表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

第9話 新従業員と朝

新従業員の受け入れから一夜明け……てない。まだ日が昇っていないので。だが仕事の時間はやってくる。まったく無慈悲なことだ。

 人間の都合に関係なく時間は進むし、日が昇ったら客は来る。うちのパンを目当てに。パンがなければ客は失望して帰ってしまう。まずいパンを出しても失望され、そして二度とこない。


 女性の部屋を暗いうちから訪ねるのは、一般的にどういう意味があるのか。一応理解はしている。だがそんなものは知らん、そんな色っぽい理由じゃあない。仕事だ仕事。


 コンコン、返事はない。コンコン、返事はない。息を吸って、大きな声で。


「おはよう! 仕事の時間だぞお嬢さん!」


 少し待つ。中から慌てて動く音。乙女の部屋に踏み込んでたたき起こす羽目にならなくて、本当に良かった。暴漢と間違えられて殴られたくはないし、心象も悪くなるだろう。

 昨日殴られたばっかりだし。二日も続けて殴られたら神を恨むぞ。殴られて喜ぶ趣味はない。

 少し待つ。部屋の扉が開かれて、眠たそうにまぶたをこすり、あくびをしながら美少女が出てきた。寝巻である。


「おはよう」

「おふぁよおございまふ……本当にはやいんですね。まだ日が昇ってませんよ……」

「昨日言っただろう。日が昇る前に、って。それともまだ眠いか?」

「いいえ。すぐ準備します」


 キリ、と擬音が背景に表示されそうなほど、瞬きの間に表情が切り替わった。なんと素晴らしい職業意識だろう、俺なんて早朝の仕事中は半分寝ながら仕事してるぞ。いや、それはそれでいいか。きちんと仕事はしているわけだし。


 サンドイッチと卵のスープ、そんな軽めの朝食を用意して。食べながら仕事の話をする。


「趣味でやる製パンと、仕事でやる製パンの一番の違いは、作る量だ。趣味なら自分一人分あれば十分だが、仕事では他人、お客様に食わせるために大量に作る必要がある。一人分だけならうまく作れても、六十人分となるとどうだ」

「経験がないのでなんとも……」

「いきなり全部一人でやれ、とは言わんから安心してくれ」

「では、いずれ?」

「……病気で俺が倒れた時とかには、たのむかも」

「あまり考えたくないですね。雇い主が倒れるなんて」


 俺もだよ、と返事をして目玉焼きと野菜(雑草)を挟んだパンをかじる。体調管理も仕事のうちなので、気を付けてはいるが。それでも病気になることはある。幸いにして、これまで大病を患ったことはないが、風邪くらいなら年に一度はかかる。たかが風邪、されど風邪。一度かかるとなかなか治らないし長引くし、咳がひどくて苦しいし。

 うっかりすると肺炎になってそのまま死ぬ。この世界、技術はぼちぼち発展しているが医療はそうでもないようで、風邪の一つでも油断できない。


「ああそうだ。君が病気で倒れたとしても、解雇はしないから安心してくれ」

「はえー。至れり尽くせりですね」

「労働者は大事にする方針なんで」


 生かさず殺さず、業務時間中はしっかりコキ使うつもりだが、無理をして死なれては貴重な労働力がパーなのでそこらへんは配慮する。時間と労力を割いて教育を行った従業員が、独立・引き抜き・転職で居なくなるならともかく、過労死ではあきらめがつかない。

 大体オスカーさんから借りてきた労働力なのだから、人から借りたものを壊すなんて最低な真似はできない。


「よい心がけかと」


 胸に秘めた熱い思いを、今の一言でどれだけ理解してもらえたかはわからない。今の返事からして、少しは理解してもらえた、と期待してもいいだろうか。

うむ。と相槌を打って、最後の一口を口に放り込んで、よく噛んで飲み込む。さあ仕事だ仕事、と元気よく立ち上がる。今日はどれくらいお客さんが来るだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ