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妖界道四十九日過  作者: 早熟最中
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妖界5

 さすがに眠気すら吹っ飛び、無残にも玄関から部屋の仲間で吹っ飛んできた鉄の塊を俺はぼんやりと眺めていた。驚きで心拍数が上がり、心臓の鼓動が妙に耳に響いてくる。そして扉を破壊した張本人が入ってきた。

 思ったよりも若い、高校生くらいの女、飾りっ気のない格好だ。白いシャツに黒のジャケットを羽織り紺色のジーパンと、無造作に伸ばした長髪が無ければ男と勘違いしそうな格好だ。

「君誰?大家さん?それとももしかして彼女とかだったりする?」

 とにかく事情を聴かなければ、いくら異世界でも扉を破壊して女が侵入してくる事態は普通ではないだろう。

 女はこちらをギロっと睨んできた

「…アンタが清太郎?」

 取り付く島もない、しかし清太郎個人に恨みや怒りがあるという風ではない、一体何をしている男なんだこっちの清太郎。

「…そうだけど、俺に何か用?」

 剣呑な雰囲気ではあるが、まだ傷害沙汰に発展するような雰囲気ではなさそうだ。

「私は岩見凪子」

 凪子と名乗った女がこちらを見る、そのまま左手の関節をポキポキ鳴らしている。威嚇だろうか。

「聞きたいことがあって、来た。」

「聞きたいこと…?」

「この辺で起きてる失踪事件の犯人について、心当たりは?」

 なんだか込み入った話になってきた。

「…何の話だかわからないんだが…その事件、俺と関係してるのか?」

「………知らないの?」

 ぞっとするほど冷たい声だ。

「ああ、そもそも何の話かわからない」

 こっちとしても正直に答えるしかない。

 すると突然、凪子が腕を振り上げた。

 気が付けば、首筋に何かの刃が当てられていた。若干強く押し付けられた刃先は首の皮に鋭さと恐怖感を与えてくる。

 先程まで人間の物だった左腕は薙刀の様になっていた。腕と一体化した白い薙刀だ。

「これが最後よ、失踪事件について━」

 彼女が言い切ろうとした瞬間、衝撃音と共に身体が突き飛ばされた。

「なっ?」

 思わず倒れこんだ、背中に柔らかい、紙の詰まったゴミ袋の感触、どうやらまた詰めなおさなければならないようだ。

 目前に視点を合わせると、凪子が小さな人影と格闘している。よくみればつい先ほど椅子に座らせたはずの人形だ。

 人形が、動き回っている。

 ウサギの面をつけた人形は、何処から見つけてきたのか長い棒きれのようなものを、蛙の方の人形は、物騒にも包丁を持ち出している。

 どちらも人間よりはるかに小さいが、果敢にも立ち向かっている。

 凪子の方はしばらく面食らった様子で変形した手を振り回し防戦一方、といった感じだったが。

「…そこっ!」

 凪子が変形していない右手を振るう、今にもとびかかろうとしていた蛙面の人形は哀れにも頭と胴体を分かたれ吹き飛ばされてしまった。

「アンタもよっ!」

 ウサギ面は薙刀で突かれ、こちらも首を切られてしまった。

「いい度胸してるわね…」

 凪子がこちらに向き直る。顔には怒りと苛立ちが浮かんでいる。

「い…いや違うって!人形が勝手に動いたんだよ!」

「もういい、ちょっと寝ててもらうわ」

 左腕がさらに変形した。今度は先端がごつく…ハンマーのような形だ。

「ちょっと待てよ!本当に何の話か分からないんだ!ここにはつい昨日来たばっかりで…!」

 もう返事もない、ハンマーとなった左手が振り上げられる。

 衝撃に怯え腕で頭を庇う、だが一向に痛みは来ない。

 恐る恐る顔をあげてみると、今度は彼女の左腕に白い糸のようなものが絡みついていた。

「今度は何だ…?」

 背後に威圧感を感じる、凪子の手に絡む糸も俺の背中から飛び彼女の手を天井方向に張り付けている。

「………なに…?それ…?」

 恐怖を孕んだ声で、凪子が尋ねる。意を決し背後に振り向いた。

「ヒエエエ!」

 余りの生理的嫌悪に思わず呻いてしまった。

 部屋の半分くらいの大きさの蜘蛛がそこに居た。真っ黒な体に毛むくじゃらで細く長い手足、膨らんだ腹部を持ち上げて、そこからワイヤー程の太さのある蜘蛛糸を出している。

「ギャアアアアアアアアア!!何よソイツ!?なんでそんなの飼ってるのよ!?」

 凪子の方は顔面蒼白になりパニックを起こしている。ドタバタと体を動かしているがまるで左手は動いていない。

 大蜘蛛がさらに糸を吹きかけた。

「ちょっ…!待って…やめ……モガッ!」

 哀れな来訪者はすっかり蜘蛛糸に巻かれてしまった。蜘蛛は器用に手足を使って凪子を巻いていく。

 モンスター系B級映画の様な光景だ。結局凪子はそのまま繭の様に絡め取られ天井に吊り下げられてしまった。

 大蜘蛛がこちらを向いた。

 黒い複眼が全て俺の顔を見ている。何かを判別しているのだろうか。

 俺はというと巨大な捕食者を前にして嫌悪感と恐怖心のあまり身動き一つ取れない、というか取りたくない動きたくない。

 そんな張り詰めた空気が場を支配している時に

「おいセイタ!さっきからドタバタ喧しいぞ!カチコミか?実験失敗か?ちょっとは近所迷惑ってモンをだな…!」

 刑児が部屋にやって来た。そういえば彼は一つ上に住んでいるとか言ってたような。

「おうおうおう」

 部屋の混沌とした有り様を見て刑児が呟く。

「まあ、今日はまだマシな方か」

 これでマシなのか。

「ゴボゴボゴボゴボゴボ!」

 現在進行形で吊るされている凪子さんは釣り上げられた魚のように暴れているが繭はしっかりと固められているようだ。

「刑児さん、ちょっともう状況についていけないですけど…」

「…ん?ああそういえばお前セイタじゃないんだっけか」

 悩ましげに刑児は頭を掻いている。

「あーとにかくそいつ下ろしてやれ、話は朝飯食ってからにしよう」

 ぐるぐる巻きにされた凪子を刑児が指差す。顔が大分青ざめてるけど窒息してないかなこの子?

 先程まで部屋を占領していた大蜘蛛は跡形も無くなっていた。

 人形達の方は…頭のない体を動かしお互いの頭を元の位置に戻そうとしている。

「ああ…」

 自然と口から溜息が出てきた。改めて、自分の身に起こった出来事について俺は頭を悩ませていた。


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