 やっぱりお城からの叱責の知らせなのね……


 扉の向こうに立っていたのは、見知らぬ金髪の男性で。

 だけどなぜか、王国の使いであることをあらわす国章が見当たらない。


 朝の光を浴びて、すっと立つその人は精悍さと繊細さを併せ持っており、まるで絵画の中から出てきたのかと疑うほどに美しかった。


 こんな美しく整った顔立ちの男性と知り合った記憶はないし、見かけた覚えさえない。


 こそっと「どなた?」と尋ねるけれど、オリヴィアは名を口にしようとしないまま。

 もしかしたら、この男性は身分のある方なのかもしれない。



 私への来客というのは何かの間違いで、名乗ったほうが良いのでは……?

 不躾ぶしつけにならないよう先に名を名乗ってお辞儀をすると、男性はにこりと柔らかく目を細めてきた。


「クラリス嬢、お身体はもう良いのでしょうか」


「え?」

 この声、どこかで聞いたような。

 どこだったかしらと考えていると、お父様が私の髪飾りを差し出してきた。

 

「リエル卿は、昨日気を失ったお前を抱えて馬車まで送り届けてくださって。とれてしまった髪飾りをこちらまで届けて下さったんだ」


「ああ、なんてご迷惑を……」

 失神に加えて、抱えて運んでいただいたなんて、穴があったら入りたい。


 深々と礼をして顔を上げると、リエル様はふるふると静かに首を横に振っていた。

 

「いえ。気づくのが遅れ、騒ぎから守れず申し訳ない。それに、大切な髪飾りだとしたらと思い、急ぎ届けに参りましたが……かえって休ませて差し上げることができなかったですね」


「そんな、謝らないでください。お気に入りのものだったので、手元に戻って安心しました。ありがとうございます」


「それは、よかった。その髪飾り、銀糸のように輝く貴女の髪によくお似合いでしたしね」


 美しいお顔に微笑みかけられた上に、思いがけず褒められてしまい、どぎまぎしてしまう。


「え、ええと、ありがとうございま、す」

 たどたどしくお礼を伝え、照れながら視線を外すと、お父様とオリヴィアがニマニマと緩んだ顔で私達を見ていて。


 むっとして睨みつけると、二人とも何事もなかったかのように真面目な表情に戻った。



 家に上がろうとしないリエル様に気をつかったのか、お父様は「私がいては話しづらいでしょう」と撤収していく。

 去り際に『頑張れ』とでも言うように私にウインクをしてきたけれど、それは気づかなかったことにした。 



「クラリス嬢、遅くなってすみません。あの時の約束を果たしに参りました」

 リエル様は穏やかに微笑みながら言うけれど、こんな美形と約束をした覚えなんか一つもない。


「ええと……?」


「私と踊ってくださいましたよね」

 その言葉にハッとする。


「あの時の!」


「思い出していただけてよかった。あの時は、素性を明かせない状態でしたもので。預かっていただいているマントを受け取りに参りました」


「マントも、リエル様のものだったのですか!?」

 全然記憶にないけれど、確かに手伝ってくれた男性に背格好がよく似ている気がする。


「ええ。差し上げられればよかったのですが、あのボタンは母の形見でして。お返しいたたければ、と」


「すみません、大切なものなのに。オリヴィア、マントをここに」

 後ろに控えるオリヴィアに声をかけると、「はい! すぐにお持ちします」と、足早に駆けていった。



「クラリス嬢。じつは謝らなければならないのは、こちらのほうでして。私のほうが貴女に失礼なことをしています」


 周りに誰もいなくなったのを確認した彼は、申し訳無さそうに声をひそめた。


「え?」


「昨晩、貴女が気を失ったあとすぐにみなの前で“数日前からクラリス嬢と私は恋仲になった”と、言いました」


 ……えぇえ?

 予想の遥か斜め上をいく返答に、理解が追いつかない。

 私と、この美形が……恋仲!?


「なっ! どうしてそんなことに!」


「誰彼構わず手を出す、という話が出たせいか、また下世話な噂が広まりつつあったもので……王子殿下の婚約者候補からは外されますが、はしたない悪名が王都に轟くよりは、と判断しました。まさかすでに気を失われていたとは思っておらず、勝手をして申し訳ありません」


 その後の説明によるとリエル様は、王子殿下にまで根回しをしてくださったようで。

 今回の一件は、上手く水に流すことができたとのことだった。



「本当に、何とお礼を申し上げたら良いのでしょうか。リエル様に多大なるご迷惑をおかけしてしまって……」


「迷惑だなんてとんでもない。貴女と話せる機会が増えて、私は嬉しい限りですから」


 にこりと微笑まれて、どくんと鼓動が跳ねる。

 歯の浮くようなセリフなのに、嫌味がなくて格好がつくのがなんだかずるい。

 相変わらずこの男性ひとのことは、全然読めない。


「それに、ダンスホールに響き渡った貴女の叱責も格好よかったですし、良いものを見せていただきましたしね」


 なんてこと! 聞かれていたのね!


「ええと、それは、忘れてください……」

 あまりの恥ずかしさに顔をおおうと、リエル様は楽しそうに笑う。


「まぁとにかく。ほとぼりがさめるまで、3ヶ月ほど私とお付き合いしているふりをしていただければと思います。私も近頃ご令嬢方から、においのきついりんごを贈られていまして。毎度断り文句を考えるのに難儀しているので、私のためにもどうか頼みます」


 胸に手を当てて一礼したリエル様は「一体あのりんごは何なんでしょうね」と苦々しく笑う。

 「私にもわかりかねます」と引きつり笑いで返したけれど、じつは私は正体を知っている。


 ラブアップル……自身のわきの汗を染み込ませたお手製の惚れ薬。

 令嬢たちが美しいリエル様からの愛を欲して、薬を作成しているのでしょう。


 実際、効くかどうかはかなり怪しいし、フェロモンどころか雑菌が付着して繁殖しているのは想像にかたくない。

 恋する相手を食中毒にさせる効果は、絶大な気がする。



「そうしましたら、私だけではなくリエル様にもメリットのある話なのですね」


「そういうことです。そしてどうか、ウィルフレッド、とお呼びください。リエルは姓で、ウィルフレッドが私の名です。いずれ“蘇生法”についても、お聞かせ願えますか。私も軍人ですし、気になりますから」


「はい、ウィルフレッド様。いずれまた、お話させてください。それと、私のこともクラリス、と」


 ……って、ん?

 ウィルフレッドって、どこかで聞いたことある名前……


 まさか!!

 国一番の美男で、最近若くして大尉に昇格されたって噂の!

 道理で規格外な美しさなわけだし、女性慣れしているわけだわ。


「周りからすれば恋人同士ということになりますから、敬称もなくていいのですけどね」

 ウィルフレッド様は、そう言って微笑み、また口を開いた。


「クラリスの体調も心配ですし、今日のところは帰ります。また後日、お誘いさせてください」


「お誘い、ですか?」


「デートの、です」

 当然のようにそう言ってくるけれど、私は苦笑いを浮かべた。


「ええと、お付き合いってフリだけですし、実際に会わなくても良いと思いますよ? 私はいろいろと噂されていますし……」


 さすがに私の噂にウィルフレッド様を巻き込むのは申し訳無さすぎる。



「構いません。噂話や作り話をされるのは慣れっこです」


「一緒にいるとウィルフレッド様も変人だと思われます」


「もう恋仲ということになっているのですから、気にせず言わせておけば良い」


 あっけらかんとウィルフレッド様は言ってのけて、これまでずっと噂に振り回されていたのがバカバカしくなってくる。



「クラリスは少し勘違いをしています。周りがどうこうではなく、単に私が貴女にお会いしたいだけなのです」


 その言葉にどぎまぎしつつ、ウィルフレッド様は、天然の女たらしなのかしらと考え込んでしまう

 全く自覚がなさそうなのが、女泣かせで恐ろしい。

 挨拶のキスさえしないというのも納得だわ。

 私を含めて、勘違いする令嬢が続出しそうだもの。


 あれ? でも、私この男性ひとに仮面舞踏会でキスをされたような。


 あのキスの噂は偽りなの? それとも……

 恐る恐る上目で彼の顔を見つめると、ゴールド混じりのグリーンがどこか熱っぽく揺らいでいて。

 思わずきゅっと身をすくめた。



「クラリス……川辺で言葉を交わしてからずっと、君を探していた」

 かすれた甘い声がして、頬に触れようと指先が近づいてくる。


 恥ずかしさからピクリと身体を動かして目をつむると、その手はすぐに去っていった。


「すみません、はやりました」


 その言葉にふるふると首を横に振ったけれど、変わらず顔は見られないままだし、バクバクと高鳴る心臓が全然落ち着いてくれない。


 私、しょっぱなからこれで、3ヶ月も持つのかしら。

 心臓が壊れて、死んでしまいそうな気さえするわ。 



 色めいた雰囲気が消えたウィルフレッド様を前にして、緊張しながら両足を揃えて深々と頭を下げる。


「ええと……今日から3ヶ月間、ふつつか者ですがよろしくお願いします」


 混乱のあまり日本式の挨拶がうっかり出てしまうと、ウィルフレッド様は「そんなお辞儀初めて見ました。しかもふつつか者って何者なんです?」と楽しそうに笑う。


「これは、異国の地で使われる古式ゆかしい挨拶でして。ふつつか者の意味は……ええと、その、私も存じ上げなくて、すみません」

 まさか日本という異国に意識が飛ばされたなどと言えるはずもなく、必死に誤魔化すしかできない。



「やはり、クラリスは予測不能で面白くて、愛らしい。なんだかとても楽しい3ヶ月になりそうな気がしますよ」

 笑い過ぎで涙を浮かべながら微笑む彼を見て、ホッとする。


 彼は、おかしな私を受け入れてくれて、冷たい目でわらうのではなく優しい笑みをくれる。

 それが本当に嬉しくて、涙が滲みそうになるほど胸がいっぱいになってしまう。


 きらきらと輝く木漏れ日のような瞳の下、「私も今日からの毎日が楽しみです」と微笑んだのだった。

『嗤われナイチンゲールは木漏れ日の下で微笑む

』いかがでしたでしょうか。

楽しんでいただけているといいなぁと思います。  


今回の作品は長いお話の一部分、恋の芽生えのシーンだけ描いたものになるので、ここから先のお話もいつか機会と気力と時間があったら書けたらいいな、なんて考えています。


その時はまた、お手にとっていただけると幸いです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました!


星影さき




☆追記


誤字報告ありがとうございます!

見直ししても気づけない部分も多いので、とっても助かります!!

開いたままにしておきたい漢字はそのままにしたり、一部文章ごと変えたりさせていただいてたりしていますが、ほぼそのまま適用させていただきました。

ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 行って戻ってきたがとても納得できてよかったです! マスカレードのシーンで、(ぜったいに大尉でしょ……もうこれぜったいにぜったいに大尉でしょ……!!)と期待していたので後編読んでわーーい!!…
[良い点] 行って戻ってきたヒロインのクラリス。だからこそ舞踏会も素直に楽しめる姿が自然でとても良かったです。 そっか元々は少々気の強い高飛車タイプのお嬢様が日本の医療現場を経験して、人として成長し少…
[一言] ずっと気になってブクマだけしていたのですが、ようやく読めました。 期待通り、すっっっごく面白かったです。 (星が足りない★★★★★!) 二人の今後も気になるので、続きもぜひ。 それにしても…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ