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鏡の中で

作者: 八谷響

 動いた。と思った。

 そんなことはあるはずがない。目の前にあるのは、鏡に映った光景。私自身と、すぐ背後の壁が映り込んでいるだけなのだから。

 なのに、私の肩の上にそれは確かに、あった。

 もぞもぞと動き、止まる。腕のほうへ進んだかと思えば、首のほうへ向かう。

 私は、肩の上を強く払った。鏡の中の私も同じ動きをする。なのに、それは消えない。手が何かに触れた感触も、ない。

 ひぃ、と喉の奥から細い声が漏れたのを聞いた。

 それは、胸へと這い降りようとしていた。虫かと思ったが、違う。先端についているつやつやとしたものが何かわかって、今度こそ私は悲鳴を上げた。

 指、だ。

 うぞうぞと顔のように蠢いているのは、爪。

 ウジ虫のように、指は私の胸の上を這い回る。何度も何度も胸を叩いたが、指は消えない。痛みだけが伝わり、いやというほどこれが現実であるという事実を突きつけてくる。

 私は叫んだ。叫び続けた。

 そして両拳を振り上げて、思い切り鏡を殴りつけていた。

 眼前が砕ける。光が弾けて、すぐ消える。

 いつの間にか目を閉じていた。恐る恐る瞼を開く。

 赤一色の光景。両手は、血まみれだった。

 よく見えない。私の手。指――指は。

 なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] うわぁ。気持ち悪い動きをしている指を想像して、めちゃくちゃ怖かったです。
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