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第三話 営業妨害に天罰を

 二週間営業を続けていてわかったことがある。

 お客様はみんな案外賢い。理解できないだろうと思って実行したオマケプレゼント企画だが、想定していたよりも多くの客が来てくれるようになったのだ。人間、やはり自分が得をすることには敏感に反応するらしい。

 依然として売り上げは厳しいが、回復の兆しが、希望が見えてきた。


 もう一つ。これは以前から思っていたことだ。難癖付けて騒ぎ立てるバカは客じゃない。パンの中に石が入ってて歯が欠けたとか、炭みたいな黒焦げのクソマズイもん売りつけやがってとか、そんなクレームをつけてくる客が二日に一度くらいのペースで来る。

 もちろんあり得ないクレームである。断固として抗議する。パンの製造に使う粉は前日の夜にふるいにかけてゴミや石を取り除いてあるし、黒焦げの明らかに品質基準を下回るパンを商品として売るわけがないだろう。それにここの所パンを焦がした覚えもない。

 不審に思い、返済計画を練りつつ頭の隅で彼らの顔を記憶のページを捲って探してみたが、合致する顔はない。これでも客商売、一度見た客の顔は忘れないから間違いない。

 つまり、単純な営業妨害である……許される行為ではない。しかし、不思議なのは父と経営していたころはあんな客は来なかったということ。品質も接客態度も改善しているのにそんなアホが来るのは奇妙な話だ。いや、パン屋の二代目だから舐められてるのかもしれんが。



……もしや、誰かがこの店をつぶそうとしている? と寝不足でネジの緩んだ頭は一気に雑で過激で突飛な仮説を打ち出した。父の失踪直後にやたらと正確なウワサが流れたことも考えると、まったく的外れとも言い難い? いやただの偶然か? どうなんだろう。

 次に来たら奥の部屋に引きずり込んで吐かせよう。バックに誰か居ればそこへ当たるし、いなければ死ぬ一歩手前の痛い目を見せて反省してもらう。それでお友達にもよく言っておけよと脅せば二度と来なくなる。素晴らしいアイデアだ、採用。



 ということで翌日。今日も朝早くからお客様がやってきてくれました。寝癖が素敵ですね。明るい色の髪の毛がボサボサに丸まって鳥の巣みたい。眉間に寄ったシワもとても力強くてカッコイイ。穴が空いてて裾が擦り切れたボロボロの服と頑張って威圧感出してるっぽい大股の歩き方もカッコイイですよお客さん。何週間風呂に入ってないんだって臭いも印象に残っていいですね。

 一番安いパンを求めてやってくる貧乏客も少なくないが。ここまで強烈なのはなかなか居ない。


「いらっしゃい、いい朝ですね」

「おい兄ちゃんよお。昨日ここで買ったパンにゴミが入ってて歯が欠けちまったんだが、どうしてくれんだ?」


 朝一番からこれか、と思いつつ、同時に混んでる時間でなくてよかった、とも思う。こんな客は昨日は来ていない。ここまで強烈な印象に残る人間が来たら、絶対に忘れないとも。


「お前さん昨日は来てねえだろ。客じゃねえなら帰ってくれ。こっちは忙しいんだよ」


 俺は優しいので一回は警告してあげる。素直に帰るならヨシ。帰らないなら……


「舐めやがって!」

「そりゃあこっちのセリフだよ!」


 挑発すると、叫びながら勢いよくカウンターの内側、作業用スペースの側に入ってきた。作業スペースはお客様立ち入り禁止エリア。清潔にして神聖なる禁域。そこに手も洗わず土で汚れた不潔な服装で侵入した時点で客ではないということ。ただの不法侵入者である。生かすも殺すもご自由にしてくださいと、自ら身を差し出したのである。

 ということで。片手にぶら下げていた麺棒で頭を横からぶん殴る。ゴッ、と確かな手ごたえが伝わってきて、男は床に倒れる。ハンマーを使わないのは頭を砕いたら口がきけなくなるからだ、優しい。


「こっちはな! 生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ! 邪魔! すんじゃ! ねえ!!」


 衝撃と激痛で床に倒れた男に追い打ちをかけるよう、腹に五回ほど蹴りをぶちこんで、顔を何度も踏みつける。手を使わないのは大事な商売道具を傷つけたくないから。


 もちろんこんなことしたくはないし、普段なら絶対にしない。だが今は閉店するかどうかの瀬戸際であり、つまり人生の一大事。そんなときに営業妨害するなんて、そりゃあこんなことをされても文句は言えないし言わせない。ぶっ殺されても仕方ないところをこの程度で許してもらえるのだからむしろありがたく思え。

 ……こんなことして通報されないかって? 警察機構というか、自警団的な存在はいるが、このくらいの騒ぎじゃ動かない。けが人が複数出るか、死人が出たら動くけど。

だから頭のおかしいクレーマーが営業妨害しても誰も何もしてくれない。だから自分の店は自分で守る。自己防衛、他人なんてアテにしちゃダメ。


 念入りに痛めつけるのは、中途半端に済ませて逆襲されるのが怖いから。手を折られでもしたら廃業まっしぐらだし。

 苦痛を最小限に意識を奪う技術なんてパン屋が持っているわけもないし。確実に意識を奪えないから、死なない程度に最大限に苦痛を与えて抵抗する力を精神的、肉体的に奪う必要があるのだ。

 以上のことを免罪符にしてストレスを発散していました。

 で、いつもなら「二度と来るんじゃねえ」で済ますところ、今日は手足を縄で縛って猿轡もかませて倉庫に放り込んだ。途中抵抗されたので追加で十回くらい蹴ってやったらおとなしくなった。あとのオハナシは夜にする。日の出ている内からアホにかかわっている暇はない。マジメに商売をしなければ借金が返せない=人生終了だからな。


 ということで店を開ける。普通のお客様には礼儀正しく、笑顔で接するべし。その日の客入りは前日よりもわずかながらに増えており、売れ残るパンも減っていた。小さな進歩だが、確実に回復している。素晴らしいことだと喜びを感じる。


 商いに小さな満足感を抱きつつ店を閉めて、掃除を終え、食事と洗濯などの家事も終えれば、日が落ちてあたりは暗くなる時間だ。さあ今日も返済計画を考えよう、としたところで、倉庫にアホを閉じ込めていたことを思い出した。

 気分は乗らないが、いつまでも放置しておくわけにもいかないので、らんたん、水の入ったバケツ、柄杓、雑巾の至って普通の掃除道具を手に倉庫へと足を運ぶ。

らんたんを吊るして真っ暗な倉庫の中を照らすと、目に涙を浮かべて芋虫のように這いつくばる男がいた。

 怒っているのかと思っていたが、予想が外れた。縛られて真っ暗な倉庫で一日放置されていれば泣きたくもなるか。

だが、その顔もすぐに怒りに変わる。こんなひどい状況に放り込んだ現況を恨む気力は残っているらしい。ではそのまま雇い主についてしゃべってもらおうか、と猿轡として噛ませていたロープを解く。


「お前! お前なあ! ブッコロス! 殺してやる!!」

「近所迷惑だろ。静かにしやがれ」

「お゛ゥ゛」


 腹に一発蹴りを入れると静かになった。うんうん、やはり暴力はいい。暴力はすべてを解決する……わけではないが、物事を単純にしてくれる。即ち強者と弱者だ。


「よし静かにしたな。じゃあ、誰に雇われた、それとも頼まれたか。教えてもらおうか」

「ぶっ殺してやる……」

「話したくないのか。じゃあ話したくなるようにしてやる」


 仰向けにひっくり返して、用意するのは布袋とバケツの水。

 頭に袋をかぶせようとすると、何をされるかわからない恐怖から大いに暴れた。手足を縛られていればもがく以外に何もできないが、それだけに全力で。しかしそれだけだ。袋をかぶせるには少し苦労したが、被せさえすればあとは簡単。


「一日放置されてのども乾いただろ。飲めよ」


尋問の道具は、布とお水だけだ。とてもシンプルで、リーズナブル。


「ヴォボッ! あがかぁっ、あば!!」


 桶から水をすくい、頭からぶっかけると、濡れた布が顔に張り付き息を吸えなくなる。顔を左右に振って暴れるが、頭にかぶせられた袋は簡単に抜けない。息が吸えないのに暴れれば無駄に酸素を消耗し、さらに酸素を求めて呼吸は激しくなる悪循環。もがけばもがくほど苦しむのだ。


「――! ――――!!!」

「どうだ。うまいか。おかわりもあるぞ」


左右に激しく暴れる頭を狙って、ひしゃくで水をぱしゃぱしゃかけていく。やりすぎると死ぬので、目安は一分ほど。そのくらいするとちょっとおとなしくなってくるので、ずぼっと袋を引っこ抜く。


「バァーッ、ハアーッ、ゲホエホ、ヴォエッ」

「喋る気になってくれたかな」

「ッ」


 目には恐れの色が見える。だが呼吸が落ち着いたら生意気にもにらみつけてきたので、ちゃぷちゃぷと桶に入った水を鳴らす。

 パン屋にぶちのめされて屈服させられるのはプライドが許さない? パン屋なめんなコラ。


「さっさと吐けよ。お前みたいなカスに割く時間なんて一秒でもあっちゃならないんだよ。時間を返せカス。商品開発させろカス。オラ第二ラウンドいくぞ!」

「うごごごがあぁぁぼぼぼあ」


 もう一回袋をかぶせて水をぶっかけて追加ワンセット。そして1分後。


「許ひてくれ……許ひてくらひゃい。ひにたくない……」


 顔を青白くして、カタカタ震えながら許しを請うようになりました。やったぜ。


「雇い主は誰だ。答えろ」

「フランジア・ティルト……ほかのパン屋の店主だよ」

「ティルト? 金貸しの家族か?」


 金を貸してくれているのはティルト家だが、あのオッサンはそんな名前ではなかったはず。女っぽい名前だし、娘とかそこらへんか? 借金の返済プランの提出に一か月の期間を設けたからには、わざわざ妨害する意味が分からないし、何か恨みを買った覚えもない。


「お、俺は……あんたの店を潰せって金を渡されただけだ……あとは何も知らないからな!」

「ああ。それだけ聞けたら十分だ。帰っていいぞ、二度と来るな。お友達にもよろしくな」

「わかった、わかった……!」


 縄をほどいてやると、ひぃひぃ言いながら店から逃げ出していった。さて、こいつは

一体どういうことだろう。考えようかと思ったが、直接聞きに行ったほうが早いし確実だろう。幸い明日は定休日、経過報告のついでに確認といこう。今日はもう寝る。なれないことをして疲れた。

 と、売れ残ったパンを食べながら思った。


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