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ホワイトニンフの髪留め 前編

「くわぁぁ~」


 気の抜けるような大きな欠伸をもらし、カウンターに頬杖をつく青年。

 細身に見える身体つきに、黒髪に黒目、目立ちはしないが整った顔立ちをしている。本来は鋭く見えるだろう眼つきも、今は眠たげに目尻が下がりゆったりとした印象を与えた。


 そんな青年の様子に、室内を飛んでいた妖精の少女が呆れた溜息をつく。


「ちょっとアル~。さすがに気を抜き過ぎじゃない~?」

「だってこんなに天気が良くて、ちょうどいい気温で、だぁれも来ない時間だぞ? 眠たくなるのが人間ってもんさぁ、シル」


 アルと呼ばれた青年アルベリオは、そういってまた一つ欠伸をもらした。シルと呼ばれた妖精シルフィーナも、また溜息をついた。


「まぁね~。今日は一段と暇だよ~」


 アルベリオの(てのひら)ほどしかない身体をカウンターの上に乗せ、シルフィーナが室内を見渡す。

 壁際には棚が、室内中央には大きなテーブルが置かれ、それぞれ隙間もないほどの雑貨で埋め尽くされている。


 女性向けの可愛いデザインが(ほどこ)された装飾品から、男性が好みそうな輝く装備、誰が喜ぶのか分からない謎の骨董品(こっとうひん)、もはや何に使うのかさえ常人には理解できない瓶詰。


 それが大雑把(おおざっぱ)に区画別に並べられており、それでいて散らかっているような印象は受けない不思議な空間があった。


「忙しくしたいわけじゃないけど、こうも暇すぎるというのもね~」

「今日は……樹の日かぁ。平日折り返し、みんな頑張るねぇ」


 カウンターの上にだらしなく身体を預け、2人はボーッと窓の外を眺める。

 暖かそうな日差しが通りを照らし、対面の店先に並ぶ(はち)植えの花を喜ばせていた。


「「くわぁぁ~」」


 2つの口から欠伸がもれた時、チリンチリンと鈴の音が響いた。

 それはドアの上部につけていた鈴で、開けたのは10代半ばほどの眼鏡をかけた少女だった。


 茶色の髪を三つ編みにし右肩に流して、恐る恐るといった様子で顔を覗かせる。


「「いらっしゃいませー」」


 アルベリオたちの間延びした声に、少女は驚きながらもそっと中へ一歩踏み込んだ。

 室内を埋める雑貨を見渡し、少女は女性向けの雑貨が置かれた区画へと進む。


「何を探しているの~?」

「ひゃっ⁉」


 そんな少女の前に、シルフィーナが半透明な妖精の羽を羽ばたかせながら飛んできた。

 少女は、初めて間近に見る妖精の姿に目を丸くして、ポカンと口を開ける。シルフィーナは不思議そうに首を傾げた。


「ん~? どうしたの~?」

「……か」

「か?」

「かわいい……」

「そっか~。可愛いものを探してるんだね~」


 シルフィーナがうんうんと頷く。少女は妖精に対して可愛いと浮かんだのだが、口に出ていたとは思っておらず恥ずかしそうに頬を赤くしていた。

 そんな少女の様子に気付くことなく、シルフィーナはパタパタと羽を動かし、雑貨を上から眺める。


「アクセサリーが欲しいのかな~?」

「あ、はい……その、プ、プレゼントしたい子がいて」

「プレゼントか~、いいね~! 相手はどんな子なの~?」

「えっと、すごく明るくて、優しい子、です。…………私みたいな暗い子とも、仲良くしてくれてて」


 (うつむ)き加減に(こぼ)された言葉に、シルフィーナはまた不思議そうに首を傾げた。


「うん~? どこが暗いの~?」

「……その、いつも下ばっかり向いてて、笑うのも下手だし、しゃべるのも苦手で…………よく相手を、怒らせちゃって」

「ん~?」

「そ、それに、この髪も、なんか、パッとしない色だし……」

「そんなことないよ~」


 シルフィーナが否定の言葉をかけるも、少女は自嘲(じちょう)の笑みを悲し気に浮かべて首を振った。

 その様子にムゥ~と唸ると、シルフィーナは1つの雑貨を手に取る。


 暖かな時期に咲くホワイトニンフと呼ばれる花がデザインされた、可愛らしい髪留めだ。花の中央には緑のガラスが()め込まれている。


 人間にとっては小さな髪留めだが、妖精にとっては身体の半分のサイズ。しかしそれを軽々と持ち上げたシルフィーナは、髪留めを持ったままカウンターへと向かった。


「アル~」

「はいはい」

「君もこっちおいで~」

「え? は、はい……」


 小さな妖精の手招きに、少女は戸惑いを浮かべて近寄る。

 知らない年上の男性であるアルベリオも近くなるので、その歩みは大分腰が引けていたが。


「えぇっと……?」

「ちょっとごめんねぇ」

「ふぇっ⁈」


 そう断りの言葉と共にアルベリオの顔が下がったのを見て、驚いた少女は反射的に眼を(つむ)った。

 視界が真っ暗闇になる中、眼鏡が外されたのが分かる。


 一体何をされるのかと年頃の少女は耳まで真っ赤になった。


 前髪が触られる感覚に、パチッと何かを留める音。


「よし」

「……?」


 アルベリオの声に、少女はソッと(まぶた)を開けた。

 (ひら)けた視界には、満足気なアルベリオとシルフィーナ。そんな2人に首を傾げる少女の前へ、シルフィーナが鏡を持ってきた。


「は~い」

「あ、これ。さっきの」

「この方が可愛いと思うよ~」

「……? あっ⁉」


 鏡の中の少女は、前髪にホワイトニンフの髪留めをつけていた。

 目を開けた時に、視界が開けたと感じたのは、いつもは瞳を(おお)うように垂れている前髪がサイドに流されていたからだった。

 さらに眼鏡を外されたままで、少女の緑の瞳がよく見える。


 いつもあるはずの()がなくなり、少女は慌てて両手で顔を覆った。


「め、めがねっ。ダメです!」

「え~? ない方が可愛いよ~? ね、アル~」

「うん。それに眼鏡(コレ)伊達(だて)みたいだし」

「あ、やっぱり~」

「ダ、ダメなんです! 眼鏡がないと……」

「ないと?」

「……は、恥ずかしくて……」


 顔を覆った少女は、再び耳まで赤くしていた。

 そんな少女に、アルベリオは苦笑して伊達眼鏡を返す。少女は慌てて眼鏡をかけると、ようやく安堵(あんど)を息をついた。


 それでも前髪がないことが気になるのか、アルベリオたちから少し顔を(そむ)けている。

 シルフィーナがカウンターの上に立って笑う。


「やっぱり可愛いよ~」

「うぅ……もうやめてください……」

「さっきよりも、上向いてるね~」

「……え?」


 ニコニコと嬉しそうなシルフィーナの言葉に、少女が驚いて顔を正面に向けた。

 いつもより開けた視界は、高かった。


「前髪が邪魔で、下を向いちゃってたんだろう」

「うんうん、よく似合ってるよ~」


 2人がそういって笑みを浮かべるのを、少女は少しだけ照れた笑みをこぼした。


「それに、ほら、笑顔も可愛いよ~」

「初対面のシルともよく話せていたし、シルも楽しそうだったな」

「うんうん、怒ったりしないよ~」


 それは、先ほどの否定の続きだった。


「お友達の話をしている時も、すごく優しい笑顔になってたんだよ~?」


 フワリと飛び上がったシルフィーナは、少女の頭に乗る。


「この髪も、君の瞳の色と相まって、優しい樹木みたいだって思うな~。その花みたいに、精霊(ニンフ)が好きになる優しい色~」

「優しい、色……」


 右肩に垂らした、三つ編みの髪を見下ろす。

 子供の頃から、パッとしない、どちらかといえば暗い色合いのせいで、まるで土のようだと揶揄われた。


 緑の瞳も、エメラルドに例えられるような明るい輝きではなく、親に残念がられたりもした。


 暗い色、地味な色だと言われたことはあっても、優しい色だと言われたことはなかった。


 思わず瞳に涙が浮かびそうになり、少女は慌てて目元を拭う。

 そしてこれまでで一番の、優しい笑みを浮かべたのだった。


「ありがとうございます……その、この髪留め、いくらでしょう?」

「うーんとね~…………いくらだっけアル~?」

「ホワイトニンフの髪留めは…………3クイルだな」


 自分の店の商品だろうに、値段が曖昧な2人に少女はおかしそうに笑った。


「あ、プレゼントの方はどうするの~?」

「……えっと、この髪留めのガラス、緑以外もありますか?」

「あるよ。赤、ピンク、黄色、オレンジ、緑、水色、青、紫の8色」

「じゃぁ、その、オレンジのものを……」

「お揃いか~。いいね~」


 にっこり笑みを浮かべたシルフィーナに対し、少女は少し不安そうな表情になる。


「その、お揃いって……いいんでしょうか。嫌がられたり……」

「え~?」


 困ったように眉を下げたシルフィーナが、アルベリオを見上げた。

 アルベリオは(あご)に指をあてて考える。


「そうだなぁ……君の知るその子は、友達からお揃いの物をもらって、嫌がるような子なのか?」

「いえ!」


 すぐに出てきた否定の言葉に、少女自身が驚いているようだった。

 その反応に、アルベリオは優しい笑みを浮かべる。


「なら大丈夫だろう。友達の君が言うのだから」

「……はい!」


 それからシルフィーナが持ってきたオレンジ色のガラスが嵌め込まれた髪留めと緑の髪留めの2つ、そしてプレゼント用の小分けの袋を大きな袋に入れる。

 少女がカウンターの上に髪留め2つ分、6クイルを置いた。


 しかし、アルベリオが受け取ったのは半分の3クイルだけ。

 首を傾げる少女に、アルベリオが悪戯(イタズラ)っぽくウインクする。


「今日のお客さん第1号だからな。1つはおまけ、ということで」


 よく見れば整った顔立ちのアルベリオの仕草に、年頃の少女は頬を赤く染めた。


「プレゼント、喜んでくれるといいね~」

「は、はいっ」


 シルフィーナののんびりとした声に我に返った少女は、慌てて返事をした。


 髪留め2つが入った袋を受け取り、少女は入って来た時とは変わって、足取り軽くお店をあとにした。

 嬉しそうに袋を抱えていった少女の姿を見送り、シルフィーナがアルベリオの肩に乗る。


「いくら(もう)けを出そうと思ってないとはいえ、アルは商売っ気がないね~」

「あれが()()じゃないか?」

「え~? そうかな~?」


 首を傾げる妖精に、青年は肩を竦める。


「ま、問題ないさ。それにしても……」

「うん、そうだね~……」




「「くわぁぁ~」」

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