第14話
たいへんお久しぶりでございます。色々と事情がありましてしばらく筆を置いておりましたが、久々の更新となります。
なお、これまでの話を少しずつ改訂し、前2話は改定前とは話の筋が別物になっております。お手数ですが、読み直していただければ幸いです。
父親の失踪から数ヶ月。客足はゆっくりと戻り、フランお嬢様の店にパンを卸しているため売上は好調に伸びている。借金も利息がないから、このまま順当に行けば数年で返せるはず。優秀な従業員は飲み込みが早く教え甲斐がある。組合費もきちんと収められ、日々の食卓には雑草でなくきちんとした野菜が並ぶ。
パン屋の未来には希望があふれている……かといえば、そうではない。
「私は絶対に認めませんわよ」
「俺だって犯罪者を嫁になんてしたくねえよ」
先日オスカーさんに放火の自白供述書を買い取られて証拠は消えたが、この根腐れお嬢様のやらかしが消えるわけではないし、許すわけでもない。さすがに二回目はないと思うが、それでもツラを見るたびに思い出す。
『週に一度顔を合わせて話をして、親睦を深めるように』とオスカーさんから言われて、今日がその日なのだが。お互い嫌い合っているのに親睦も何もあったもんじゃない。
「お父様にもそう言ってくださる?」
「債権者のお貴族様にそんなこと言ったら首が飛ぶわアホ。お前が説得しろよ」
「あなたの首が飛べばこの話もなくなって、私が得をするのですけど」
「得するのはお前だけだろうが」
放火未遂と性格がクソなことと脳みそ空っぽなことに目を瞑れば、オスカーさんとの太いパイプが手に入り、そこから販路が広がる。珍しい材料、高級な材料を使った新商品を少しだけ売り出して、客の飽きを防ぐこともできるようになる。そのレシピを知的財産として安値で広めれば小遣い稼ぎくらいにはなるだろう。
目を瞑るには放火未遂がでかすぎる。一歩間違えれば店ごと焼け死んでいたと思うと……
「つーか、人の店に放火してんのにどうしてそんなにデカイ態度が取れる」
「別に庶民の命一つや二つ、どうでもいいでしょう」
「いいわけあるか。ぶっ殺すぞ」
世紀末かよ。救世主伝説が始まるぞ。
「貴族に対してなんて口の利き方なのかしら。本当なら縛り首にして晒上げるところよ」
「縛り首にされるのはお前の方だろ」
「あら。私が何かしたかしら? あの紙はもうこの世に存在しないのに」
「さては反省してねえなてめー」
「反省も何も、わたくし何もしておりませんが?」
「はぁー?」
めんどくせえ。殴っていいなら殴りてえ。面の皮が厚すぎてこっちの手を痛めるかもしれん。アホすぎて無敵かよ。少しでも罪の意識があればと思ったけど微塵もなければ和解・親睦なんて無理。こんなのを嫁にとかひどい罰ゲームだ。
「オスカーさんの娘とは思えんな」
「ひどい侮辱ですわね」
「自分とこの領民に対して言うことか? どういう教育を受けたらそんなアホ丸出しなことが言える」
多少なりとも教育を受けていれば。親のやることを見ていればそんなことは口が裂けても言えんだろうに。経営者の娘がこれじゃ会社の未来は真っ暗だ。姉妹が居るらしいから、そちらはマシなのかもしれないが。
「俺は債務者だが、いずれそれ以上の利益を産むんだぞ。俺が死んだら取り返しの付かない損失になる」
「知りませんわ」
「知るつもりは?」
「はぁ? なんで私がそんなことを知る必要があるのかしら」
「お前死んだほうがいいよ」
ついつい暴言が口から飛び出したが、心の底から思ったことであり、善意からの発言である。聞いた側もこれほどストレートな暴言はさすがに堪えたようで、丸い目をパチクリさせて放心している。
なるほど厄介払いしたいのもわかる。このバカを生贄にすることで優秀な人材を一人確保できると考えれば。嫁に出して家庭に封じ込められて一石二鳥。馬鹿な子ほど可愛いと言っても限度があるか。
「ななな、なんですってぇ!?」
「死ねは言い過ぎた。口を開かず、誰にも関わらず、家から一歩も出ないで閉じこもってるのがいいよ。それが皆にとって一番いいからさ」
ボロクソに言ってるが。俺ならこれくらい言っても許される。だって被害者だし。
こいつを女として見るのは無理だよ。人として見るのも難しい。幼女なら……幼女でも許されんか。この歳でこれはないよ。これじゃ見た目だけきれいに整えたゴブリンだよ。
いっそのこと人間ではない、ゴブリンだと思えば、少しは理解できるか。人語を話して、人間と同じ見た目の、人類とは異なる価値観で動くゴブリンなのだ。そう思おう。いくら言葉を尽くしてもモンスターとは分かり合えない。
「……まあなんだ。こうして言い争うのも時間の無駄だし、生産性のある話をしよう」
「撤回してくださる!?」
「まあ現状確認といこう。オスカーさんの説得は俺もお前も無理で、結婚させられることは決まっている。事実ではないが、俺たちが恋人同士という話も広がっている。実際は互いに嫌い合っていて、結婚なんてしたくない」
「あなたのせいで将来素敵な殿方と縁ができても結婚は叶いません。一生かかっても払いきれない賠償金を請求したいわね」
「人のせいにすんなよ。一から百まで自分のせいだろ。あとその性格じゃ俺が居なかったとしても結婚は無理だ」
「ぶっ殺しますわよ」
「血にしか価値のないお前と、血以外の価値で高く買われた俺と、どっちが死ぬのが世の中の損失になるかそのスカスカの頭で計算してみろ。立場が逆なら、俺は恥ずかしくて生きてられんよ」
「…………!」
こちらが一つ言葉を発する度に、端正な顔がどんどん怒りに歪んでいく。まだまだ罵り足りないが、あまり怒らせても話し合いにならないので、このくらいにしておこう。ついに立ち上がって、手を大きく振りかぶって、ビンタしようとしてきたし。
振り抜かれる手首を掴み、肩を押して座らせる。
「まあ落ち着け。話を続けよう。説得はできないから結婚はする「絶対嫌」俺も嫌だよ。だから話を聞け……結婚はするとして、そのあとは別居で、私生活では一切関わり無しで行こう。形式上は夫婦でも他人として過ごせばいい。商売も必要なときだけ話をする、それ以外は関わらない。式のときだけ我慢する。それでどうだ?」
「……結婚したら子供を作る義務があるじゃない」
俺に抱かれるのは嫌だろうが、俺もこいつを抱くのは心底嫌だ。と言えばまたキレて話が途切れるだろうから。
「俺が種無しってことにすればいい。夫婦の生活もなし。必要なら養子を取るか適当にお前の納得する相手に抱かれて産めばいい。俺は何も言わん」
冷酷な話だが、この世界は子を産めない女に価値はないとされている。よほど能力・実績があればその限りではないかもしれないが、こいつはその例外に入ることはない。男はまあ、種なしでも仕事ができれば社会的地位は確保されている。なので、そこは配慮してやる。配慮する必要あるか? しないと話が進まない。
「私のどこが不満なのよ!」
「性格」
言うが早いか二度目のビンタ不発。お互い嫌いあってるのに、抱きたくないと言ったら怒られるのは納得いかない。そこは喜ぶところでは? やはりこいつの考えはわからん。人間、理解できないものは嫌悪するようにできているので、その例に漏れず俺はこいつが嫌いだ。せっかく配慮してやったのになんだそれは。
「まあまあ落ち着けって。そっちも不満があるなら言えばいい。今はそのための時間だろう」
「その無礼な態度が気に入りませんわ。私の顔を見られるだけでも栄誉なことなのに、その態度は何? 言葉を交わすのにどうして跪かないのかしら」
……言いたいことも言って多少はスッキリしたし、このまま言いたい放題じゃ進む話も進まないだろう。もうちょっと譲歩してやるか。立場はこっちが上なんだし。
「お望みならば改めましょう」
「気持ち悪いわね」
「ほんとめんどくせえなお前」
だめだ。話が続かない。こんな頭ゴブリンとどうやって付き合っていけばいいんだ。ゴブリンなら頭カチ割ってぶっ殺せば済むのに、人間だからそうするわけにもいかない。なんで人間やってんだよ、ゴブリンならゴブリンと仲良くやってろよ。人間の世界に入って来ずに、山奥でひっそり仲良く暮らしていろ。
いっそ縛って山奥に捨ててこようか。ゴブリン同士で仲良くやってくれるだろう。
「ともかく! 今はお互いに我慢するときだ。少し我慢すればお互い関わらないでもよくなる。わかるだろう? わかれよ」
わからないならわからせる。手首を掴む手にぐっと力をこめる。ろくに運動もしていないお嬢様の細腕など、本気になれば握りつぶせる。顔を殴るのは勘弁してやろう。
「痛い!」
「俺だって女を痛めつけるなんてことはしたくない。だが、お前が腹を立てて、俺を殴ろうとするみたいに。俺だってムカついたら殴りたくなる。殴られるのはもっと痛いぞ、嫌だろう? 嫌なら立場をわきまえろ。お前は下だ。跪いて許しを請う側だと自覚しろ。わかったな?」
「わ、わかったから……」
「わかりました、だろう」
ゆっくりと力を強めて、手首を締め上げていく。こちらはまだまだ力に余裕があるが、お嬢様の方は痛みに余裕は全く無さそう。暴力は手っ取り早くて便利だが、文明人としては女に手を挙げるのは避けたいものだ……こいつは頭ゴブリンだからいいか。
「っわかりました!」
「よし」
手を放す。
「さてそれじゃあ、立場を明らかにした上で。俺が譲歩してばかりなのはおかしいよな?」
「……」
「おかしいよな?」
「はい……」
恨めし気にこちらを睨み、手首をさする。痣になったらどうしてくれるのよ、とか考えていそうだ。全部自分の招いた結果だというのに。しかし口だけでも従順になってくれたのは大きな一歩だ。これで多少は話ができる。
しかしこれでは、親睦を深めるというより。獣の調教の方が近いかもしれない。まあいいか、畜生同然のカスみたいな性格だし。
そんなこんなで、結婚式に向けての話し合いも多少行うことができた。ほぼこちらが提案した通りの条件だったが。相手がそれでいいと言ったのだから、それでいいだろう。あとはそういった話をしました、とオスカーさんに伝えるだけだ。