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異端者のセレン  作者: 青海夜海
一章
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五話 何も言えない言葉

 

「落ち着いた?」


「ええ。落ち着いたわ。……その、あの……ありがとう」


 照れくさそうに深々と頭を下げるユリスの頬は少し紅くなっていた。今までの振り返りと先程のやり取りがセレンの頭に復周する。きっと家に帰れば悶絶もんであることは考えない。今だけはこの余波に酔う。


「セレンのお陰で気持ちが晴れたわ。本当に、ありがとう」


「そうか」


 セレンの持論がユリスの中で何かになって気持ちを晴らしてくれたのならこれ以上のものはない。


「もう私は私を責めない。悔やんでも辛くなっても私はそれを全て力にするわ。セレンみたいに、ね」


「ちょっと大袈裟じゃ……」


 謙遜するセレンにユリスは被りを振る。


「全然大袈裟じゃないわ。私は貴方の言葉に晴れ晴れしてるわ。私にとって貴方の言葉は救いだった。だから、ありがとう。もう私は私を責めない」


 微笑むユリスは美しかった。憑き物が取れたかのような清々しさが初夏の海のように澄んでいた。

 セレンの言葉がこんなにも感謝され、ユリスを救うことができた。

 それは今までのセレン自身の肯定てもある。無駄かもしれないと思っていた考えに希望を与えた。それは何よりも尊く、セレンの心を救った。お互いに救い救われていた。


(良かった。これで少しでも姉さんに胸を張れるかな)


 セレンは静かに確かに力強く頷いた。

 沈黙が夜空に立ち込める。遠くで電車が走る音が響いていた。長い沈黙を破ったのはセレン。


「それで、話を戻すけどユリスは何処から来たんだ?」


 そのどこかがこの世界にあるならばこんなに怪我をすることも、ユリスが取り乱すこともなかった。全ての元凶と言ってもいいその国をもう一度確認する。聞いたことのない国をだから、これは確認であり淡い淡い期待でもある。

 ユリスはもう一度深く呼吸して口を開いた。その顔には少しの覚悟と現実を受け止めようとする眼差しがあった。


「……中立国アウトクラシア。それが私の住んでいる国よ」


 中立国アウトクラシア。それがユリスが育ってきた国の名前。

 改めて聞いても覚えのない国。ポケットから携帯を取り出して検索をかける。もしかしたら実在するのではと希望をもつ。そんなセレンの手の下をユリスは興味深そうに覗き込んできて顔が近くなったことにドキッと胸が高鳴る。


(だから、近いんだよっ⁉)


 抗議することもできず、ユリスを意識しないように努める。


「それはなんなの?見たことないわ」


「……これは携帯。電気とインターネットを使ってあらゆることを調べたり誰かと会話したりすることが出来るもの」


「へぇー通信魔道具みたいなものね」


 携帯を知らないを通り越して先程から何度も出てくる魔法と言う不思議な言葉とセレンを吹き飛ばした不思議な風が不意に思い出した。魔法が本当に実在するのなら、それはなんとも心揺さぶる。魔法について聞こうとしたが、先にユリスが口を開く。


「じゃあその、いんたーねっとって何?」


 少しがっかりしてしまう。


「情報が飛び交っている架空の網みたいなもの、かな」


 大分間違っている気もする。まずインターネットってどう説明すればいいんだ。てか、インターネットも携帯も知らないなんて信憑性が高くなりつつある。


「うん?」


 ユリスもわからなかったようで首を傾げてた頭には?でも浮かんでそうに不思議がっている。

 そんなユリスに苦笑いをして検索をかける。

 しかし、中立国アウトクラシアと言う国は何一つ出てこなかった。


「ないみたいだな」


「……そう。ないのね」


 ユリスの声音が静けさを増す。


 まず間違いなくこの世界にはない国で間違いない。

 この世界にない国に住んでいる。ユリスの妄言、戯言、幻想、夢と否定出来たらどれだけよかったか。でも、セレンにはそれが出来ない。

 誰もいなかった所に不思議な現象と、そして彼女が現れたのだから。

 風が舞い、光が渦巻き、そして彼女が、ユリスが現れた。

 架空でもない幻想でもない。今目の前に真実がある。それでも信じられない。

 異世界転生とかは小説でよく見るが、それはあくまで小説であり物語(ゆめ)だ。輪廻転生の概念があるとしても死後など誰にもわかるはずがない。

 先程死にかけたといえセレンはまだ死んですらいない。今、自分の世界でちゃんと生きている。

 手足が動き言葉が喉を潤し、音が夜空に響く。ユリスに声音が届く。言葉が伝わる。

 だから、セレンは死んでいない。転生も蘇生もしていない。それはユリスも同じである。

 あの涙は死者の者ではない。過去があり未来に不安をもつ者の涙。生きている涙だ。

 セレンの気持ちに救われたと言ってくれたユリスをセレンが死なせない。


 ユリスの手を握り、月に向かって誓った。

 全てが本物だった。偽物なんかじゃない。偽りでもない。虚勢でもない。確かなる本音であった。


 だから、輪廻転生でも異世界召喚でもない。

 ユリスの国は確かにあり、ただのここにはない。

 それだけなのだ。

 ユリスはしばらく目を瞑った後、歩き出した。

 ユリスが向かう先、そこは暖かな明かりを灯した楽しげな町。

 輝きは眩しく、明かりは暖炉のようでこことでは別の世界。月の青い星屑の夜空と人の温かみを宿す生きた暖炉のような家々。

 それはあまりに対照的で涙が出そうだった。ユリスはどう思っただろう。この景観を見て何を感じただろう。ほんの微かに聴こえる楽し気な声。陽気な声に慈しみの声。音と音が重なり、歌声のように流れていた。

 横から見るユリスの瑠璃色の瞳から流れる透明の雫。

 悲しみ、驚き、苦しみ。ユリスの表情は言葉にできない。微かに開いた唇から白い息が漏れる。白銀の青い髪を風に煽られながら彼女は振り向いて言葉を募る。確かに切実に感傷的に驚愕的に寂し気に、そして美しく感動的に呟いた。


「こんなに明るい世界があるだなんて、知らなかった」


 ユリスの涙の意味をセレンが知ることはできない。

 涙の理由を思考するなど甚だしく見当違い。

 きっとそれは、誰にでもある自分だけの涙であって、ユリスの涙も彼女だけの涙なのだ。

 ユリスは指で涙を拭い、恥ずかしそうに笑った。


「悪いわね。勝手に泣いたりして」


 セレンは首を横に振る。


「ここが私が住んでいた国じゃないってわかったわ。疑ってごめんなさい」


「別にいいよ。こんな不思議なこと想像もできないから」


 笑うことも戸惑うことも出来ず、模範解答のような言葉と表現がでてしまう。


「そう、ね……貴方は優しいのね」


「そんなことない。誤解だっただけに過ぎないことをぐちぐち言うほど根は腐ってないだけだ」


「そうね。貴方の言葉、凄く私の心に染みるもの。きっと貴方の心の根が強いから。だから、私も今強くあれている」


 そう言ってユリスは頬を綻ばせる。ずっと最初よりも柔らかくなった表情にドキッと心臓が高鳴った。


「私は、中立国アウトクラシアンに帰れるのかしら……」


「……わからない。どうしてこんなことが起きたのかもわからないし、ユリスがどうやってここに来たのかもわからない」


 そう。ここが一番の問題点である。あの現象のきっかけや意味が不明瞭だ。不可解なことばかりが残る。

 打開策を見つけるべく、セレンは質問をした。


「ユリスはここに来る前なにをしてたんだ?」


 もしそこで何か特殊な出来事、あるいは物や人と会っていたり何かをしていたなら、それが原因なんではと思い当たる。現実は小説より奇なり。

 ユリスはうんーと記憶を辿る。たしかーと唸ったのち人射し指を立てた。


「私は異端跡(いたんせき)の前にいたわ」


「異端跡?」


 何とも意味深そうなものが出てきて思わず反芻した。


「ええ。昔、私の世界にやって来た異端の少女の墓石と言われているの。彼女は戦争の絶えなかった世界に革新をもたらし、戦争を止めて、戦いを望まない国を作り上げた。それが私の国、中立国アウトクラシア」


 その偉業はどれだけの人を助けたのだろう。きっとかけがえのないほどの奇跡を振り撒いたに違いない。それこそたった一つだけ流れる願い星のように。


「戦いを望まない国と一人の子供を置いて彼女は何処かへ消えた。彼女が残した国に彼女の偉業を讃え、彼女の夫が国の王となりお墓を作ったの」


「凄いなそれ。英雄譚みたいだな」


 小説のような冒険にセレンの心が弾みまくる。

 それは熱く、男子心を揺さぶるには十分だった。


「確かに、英雄みたいではあるけど……」


 ユリスは複雑な表現をしてから咳払いをする。


「それよりも話を戻すわね」


 もっと話を聴きたかったセレンはわからない程度にしょんぼりする。そんなセレンをユリスはおかしそうに笑う。


「で、私はそこで祈りを授けてたの」


「祈り?」


 宗教みたいなものだろうか。それもまたファンタジックでセレンに英気が満ちる。英気というよりは絵本を読んでもらっている時の子供の表情に近い。


「私の先祖様がその異端の少女らしいのよ。お母さんから聞いた話だから本当かどうかはわからないんだけどね」


「てっことは、異端の少女が残したその子供がユリスの先祖なのか?」


「違うわ」


 夜空は冬の寒さを身体に沁み込ませ、風は消えるよな寒さを運んでくる。それでも誇れる美しい星空と青い月は寒さを忘れさせるほどに今もセレンたちを見つめている。


「さっきは言っていなかったけど、彼女には子供が二人いたの」


「二人?」


「そう。もう一人の子供は風来坊のしがない商人に預けられたらしいわ。私はそっちの祖先よ」


 それもまたファンタジックに奇なり。生き別れの兄妹なんて日本にもザラにいない。それが奇しくも英雄のような者の子供というのは妙に引っ掛かりを覚える。

 しかし、今考えるべきことはそれではない。ユリスが異端の少女の末柄である。それがなにか関係していたりするのかを考えなければいけない。

 しかし、そんな昔の人の血が流れているからなんて少し想像が飛躍しているのも頷ける。結局何もわからずにユリスの振り返りが続く。


「それからしばらくお祈りしていると突然視界が白く輝いて、思わず目を瞑ったわ。で、目を開けると貴方がいた」


 ユリスは細く微笑んだ。


「貴方はどうなのよ?」


「俺?」


「そう。今も本当は偽ってるんじゃないの。魔法で私を転移させたとか」


 ユリスは悪戯気に笑いながら腕を後ろで組む。それが本気ではなく好奇なのが良くわかる。

 そのくらいにユリスはセレンのことを好意に思っていた。セレンの本心がユリスにとって温かな光であり、心を育む雄大な花であった。


「俺は嘘なんてつかない。それに魔法も使えないんだから」


 何ていいながら内心ちょくちょく出てくる魔法が気になって落ち着かない。

 もう一度言うが、魔法があるのなら男の子として心弾まないわけがない。でも、今はそれどころじゃないことが悔やまれる。

 そのうち聞ける機会が来るならば是非とも聞こうと、私情は置いといて、自分の行動と出来事を思い出す。鮮明に浮かぶあの出来事がきっと重要なのはわかっている。


「俺はここに十五分前くらいに来て、あそこのベンチに座って空を見てた」


「こんな所で一人空を見ているなんて変わりものなのね」


「むっ。そんな気分の時もあるだろ」


 少し不機嫌になるセレンの語尾が強くなる。

 でも、すかした風のセレンが少し怒っている姿がユリスには新鮮で可愛く見えた。ユリスは悪戯したさに次の言葉を募ろうとするが、セレンがの方が速い。


「それより、ここで空を眺めてたら突然星が輝きだして月が青く光りだしたな。風が吹きあられ、風と舞うように光が集まって一気に視界がその光に埋め尽くされて、目を開けたら……ユリスがいた」


 やはり、それはあまりにも不思議な現象だった。光が集まるのはまるで流れ星のようだった。流れ星は隕石が落ちているのであって、光自体が動いているわけではない。

 しかし、あの光は動いていた。光が自ら動いて一つに集まるなんて聞いたことがない。今一度振り返ってみてその不思議さが垣間見える。ユリスは口をぽかんと開けたまま眼が驚愕に見開いている。


「なにそれ?」


「俺にはまったくわからない。なにかの自然現象なのか。もっと違うなにかなのか」


 そう言って考えこむセレンにユリスは感心の声を上げる。


「セレン、貴方凄いわね」


「はっ……?」


 思わぬ言葉にセレンは素っ頓狂な声を上げる。


「だって、こんな不思議なことがあったのよ。意味もわからなくて理解もできなくて、普通頭が混乱して貴方みたいに現実的に客観的に考えれないわ」


 いやそこまで冷静じゃなかったんだけどな。思わず苦笑いしてしまう。


「ユリスだって冷静じゃないか」


「それは皮肉かしら?」


 眉間を寄せるユリスに慌てて口を押える。


「いや、今のは……」


「いいわよ。今は冷静だから。あれは一生ものの傷だけどね」


「ははは……」


 思わず苦笑いが零れた。しかし、別段不機嫌になったわけもなくユリスの顔はスッキリとしている。


「でも、あれがあったから貴方から大切なことを学べたわ。それについては感謝してる。だから、まあ……ぅ~っやっぱり忘れなさい!」


「どっちなんだよ⁉」


「わっ私のあそ……触ったところから前を全部忘れなさい!」


「そんな無茶苦茶な⁉」


 赤くなった顔で吠えるユリスにセレンは情けなく声を荒げる。そんな喧嘩染みた慣れあいをしばらくと続けた。

 そしてユリスは笑った。綺麗に軽やかに笑った。

 セレンも笑った。澄ましたいつものセレンではなく。ただのセレンで、ユリスに本音を吐露した時のセレンで、細く小さく笑った。

 二人の笑い声が夜空に輝いた。流れ星みたいに流れた。光った。輝いた。

 それはなによりも尊い光景であった。思わず手を伸ばしたくなるような笑みであった。

 その刹那。月の青さが薄くなり始めたことにふと気づく。

 夜空の輝きが遠くなり星々の輝きが小さくなる。風が颯爽と吹き靡く。

 それは寂寥であった。この時の終わりであった。世界が一つを取り戻す誓約の閉幕であった。


 世界が青く白く光った。


 二人の眼にもそれははっきりと見えた。幕が閉じると。

 風がセレンとユリスの髪を煽りローブとコートをはためかす。

 次の瞬間、ユリスを包むかのように光の粒子が漂い始めた。青く淡い光の粒が泡のように浮かび、それはやがて無数の星のようにユリスの体から燐光を発する。淡い光に身を包む彼女の姿に彼は目を奪われていた。白銀の青い髪が青白い光にそれはもう天の川のよう。

 そして彼らは直感的に別れが近づいているのだと悟った。


 瑠璃色の瞳がセレンを見つめる。

 闇夜の瞳でユリスを見据える。


「お別れみたいね」


「……そう、みたいだな」


「今日はありがとう」


「こちらこそ」


「本当に……ありがとう」


「俺もありがとう。会えて良かったと思う」


「——私も、貴方に会えて良かったわ。貴方から学んだこと、忘れない」


「そうか……」


「…………」


「…………」


 彼女たちの会話はここで終わった。

 言えていない事、伝えたい事もたくさんある。話したいことがあって、知りたいことがあって、共にいた事一瞬が心地よくて楽しくて。

 でも、彼らはなにも語らない。

 また会おうなんて言わない。きっといつかなんて微睡まない。理想でもなく夢でもない。そこにある真実を現実を受け入れる。

 それを否定、抗うほど彼らは生きることを本当に理解していない。

 でもそのことを知っている。それがせめてもの救いでもあった。

 淡い光はたちまち強くなり、ユリスの足元が消えていく。青い粒と白い線がユリスをこの世界から消していく。確実に着実に。

 手を伸ばせたらどれだけいいだろう。『また』なんて言えたなら今すぐにでも言う。

 でも、それは二人を苦しめる楔であり、叶わぬ約束である。

 彼女たちはこの現象の意味を知らない。

 何をもたらし何を与えるのか何も知らない。何の奇跡でどんな運命で何の願いなのか何も知らない。

 ユリスの脚が消えて体が消えていく。ユリスは胸の前で小さく手を振りながら、消える直前、口元が微かに動いた。

 唇が何かを紡ぎ、そして——ユリスは白く青い光の粒子と共に霧散した。


 山の頂に彼女は何処にもいなく、()()一人だけの寂しげな広場だけがあった。

 風が草木を揺らす。虚無感と寂寥感が胸に広がっていた。

 どうしようもないやるせなさが息を零す。様々な感情が零れた気がした。

 空を仰ぐと、いつも通りの夜空がある。

 それは無に近いものだった。未だ月は輝いていた。まるで、星蓮を見降ろしているかのように。


 やがて、青い光はどこえと消え、白いばかりの味気のない空虚な月が世界を照らし始めた。


ポイント入れてくれると嬉しいです。

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