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第12話

 人間、忙しいときこそ休息をしっかりと取らなければならない。休みすぎるのは当然論外だが、適度にだ。ぶっ続けで働き続けていれば疲労で効率が落ちてしまう。そういうわけで、掃除などの雑事は他人、ルストリカに任せて、手作りの堅いイスに座ってのんびり……とはいかないんだなぁこれが。

 前言をすべて投げ捨てるようなことを言うが、俺に休んでいる暇はない。自分の店の経営に加えて、フランお嬢様の店の分もパンを作らねばならないが、そいつはなんと製造計画からだ。書類を持ち帰らせてくれればもう少し手間が省けるのに、と文句を言いながら頭を動かし続けている。肉体労働の間は頭を休め、頭脳労働の際は肉体を休めるといった感じ。どちらにしても手は動き続けているので腱鞘炎が心配だ。イスが堅いからケツも痛いし……ああもう。集中力が切れてきたし、腹も減った。メシにするか。と、椅子を立つ。


 ゴンゴンゴン。力強い、荒っぽいともとれるようなノック音が、正面入り口から聞こえてきた。出るかどうか迷って放棄を持ったまま右往左往するルストリカを手で合図して、自分が出ると伝えて。速足で向かう。


「へいへい。どちらさまっと」


扉を開くと、見覚えのある紳士が立っていた。うん、まあ、見覚えがある。今はあまり見たくないタイプの人間だ。

 穏やかなほほえみを浮かべているが、閉店時間を過ぎてからやってくるような人間だ。


「こんばんは。カニス・ブラウンさん。お久しぶりですね」

「はい。そうですが何か? どちら様で?」


 覚えてるけどさあ。今はあんまり見たくないし、できれば記憶に蓋をしてそのまま忘れてしまいたいタイプの人間なんだなあ。借金取りではないが、似たようなもの……


「わたくし、この町の製パン組合の副会長をしております。アーサー・オーカスと申します」

「……ご用件は」


 まさかわざわざ挨拶だけしに来たわけではあるまい。


「ええ。組合費のことでお話が」

「おかえりください」


 扉を閉め……られない! 足を挟み込んで邪魔しやがったこいつ! 高そうな靴なのに迷いなく突っ込んできやがった!


「まあまあ、話だけでも結構ですので」

「帰ってください。私は忙しいので」

「頼みますよ! こっちも仕事なんですから!」


 足ごと閉じようとするが、手を差し込んでこじ開けようとする。こいつ力が強い。


「うちに金はないんだよ! あんただって知ってるだろ畜生!」

「ええ! お父様が失踪されて大変苦労されてるんですよね!」


 ギギギ、ミシミシと扉が悲鳴を上げる。多少乱暴にしても壊れない程度の頑丈さはあるが、二人の男が全力で引き合い続ければどうなるだろう、耐えられるだろうか……

 詐欺師は口がうまい、相手をしたら負けだ。絶対に家に上げてはならない。だがこのままでは扉がぶっ壊れてしまう。このまま続ければドアが破壊されて、最終的にそのまま乗り込んでくるだろう……余計な金を使うことになった上に乗りこまれるなら……クソ。手を放して、自分から外に出る。


「話を聞くだけだぞ」

「ええ。どうもありがとうございます。では……どこからお話しましょうか。お父様が失踪なさったんですよね。大変でしたね、お疲れ様です」

「それも大量の借金を残して。組合とやらが援助してくれるなら大変助かりますが」


 このタイミングで来るならまず違う。どうせ組合費の集金だろ。


「残念ながらそうではありません。大変申し訳ないのですが、集金です」

「困っているときに何の援助もなしで、金だけは毟ろうって? ずいぶん横暴じゃないか」

「組合費は材料の販路の維持料などに使われています。直接の恩恵がないだけで、見えないところであなたの役に立っているんですよ」

「まあ知ってるけども」


 前世の労働組合だってそういうものだ。目に見えて大きな成果はないが、居なければ困る。粉屋が不当に値段を吊り上げたり、特定の店が標準を大きく下回る額で品を売って客を独占しようとするのを防いだり。金だけとって偉そうにするくせに仕事しないだのなんだの言われる、そういう仕事だ。


「ご理解いただけて助かります……いやほんと苦労してるんですよ」

「苦労しているのはわかります。でもこっちも本当に金がないんですよ。挨拶を忘れてたのは謝りますから、また来てください」

「でも一年以上組合費を頂いていないので、正直そろそろ支払ってもらわないと営業許可が……」


 飲食店の無許可での営業はご法度だ。国から滅ッされちゃう。


「一年…………あのクソ親父ィ」

「お気持ちはわかりますよ。ええ、本当に……ですが規則なので。もし一括返済が難しければ、分割で少しずつでも結構ですので……少しでもお支払いいただければ。事情も事情ですし、今なら追徴金は請求しませんから」


 失踪する前から払ってなかったのかよ畜生、と蒸発した父への怒りを燃やしていると、目の前の紳士が汗を拭きながら同情してくれた。追徴金も取らないなんて優しい、だが支払いは待ってくれない。まったくもって、世の中クソだな。父親の借金に、自分の店の経営、わがままお嬢様のお店の世話、その次は組合を名乗る借金取り。雑草みたいに問題を次々はやしやがって。神様は俺にどれだけ荷物を背負わせたら気が済むんだか。休みをよこせクソがよ。


「……わかりました。一括で返済させていただきます」

「それはこちらとしても助かりますが……これ以上借金を増やしても大丈夫なのですか?」

「正直なところ申し上げると、大丈夫とは言い難いです。でも払う必要があるのなら。借金が少し増えるだけですから……金額はいくらでしたっけ」

「これくらいです」


 提示された金額は……少なくはない。しかしまあ、父親が借りた金額に比べればかわいいものだ。このくらいなら、オスカーさんに頭を下げれば、娘のやらかしもある。貸してもらえるだろう。

 貸さなければ店がなくなり、回収できるはずだった金も消えてなくなるのだから。


「一週間後またお越しください。それまでには用意しておきます」

「えーと。ご主人様。夕食はどうされますか?」

「オスカーさんの所へ行く。一人で……残るのは危ないか。貴重品だけ持って、ついてこい」

「あ、はい。わかりました」


 アポなし訪問二度目だが。俺とオスカーさんは幸いにも良き友人関係にある。多少の非礼は大目に見てもらいたい。さて、行こう。


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