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ホワイトニンフの髪留め 後編

 森を抜ける道を走り、ガタゴトと揺れる辻馬車(つじばしゃ)

 そこで長い茶色の髪を背中に流し、前髪をサイドに()めた少女が1人、機嫌良さげに鼻歌を歌っていた。


 前髪を留めるのは、ホワイトニンフを(かたど)った髪留め。

 花の中央に()め込まれたガラスは、オレンジ色に輝いている。


「嬉しそうだな、お嬢ちゃん」

「えぇ!」


 少女の様子に、前で馬車を操作している御者が話かけると、少女は嬉しそうに頷いた。


「友達にプレゼントを貰ったの! しかもお揃いで!」

「ほぉ、そりゃあ良かったなぁ」


 人の好さが(しわ)として刻まれた顔を(ほころ)ばせ頷く御者に、少女は前髪を留める飾りに指を当てて笑う。


「可愛くてよく構っていたんだけど、もしかしたら鬱陶(うっとう)しがられているかもって心配してたの。でも、今日わざわざ朝早くに見送りにまで来てくれて!」

「仲良しさんだなぁ。そんで、その髪のやつかい?」

「そうなの! 細工も可愛いし、それに不思議と花の香りまでするのよ。オシャレで素敵!」


 高価な物ではないだろうが、丹念に仕上げられた細やかなデザインは、確かに少女の年代には受けが良さそうだと、御者は横目に髪留めを見て思う。

 何より、心から喜んでいるのが分かる少女の姿は、とても微笑ましかった。


「良かったなぁ」

「えぇ!」


 眩しそうに眼を細めた御者が、視線を正面に戻す。

 今日の天気は良好、風は少し強いが、馬の走りに問題を起こすほどではない。


 いつもは数名の客がいるが、この日の客は少女が1人。

 まぁ、そんな日もあるかと御者は呑気に欠伸を小さく1つ。


 行先は隣町エリアラ。隣といっても徒歩だと一日はかかり、馬車で半日はかかる。

 少女の足だと更にかかり、よく辻馬車を利用していた。


 副都セルジオ―ラにある学園に通っている少女は、普段は学園の寮で暮らしている。

 今回は姉の結婚式があるからと、休日を利用して故郷のエリアラへ一時帰宅しているところだ。


 前回、帰郷したのが2か月ほど前。

 長期休暇で実家へ戻った時には、そんな素振りはなかったのにと、結婚する姉を思い少女は笑う。


 相手の男性は少女も知る姉の幼馴染であり、幼馴染が昔から姉のことを女性として好意を持っていたことは気付いていた。相談に乗ったこともある。

 それがついに、姉を射止めることに成功したのだ。少女は心から2人を祝福するつもりだ。


 少ない小遣いを貯め、祝いの(しな)も買った。

 あとはエリアラに帰り、結婚式に参加するだけ。


 そうしたら、姉たちには悪いが、急ぎ学園に帰ろう。

 そして、この髪留めを送ってくれた友人に、改めて感謝の気持ちを伝えよう。


 いつも(うつむ)きがちだった友人の、初めて見たかもしれない正面からの笑みを思いだして、少女も笑みを浮かべた。


 朝の6時頃に出発した馬車は、あと3時間ほどで隣町に到着する予定だ。


「……ん?」


 御者が、ふと、何かを感じ取り疑問の声をあげた。

 少し強めの風に乗って、嗅ぎなれない匂いがした気がしたのだ。


 十何年とこの道の辻馬車を操ってきた御者は、この辺りに自生する植物の匂いなら嗅ぎなれている。

 動物が出るのならもう少し奥の森の中。


 となると、あとは1つ。


 匂いが漂ってきたと感じた方向へ首を回した御者は、視界に映ったモノに絶句した。




 この世界には、ヒト種以外に妖精や精霊、動物といった至高神の創造物と。


 モンスターやデーモンといった破壊神の創造物が存在する。


 至高神の創造物と破壊神の創造物は、互いに争い合うのが(さだ)められていた。


 神たちの代理戦争は、宗教の枠を超え種の存続をかけた戦いとなる。




 御者の視線の先には、森の中から這い出るようにして顔を出した1体のモンスターの姿。

 漆黒の体毛に白目のない黒い瞳。唯一、薄っすらと開かれた口から覗く白い牙だけが際立って見える。


 ブラックハウンドと呼ばれるモンスターだと、御者は思い出す。

 と同時に、この地域にはいないモンスターだったはずだということも。


 1体しか姿は見えないが、それでも力のない初老の御者と年若い少女、そして普通の馬。

 ブラックハウンドに手頃な餌だと認識されるには、十分だった。


 心の中で悲鳴をあげながらも、御者は咄嗟(とっさ)に馬に(むち)を振るった。

 長年連れ添った愛馬は、指示に従い駆ける速度を上げる。


「きゃあっ⁉」


 モンスターの存在に気付いていなかった少女が、突然スピードをあげた馬車の揺れに驚き、座席からずり落ちた。

 打ち付けた腰を抑えながら、何事かと御者に問う。


「いきなりどうしたのっ?」

「モンスターだ! お嬢ちゃん、どっかにしがみ付いておくんだ!」


 これまで見たことがないような御者の必死な顔と声に、少女の表情が強張る。

 慌てて馬車の(ふち)に捕まりつつ、視線を周囲に向けた。


 そして己の視界にもブラックハウンドを()らえ、しかも、それが一直線にこちらへ向けて駆けてくる様子に「ひっ⁉」と悲鳴をあげた。


「お、追いかけて……っ!」

「くっ……! 頼む、頑張ってくれ!」


 もう若くはない相棒に声をかける。

 その願い()に答えるかのように、愛馬は力強い(いなな)きを返した。


 普段の倍以上の速度で進む馬車は、あと1時間も駆け続けられれば隣町エリアラへと辿り着けるだろう。

 そうすれば、町にいるであろう警備隊か、冒険者に任せることができる。


 だが、長時間の全力疾走に慣れていない馬だ。

 老齢も(あわ)せて体力が持たないことは、御者には分かった。


 ここ十数年、この一帯でモンスターを見かけることは稀だ。

 副都の近くということもあり、冒険者の数が豊富で能力の高い者も多い。常に魔物は狩られ続け、不足気味といってもいい。


 それなのに、こうして山道にまで姿を見せた。

 どうしてなのかと頭を悩ませる御者は、1つの話題を思い出す。


 それは王都にて、2日後にとある大型モンスターの討伐作戦が決行される為に、冒険者に広く募集がかけられているという話。


 副都近辺から王都までは馬車で1週間ほど。

 ここ数日、討伐作戦に参加しようと多くの冒険者が移動していたのだ。


 だからこそ、普段は1、2人は客として乗っている冒険者がいないのだということに、ようやく思い至った御者は顔を蒼褪(あおざ)めさせた。

 運良く、町までの道中に冒険者に遭遇できないかと考えていたが、可能性は低そうだ。


 下唇を噛みしめながら、御者は振り返る。

 そこには、恐怖に顔を強張(こわば)らせ身を震わせる少女の姿。


 己はまだいい。もう良い歳であるし、何より、そういった事態も起こり得ると覚悟の上で、この仕事を始めたのだ。

 もちろん死にたくはないが、自分だけなら仕方ないと思える。


 しかし、この少女は違う。

 まだ、長い長い、明るい未来があるのだ。


 何としてでも、どうにか少女だけは助かってほしい。

 そんな願いを込めて、御者は強く手綱を握った。


 ガタガタと揺れ、ギシギシと(きし)む車体。

 必死に馬に鞭うち、速度を上げる御者。

 後方から聞こえる、聞こえてしまうモンスターの唸り声。


 それらを耳に、少女は震える手を伸ばして髪留めに触れた。


 はにかんだ笑みを浮かべた友人の顔が脳裏に浮かぶ。


『えっとね、実はお守りの意味もあるんだ。ホワイトニンフって、精霊(ニンフ)が好きな花でしょ? だから、この髪留めを付けていれば精霊様が見守ってくれる……と良いなって』


 えへへ、と笑う。その時、友人も同じように前髪につけた髪留めに触れていた。

 何となくだが、髪留めを買った時に何かあったのだろうと思う。


 ずっと前髪と眼鏡で隠されていた友人の心が、上向きになったきっかけ。

 これは女の勘だが、男の匂いがする。


 念願の恋バナを、友人とできるかもしれない。

 急いで学園に戻りたい理由には、それも含まれていた。


 お礼も、恋バナも、何もできないまま会えなくなるなんて。

 ようやく結婚する姉と幼馴染を、祝福できないなんて。


 副都で食べたいデザート。

 行ってみたいデートスポット。

 今話題の恋愛をテーマにした観劇。

 着てみたい新作ワンピース。


 まだ、まだやりたい事が、たくさんある。

 こんなところで、死ぬわけには。


「まだ、死にたくないよぉ……っ」


 前髪から髪留めを外し、両手で祈るように握り締めた。


 段々と近付いてくるモンスターの声。

 もう本当に真後ろにいるのか、馬車を引っ搔いたような音も聞こえた。


 振り返って確認するような度胸はない。


 握り締める力を、強めて(こいねが)う。


「お願いします、精霊さん……! 見守ってくれているのなら、助けてください……っ!」


 そんな少女の声が、御者の耳にも届いた時。

 不思議なことが起きた。


 もう体力の限界かと、馬の速度が落ち始めていた。

 それが、まるで何かに後押しされるかのように、また徐々にスピードを上げ始めたのだ。


 何事かと驚きに目を見開いた御者は、視界の端に逆巻くナニカを捉える。


「な、なんだっ⁈」

「えっ?」


 御者の戸惑った声に、少女も顔を上げた。


「コンニチハ!」

「きゃあ⁉」


 目の前に、(てのひら)ほどの大きさの人がいた。

 葉っぱを重ね合わせたような服を(まと)い、フワフワと宙に浮かんでこちらを見つめている。


 緑色の髪と瞳。背中には透明に輝く羽。人形のように整った顔に笑みを浮かべ、相手の反応に首を傾げた。


「ン~? 貴女ガ呼ンダンジャナイノ?」

「よ、呼んだ……? えっと、貴女は……?」

「アタシハ、メメナ。シルフノ妖精ヨ!」

「よう、せい……?」


 初めて目にした妖精の姿に、少女の視線が釘付けになる。

 精巧(せいこう)な作り物のような容姿に、透明な羽は、確かに伝え聞く妖精の特徴に合致(がっち)した。


 しかし、妖精は精霊の中でも力の強い個体だという。実態を保てるだけの力を持ち、下級精霊を使役(しえき)する精霊魔法を操る。

 個体数は少なく、人前には滅多に姿を現さない。


 それも、ひと昔前に、妖精を乱獲し貴族たちが高値が買い、飼っていた歴史があるからだ。

 太古は人と精霊、妖精の距離はもっと近かったそうだが、それも言い伝えでしかない。


 とはいえ、妖精はとても悪戯(いたずら)好きで自由気ままな性格をしている個体が多い。

 己の気に入った人間がいれば姿を現し、その力を貸してくれる。


 自分の身に起きているのはそういうことだと、少女は察した。


「そう! 呼んだわ!」


 力強く頷いた少女に、妖精メメナは嬉しそうに笑う。


「お願い! 力を貸してほしいの!」

「イイヨ! メメナ二任セテ!」


 羽を羽ばたかせ、メメナが馬車の後方へと飛ぶ。

 少女もそれを追って振り返ると、2メートルほどの距離をあけて追うモンスターの姿も見えた。


 意外としぶとい餌に苛立っているのか、鼻先に皺を寄せ空気を震わせる咆哮(ほうこう)を上げる。


 これまでモンスターとここまで接近したことのない少女は、恐怖に顔を引き()らせた。

 対し、メメナは楽し気に指を振る。


「オイタヲスル子ニハ、オ仕置キ!」


 す、とブラックハウンドに向けられた妖精の指から、突如として小さな竜巻が発生した。

 小さな竜巻はそのままブラックハウンドに直撃。


 竜巻に触れた途端、モンスターの黒い毛に裂傷(れっしょう)が走った。

 少女は、ヒュンッという何かが空気を切り裂くような音が、モンスターの悲鳴の合間に聞こえた。


 ブラックハウンドの全身を覆った竜巻は、内部に取り込んだ相手を無惨に切り刻んでいく。

 予想外の攻撃に馬車から離脱しようとするも、竜巻はブラックハウンドに張り付いたように離れない。


 気付けば止まっていた馬車から、唖然と眺める御者と少女、得意げに胸を張る妖精が見つめる中。

 ブラックハウンドは、身体中を切り裂かれ血を流し、ついには地面に倒れ伏した。


「す、すごい……」

「ソウデショ!」


 思わず零れた言葉に、妖精はふふんといった表情を浮かべる。

 モンスターを一方的に倒した人物とは思えない。


 恐らく、あの竜巻が精霊魔法というものなのだろう。


 ようやく脅威が消え、余裕ができた少女の頭に1つの疑問が浮かぶ。

 この妖精は、どうして自分の前に姿を現してくれたのだろうか、と。


「ねぇ、メメナ」

「ナァニ?」

「どうして私を助けてくれたの?」


 メメナは、少女の疑問に頷くと、1つ指をさす。

 その先にあったのは、未だ握り締められたままの少女の両手。

 正確には、その中身。


「貴女カラ、アタシタチノ好キナ香リガシタノ! ソレデ様子ヲ見二来タラ、アタシ好ミノ子ガイルンダモノ! コレハ運命ネ!」


 興奮したように微かに頬を赤らめながら語る妖精に、少女は両手を開き、友人から貰った髪留めを見る。

 ホワイトニンフを象った髪留めは、確かに花の香りがついていた。


 それをお守りといって渡してくれた友人を思い、心の中で感謝の言葉を贈る。


「ネェ、貴女。オ名前ハ?」


 そして目の前に浮かび、首を傾げこちらを眺める命の恩人と。


 その機会を与えてくれた髪留めの製作者に、心から感謝を。


「……私はメレナ。よろしくね、メメナ」

本日の商品『ホワイトニンフの髪留め』

白い大輪の花を咲かせる、ホワイトニンフという花を象った髪留め。暖かな時期に咲き、その香りをニンフが好むことが名前の由来。

花の香りが付与されており、所有者を1度助ける効果がある。

相性が良いと、そのまま精霊・妖精と契約が可能。

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