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第11話

 近況報告。ルストリカと二人で商売繁盛、客足も以前と同じ程度まで戻ってきて、毎日が忙しい。おかげで借金返済計画も順調に進行中。順風満帆とはこのことである、と日々満足のいく疲労を抱えながらパンを焼く。

 一方、世話を見ろと言われたフランお嬢様の店はというと。話を聞く限り順調に客足が遠のき、ついに一時休業となったそうな。ざまあみろ、である。人の不幸を笑うのはエレガントではないが、奴がしたことを思えば傷口に唐辛子を塗り付けても許される。

 ということで塗りに来た。「休業中」の看板を無視して店の中へ。オスカー氏の言が正しければこの中にいるはずだが、中は薄暗く、物音ひとつしない。休業中なので当然パンのかぐわしい香りはしないし、先日は居たかわいらしい店員も見当たらない。クビにされたのなら看板娘に雇いたい。今の営業状態だと厳しいけど。

 さて。ともかく用事があるのは店主だ。背にしたドアをゴンゴン、と叩いて店主を呼び出す。暗い店の奥から、これまた暗い顔をした店主が重い足取りで現れた。


「休業中の看板が見えなかったの? それとも文字も読めないワケ?」

「学のない平民だもんで。ところで景気はいかがです? ちなみにうちの店は大繁盛です」

「見た通りよ」


 重く、湿ったため息に乗せたひと言。虚勢の一つでも出てくるかと思ったんだけど、残念ながら面白みに欠ける。よほど追い詰められているらしい。ざまあみろ、と言いに来たのだが、そいつはやめだ。この様子ならそれよりももっと効果的な嫌がらせの言葉がある。


「助けが必要なら言ってくれ。同業の縁もあるし、オスカーさんに頼まれたこともある」


 見下していた相手に同情され、手を差し伸べられる屈辱はいかほどだろう。貴族が平民に同情される日が来るなんて! とか、助けを乞うなんて! とか、腸を煮え繰り返してくれると私は嬉しい。

 もちろん口にしたからには、助けを求められれば可能な限り応じるつもりだ。何せ俺は心が広い。どこかの顔と身分以外にいいところのない短気で狭量で愚かな小娘と違って。

 発言は狙い通りに彼女のプライドを深く傷つけたようで、こぶしを握り締め、歯をギシギシ鳴らしてしばしうつむいた。

 貴族の頭は軽々下げていいものではない、こと平民が相手と会っては、冠詞が「絶対」に変化する。そこを曲げさせることができれば、いったいどれほどの屈辱を与えることができるだろう。曲げなければ、一人でもがき苦しんでいるところを気が済むまで眺めて悦に浸れる。どちらにしても美味しい展開なので、好きなほうを選んでくれて構わない。


「アンタのいう通り職人をクビにしたら、誰もパンを焼く人がいなくなったのよ。アンタのせいよ! 責任取りなさいよ!」

「普通次を雇ってからクビにするだろ」


 馬鹿だ、馬鹿が居る。心臓が悪いから摘出したら脈が止まったんですけど、みたいな当たり前のことを言う馬鹿が居るなんて! しかも切ったのは自分自身。あんまりにもアホなこと言うもんだから、ユーモアにかけるマジレスしか出てこなかった。よろしくない。高慢な女を煽りまくるためにここに来たというのに。

 まあそれはともかく。責任を取れというのなら、いいだろう。取ってやろうじゃないか。


「で、責任だったか。取れと言うなら喜んで。全部俺に任せてくれればいい。万事うまくやってみせよう。だから、さあ、店の権利書を渡してくれ」

「いやよ。ここは私の店よ。どうして他人にくれてやらないといけないの」


 いくら馬鹿でもそこまで馬鹿じゃないか。失礼なことを言った。 


「ふーん……ところで休業の看板が営業中に変わるのはいつ頃だ? それとも閉店か」

「……未定よ」

「だよなあ」


 こいつの性格からして、新しい職人が入ってくるとは思わないし。クビにしろと言って本当に、しかも後釜も用意せずクビにする、そんな馬鹿に雇われたいと思う職人がどこにいる? 少なくとも俺は雇われたくない。


「パン屋なのにパンを焼く人間がいないせいで、商品が出せないのは困るよなあ。だからここで提案だ。ないなら持ってくればいい」

「どこから」

「目の前に自前の店を持った腕のいい職人が居るだろう」


 少なくとも、この店で出していたものよりは美味いパンを作っている。もちろん製造量は増える。いつもの倍くらいか。繁忙期くらいがんばれば、自分の店の分プラスもう一店舗分、何とか用意できるだろう。やってみせる。

 そうなれば、俺の店はますます繁盛。こいつは営業再開できて、ついでにオスカーさんからの依頼も達成できる。一石二鳥、いや三鳥だな。やったね。根本的な解決にはならないけど、そこまで世話を焼く義務はない。


「頭を下げて頼めというの?」

「その通り。発想が出てくるだけ成長したか?」

「馬鹿にして!」

「実際馬鹿だろ」


 普通、いくら事実であっても貴族相手にこんなことを言おうものなら無礼討ちされたうえで一族郎党さらし首にされるところだが、そうはならない。こいつの心臓を握っているのは俺だし、何を言っても許される。もしブチ切れてそうなるようなら道ずれにする用意はできている。


 しかし。放火未遂さえなければ、同業者として敬意をもって接したのになぁ。美人だし、一層丁寧に対応したに違いないが……過ぎたことを言っても仕方がない。大切なのは今と未来だ。


「ぐぬぬ……」

「で、どうする。頼まれれば断らないぞ」

「…………わかりました。職人が見つかるまで、あなたの店の品を、私の店に置かせてあげます」

「ちゃんと代金は払ってもらえるんでしょうね」

「当然でしょう。私は盗人じゃないんだから」


 はいはい、盗人じゃなくて放火魔ですよねー。これにより、彼女はうちの客となったのだ。客である以上、ふさわしい態度で接しなければならない。そんなわけで、仕事の頭に切り替える。


「それで。いくらほど注文をいただけるんですか」

「いくらって……」

「一日何人客が来て、何をどれくらい買っていくのか。わかりますよね?」


 店の主人ならそれくらい把握していて当然。それすらできていなかったら、もうどうしようもない。適当なものを選んでこっちで作る……まあ、売上データなんて他人に、まして競合相手に気軽に見せていいもんじゃないから、見せられないと言われれば引き下がろう。この話は水に流して、休業の札が閉店に切り替わるだけだからな。


「本当にやってくれるの?」

「客が売ってくれと頼むなら、応えるのが義務ですから」


 疑わしげな、ほかにもいろいろな感情を込めた視線に、堂々と胸を張って返す。オスカーさんに譲ってもらった従業員は実に優秀で、期待以上の速さで仕事を覚えてくれている。彼女に手伝ってもらえば今の倍量を生産することになってもなんとかなると思う。というか引き受けたからには意地でもなんとかする。

 できないという言葉はうそつきの言葉です。


「いきなり態度が変わったわね。気持ち悪い」

「品を買ってくれる人は誰でもお客様です」


 とびっきりのスマイルで伝えると、思い切り顔をしかめられた。解せぬ。美形とは呼べないまでも、見られないほどひどい面ではないはずだが。

 奥に姿を消したお嬢様を待ちつつ、鏡を見て練習しないといけないだろうか、と自分の顔をペタペタと触って形を確かめる。目と鼻と口はある。形はおかしくないな。

そういうわけで待つこと数分。書類の束を抱えてやってきたお嬢様。紙は貴重だっていうのに贅沢なことで。


「この店の商品の情報よ。改善できるもんならしてみなさい」

「ふむ。持ち帰っても?」

「それはダメよ」

「だよなぁ」


 パラパラとめくって要所だけを頭に入れて、メモ代わりに木片に炭で書き込んで……あとは店に帰ってから考えよう。考えたものをまた持って来て、彼女に判断してもらう。それでオッケーと言われれば、その案で。だめならどこがだめかを聞いて、修正をかけて再提出。オスカーさんに出した分とやることは変わらない。


「ああ。持ってくるにしても、輸送にかかる費用はそっちで持ってくれよ。うちは知っての通り借金まみれで首が回らないんでな」

「……ええ。わかったわ」


 よほど弱ってるんだな、気持ち悪いくらいに素直だ。少しだけ哀れになってきた。だが、これはビジネスだ。必要のない情けはかけん。割引もなしだ。適正価格でたっぷり搾り取ってやる。


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