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異端者のセレン  作者: 青海夜海
一章
4/31

四話 責めないで

 温もりの中に彼はいた。

 白に包まれた世界に彼は立っていた。

 空を見上げれば純白が染め上げ、輝かしい星々が散らばっていた。


 それはまるで白夜のよう。


 風が駆け抜け、黒い髪を煽る。

 白夜の世界はどこまでもどこまでも続いている。果ても彼方もない。

 彼は無意識に歩き出した。まるで、誘われているかのように空か地面かもわからない白い足場を踏み込む。その途端、一凛の白い花が咲いた。

 否、芽吹いた。一瞬にして芽吹いた白い花は足元に寄り添うように風に揺れる。ゆらりゆらり。

 風に揺られる花から純青の粒子が浮かび上がる。幾つもの青い光が彼の周りに集う。

 彼は歩みを再開する。


 一歩、一歩、また一歩。ずっとずっと歩き続ける。


 地面を踏めば彼の周りに白い花は芽吹き咲き誇る。それは全て彼への祝福であり誘いのよう。

 花から湧き出す純青の淡い粒子は星のよう。

 幾千、幾億、数多の白い花々は白夜世界の地上を埋め尽くし、宝玉のような青い命の輝きは地上と空の間を塗り替えた。白夜の星々は光を閃光となし彼の行く末へ流れ出す。

 それは流星群。無数の輝きが白い空を鮮やかに魅せた。

 白い花が彼に寄り添い、青の粒子が彼を包み込み、空の星が道を導く。

 それは神秘的で幻想的で感動的。一粒の水滴が世界に満ちた。それは全てを呑み込む彼だけの感情であった。


 嗚呼、嗚呼、ああっ——


 彼は歩む。涙が出ようと、挫けようと悲しくなろうと。


 この美しい世界を抱きしめるために。


 ——そして、そこには誰かがいた。


 白ドレスを着た女性がいた。彼に背を向けて佇んでいた。白夜のような白い髪の周りを青い粒子が漂う。白い花が足元を照らし、流れ星は彼女の周りで弾ける。


 ——会いたかった。


 ——あなたに会いたかった。


 ゆれる揺れる。


 ——私はずっとここにいる。


 ——ここでずっとあなたを待っている。


 輝く光る。


 ——いつか、いつか……。


 ——会いに来て。


 募る、集う、彩めく。


 ———愛して全てを。


 微笑む、伸ばす。


 ——恋して世界を。


 涙が流れる。


 ——守ってみんなを。


 心に響く。


 ——きっとまた‥‥‥。


 知っている、聞こえている。


 ——愛してる。


 だから————



 *


 ———―ン


 声が聴こえた。銀鈴の声音。


 ——レン


 俺を呼ぶ優し気な声。


 セレン——!


 願いと熱をもった宝石が零れ落ちた。それは俺の頬を濡らす。僅かに瞼を開け宝石が流れた後を見る。


「セレンっ!お願い目を覚ましてっ‼」


 綺麗な悲しみが俺を繋ぐ。真っ直ぐに清く美しく。それは水、それは星、それは奇跡。


 俺は手を伸ばす。そして——



「けほっ……けほけほ」


 冷たい空気が一斉に肺へ送られる。その全てを吐き返そうと無理矢理咳き込み返って喉を傷める。一斉に襲い掛かる激痛に眉間に皺が寄る。


「ぃッ!ぅ~~っっ」


「セレン⁉目を覚ましたのね⁉」


 女の子の声が耳元で聞こえた。こちらを案ずるかのように心配の念が込められていた。

 瞼をゆっくりと開ける。視界は白から黒に変わり色ずく。月の青い光が眩しく、目を細めながら呆然と辺りを見渡す。


「ここは……」


「茂みの中よ」


 セレンの質問に答えた声の方向へ視線を彷徨わせる。そこは開けた茂みであった。月光が真上から照らしている。

 次に眼に入ったのは美しい女の子だった。白銀に青を纏った髪は月のように美しく、整った顔は硝子細工のような綺麗な顔貌。透き通るような白砂の肌は清らかで見つめ合う瑠璃色の瞳はまるでリゲルのよう。

 世界で一番美しいと謂えよう華はセレンをずっと見つめていた。

 少し濡れた瞳、少し強張っている顔、その全てが愛おしく思えてくる。


「大丈夫なのよね?」


 暫しの沈黙ののち、月のような少女はセレンに恐る恐る確認する。まるで子供のような表情にセレンは微笑んだ。


「大丈夫だ」


 そう言って、ユリスの頭を優しく撫でる。


 ——俺は大丈夫だから泣かないで


 そんな意味が伝わればいいなと思いながら微笑み続けた。優しく泣き止ます。今はいない姉がしてくれたように。


 ——俺はここにいる


 ぽかんっとするユリスは徐々に顔に熱を帯び始めて赤くした。耳までも赤くなっている。

 そんなユリスが面白くてくすっと笑ってしまった。


「なっなに笑ってるのよ!」


「いや、可愛いいなーと思って」


「かわっわ⁉かわっわわわ⁉」


 口をわなわなさせるユリスを横目にセレンは今の状態を確かめようと身体を起こそうとした。そして、気づいた。自分の頭に柔らかな感触があることに。先ほどの前触れにならないようにもう一度ユリスに問いかける。


「なあユリス‥‥‥」


「なななっなによ⁉」


 赤さを少し引いたユリスはぎこちなく反応する。


「……今ってどういう状況?」


 ぽかんっとしたユリスは端的良明に述べた。


「セレンが私の膝の上で寝ている状態よ」


 意味がわからないという風に首を傾げる。


「…………」


 何となくわかってはいたがいざ言われると気恥ずかしさが半端じゃない。先ほどの過ちもあり瞬発的に体を起こす。


「いったぁぁ--ッ⁉」


 身体中から激痛が再びセレンを襲う。


「ダメよ寝てないと」


 そう言ってもう一度寝かせようとするユリスに反抗するセレン。


「い、いやもう大丈夫だから。全然問題ないから」


 そう言いながらも身体は常に悲鳴を上げていた。逃げようとするセレンの手を掴む。


「ダメよ!魔法で癒したと言っても痛みまではすぐ消えないんだから!」


「いや本当に大丈夫だから。ユリスが魔法かけてくれたんだろ?なら大丈夫だって」


「いいから寝なさい!それとも寝かせてほしいだなんて言わないでしょうね」


「そ、そんなこと言うわけないだろ!い、いや、でもそれはその‥‥‥恥ずかしいから」


 からかったとばかりに満足していたユリスは照れるセレンを見てきょとんとする。


「なにがよ?私に寝かしつけられることかしら?」


「いやだからそれは違うくて‥‥‥えーっとその……膝枕が‥‥‥」


 言った自分自身の方が恥ずかしい。ユリスをこっそりと見るとその顔はまた赤くなっていく。


「あっ……そう。……そう、よね‥‥‥恥ずかしい……よね」


 沈黙が降り降りた。



 気まずさの中、先に口を開いたのはユリスだった。


「その……ごめんなさい。貴方に酷いことしてしまって……」


「いや、もとはといえば俺が悪いんだし‥‥‥」


「でも、貴方は私を助けようとしてくれたわ……まあ、あれはさすがに……ひどいと思うけど」


「ほんと悪い。お尻触ったのは、悪かった」


「おっ--⁉~~ッ⁉なんでそう言葉に出すのよ⁉恥ずかしいじゃないっ⁉」


「俺も恥ずかしかった」


 ユリスは怒りの睨みを効かせてきたので慌てて頭を下げる。うんうん、と頷いて満足するユリスは両手を合わせて提案する。


「私もセレンも悪かったことにしましょ。元はと言えば私が動転してたせいだし……」


 提案に対しては概ね異論はない。しかし、その点に関してはセレンは何も言えない。落ち着くように促していたのは誰でもなくセレン。

 もしもセレンの言葉をユリスが少しでも冷静的に捉えていたのならと思うとユリス自身は悔やみきれない。セレンに触られることもなく、怪我をさせる事もなかったのだから。

 心底申し訳なさそうにするユリスにセレンは頬をかく。


(どうしたらいいんだ?励みになる言葉でも言えばいいのか……?わからねぇー……。こういう時に龍也がいてくれたらな)


 必死に考えぬく。言うべき言葉を行動を。


「俺も悪かったし、ユリスは俺と立場が違うから仕方がない」


 そんな当たり前で何でもない言葉しか出てこない。


「そんなこと関係ないわ。私は助けてくれた貴方に怪我を負わしたの。それに……やっぱり私が全部悪いのよ。こんなこと……」


 ——許させるべきじゃない。


 ユリスの表情は曇り続ける。提案してもなお自分が悪くセレンは悪くないと結論づけてしまう。そして言い張る。

 まるで懺悔よりも濃い後悔のよう。

 曇りを晴れにするにはどうすればいい。悩んで悩んで悩んだ末、導き出した答えは、雲を退かせる、それしかないのだ。

 ユリスは自らの不甲斐なさを悔いている。それが全ての元凶に繋がるから。なら、その基盤を壊せばいい。覆して違うものを示せばいい。いつか見た姉の姿を思い出してセレンは深呼吸して空を見上げた。


「……いつだってさ、こうしていれば、ああしてればなんて思うんだ」


「へぇ……?」


 宝石が見開く。


「何かちょっとしたことでも悪い方向に進んだらいつだって悔しくなる」


 急に話し出したセレンにユリスは呆気にとられる。そんなユリスを気にせず彼は話を進めていく。


「……姉さんが三年前に失踪したんだ」


「えっ……」


「何が姉さんにそう決断させたのかわからない。でも、今もずっと思う。……俺がもっと姉さんの傍にいてあげていたならって……」


 青い風が流れた。白銀に青を纏った月が今も照らし続けている。


「他にも何かしてあげていたならって、毎日思う」


 悔やんでも悔やみきれない。

 俺がもっと、なんて本当にどうしようもなく浅はかに考えてしまう。

 ユリスは静かに耳を澄ませていた。セレンの過去を聞き逃さないように。だってこれは、ユリスのためなのだとわかったから、だから静かに確かに音をつかむ。


「俺はずっと弱いままで……姉さんに頼りきっていた。甘えて頼って迷惑かけて……」


 俺がもっと大人だったら。頼ることなく生きることが出来たなら。ずっと後悔している。

 色褪せない過去が自分を苦しめる。楽しいのに嬉しいに幸せなのに、どうしようもなく悲しくなる。


「今も思うしこれからも思う。後悔して、悲しくなって……苦しくなる」


 夜空は星々に埋め尽くされてシリアスな物語を抱きしめてくれているよう。


「でもさ……俺だけじゃないんだ。みんな悲しいこと辛いこと苦しいことがあって、それで後悔して生きてるんだ。……ユリスにもあるだろ後悔の一つや二つ。苦しいや悲しいことも」


「わ、私は……」


 言葉を詰まらせるユリスは辛そうに俯く。

 なら、その顔を上げる物語をしなければ。


「でもさ、それは過去なんだ。想い出で忘れちゃいけない事なんだ」


「忘れちゃ、ダメ……?」


「ああ。悔いることは自分を殺すことじゃない。悔いることは自分自身の思いの丈だ」


「そんなの……」


 ——詭弁だわ


 その言葉が否定が出そうになって、それでもセレンの言葉から意味を見出すように、それが自分に当てはまっている気がして言葉を噤んだ。セレンはユリスの言い損ねた言葉の意味を咀嚼してなお続ける。


「どんなことでも失敗はある。でも、全てを悔やむわけじゃない。どんなに失敗しても迷惑をかけても悔やまないこともある。それは自分にとって悔やむほどのものじゃないんだと思う」


 ユリスの眼が見開く。大きくリゲルが光る。


「だから……悔やむことは俺たちにとって大切で大好きで尊いものなんだよ」


 俺もずっと考えてきた。あの日、姉さんがいなくなった日から。

 一番の後悔がのしかかったあの日から三年間ずっと考えてきた。

 だって、過去は変えられない。だから、後悔する理由を感情を動機がなんなのか考えてきた。意味のないことかもしれない。考えるだけ無駄かもしれない。答えなんて出ないかもしれない。

 でも、俺は出したかった。いつか誰かが苦しんでるときに姉さんみたいに龍也みたいに手を伸ばしたいから。

 そして、今がその時なのかもしれない。


「ユリスが今俺に怪我を負わした事、自分自身の不甲斐なさを後悔している。でも、それは誰かを傷つけることを良しと思わない心の裏返しだと俺は思う」


 はっとユリスは口元に手を当てる。まるで何かを噛みしめて思い出そうとしているように。


「ユリスが俺のことをどう思っているのかは、わからない。まだ出会ったばっかりでお互いのことなんて何も知らない」


 俺たちは出会ったばっかりだ。不思議な現象が起こって、突然ユリスが現れた。

 知らない国に見たこともない髪に瞳。まだ何も解決していない。原因もわかっていない。

 でも、今はそんな全てがどうでもよくなるくらいに俺とユリスは同じ感情を知っていた。考えている。月の明かりが一層増していく。


「でも、君は俺を助けてくれた。そして助かった。君は後悔を後悔のままにしなかった。俺は君のせいでこうなったかもしれないけど、今俺は君と話せている。手が触れられる。目と目を合わせることが出来る」


 ユリスの細く白やかな手を握って目を合わせる。


 ——俺はここにいるんだ……と伝える。


 ユリスの瞳が潤む。長いまつ毛に透明な雫が溜まりだす。

 そんなユリスを見て、俺は微笑む。なるべく優しくなればいいなと思いながら、不器用に手に力を込めた。


「だから、後悔しても自分を責めないで」


「——ぁ……」


「幾らでも後悔してもいい。悩んで苦しんで、悲しんでもいい。君の今までの後悔を物語(かこ)を想いを俺は否定しない。ずっとずっと君の礎とでもなってくれるならそれでもいい……俺もずっと後悔してる。でも……俺は前に進みたい。後悔に潰されて終わるなんて絶対にさせない!」


 強く強く想いを吐露する。ずっと奥で縊りついていた本音を吠える。届け!届いてくれ!


「過去は戻らない。想い出は変えられない。……だから、俺は後悔を礎にする。強く生きるために。だから、責めないで。後悔してもいい。でも、俺は今ここにいるから」


「————」


「今の全てを生きる(ちから)にしよう。責めるなんて君に似合わない。だから——」


 流れ出す雫をそっとすくう。驚く瑠璃色の瞳が可笑しくて笑みが漏れる。ユリスの手をそっと手放す。


「あっ……」


 小さな呟きは風に飲まれる。それでも、セレンには聞こえた。そしてユリスの心が教えてくれている。

 手が届くくらいの距離を空けて座り込むユリスに向かい合わせになる。片膝を地面に付き、ユリスと瞳を合わせる。

 ずっとしていたように、彼女に届けるように。風が二人の髪を攫う。

 月光が二人の結末を視ていた。星屑が世界を切り離していた。

 今ここにいるのは俺と私だけだ。

 ユリスに向けて手を差し出した。それはまるで、騎士と姫のようであり、プロポーズのようさながら。


「だから、ユリスの今の後悔を俺に分けてくれ」


「…………⁉」


「俺がその後悔を礎にする。そして君に届ける」


「…………」


「俺が証明して見せる。後悔は礎になるんだって……自分を責めるべきものじゃないんだって」


「ぅっ……ぅぅ……」


「俺が君を責めさせない」


 涙が溢れ出す。


「ユリスの後悔はユリスのものだ。どうするかはユリス次第。でも、もしも俺を信じてくれるなら」


 とめどなく零れ落ちる。流れ星のように願い星のように。


「この青い月のようにユリス、君を助ける」


 俺たちを出合わせてくれた奇跡の月のように、青い鳥の幸せのように、いつまでも見守っている星空のように君を抱きしめて見せるから——


「わっわたしは……」


 過去が巡る。後悔が湧き上がる。願いが募る。


(私は……私はっ……!)


 月光の問いかけ。夜空の慈悲、セレンの手。


 ——選んで選択を。

 ——貴女の思う、信じる答えを示して、謳って、叫んで。

 ——答えなんて決まってる。なんの為の涙なの⁉どうして泣いたの⁉


 ユリスは胸の前で手をギュッと握り絞めて、そして……


「あっ」


 俺の手にユリスの手が重なった。月と太陽が重なり奇跡を起こすように。

 その頼りない手をギュッと握りしめて、ユリスを立たせる。


 見つめう瑠璃色の瞳と闇夜の瞳はまるで今宵のよう。


 涙に濡れた顔でユリスは笑った。何よりも綺麗に惚れこむほどに華やかに笑った。


「ありがとう‼」


 今宵一つの物語が青い月夜に綴られた。


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