8 わりと、アホかもしれない
~とある通信の記録~
『はい、ではそのように伝えましょう』
『うむ、頼んだぞレグルス。しかしセラ=ベルノートを容易くあしらうとは――未だに信じられん。あの者は探索者の中でも優秀だと聞くが』
『ディーノ様が信じられぬのも無理はないでしょう。何しろ、目の前で模擬戦を見ていた私ですら、夢ではないのかと疑っておりますから』
『はっはっは! 王国随一とまで言われていたレグルスが、そこまで言うか。まったく、とんでもないなエスアール殿は。これで昨日まで職業未選択だったとは』
『私も不審に思い、模擬戦の後でステータスを見せてもらいましたが――本人が言う通り、剣士のレベル5でした。エスアールは高い身体能力はありませんが、技量のみで圧倒しておりました』
『……ふむ。彼が護衛は不要と言っていた意味がわかる。確かに、自分より弱い者がダンジョンに付いてきても、足手まといにしかならんだろう』
『そうでしょう。エスアールは王女殿下の希望――ひいては、王女殿下を想う我々の希望です。無茶はさせられませんが、可能な限り支援をすることとしましょう』
『うむ。陛下にも、希望が見えたと話をすることにしよう。最後に確認だが――彼は本当に王女殿下を救いたいと申したのだな?』
『はい。確かにそう言っておりました』
『……わかった。では改めてこちらからBランクダンジョンの踏破を頼むようなことはせず、彼の意思に任せてみよう。ただし、進捗は随時私に報告してくれ』
『かしこまりました』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「まだかなぁ」
この2日間で、俺は何度このセリフを口にしただろうか。
そしてこの紅茶とクッキーを、何度口に入れただろうか。
そう――俺はもはや定番となった個室で、座り心地に慣れてきたソファに背を預けていた。
まったく。
もうすぐ昼時だってのに……クッキーみたいな小腹を埋める食べ物じゃなくて、きちんとした食事がしたい。いや、このクッキー美味しいんだけどね? ガツガツ食べるって物でもないだろ?
セラさんはあの後、ギルドの職員たちによって治療室に運ばれた。既に模擬戦が終わってから30分は経過しているから、目を覚ましていてもおかしくない。なんといっても、この世界には回復魔法もポーションもあるからな。
コンコンと、聞いたことのあるノックの音が響いた。そして、返事をする間もなく扉が開かれる。この入り方はレグルスさんだな。
「待たせたな」
悪びれることもなく入ってきたのは、予想通りのギルドマスター。
「いえいえ。ですが、次からは違う茶菓子を用意していただきたいものですね。さすがに3回連続は飽きます」
あんまりレグルスさんが俺に愚痴を言うものだから、俺のほうもつい軽口を叩きたくなってしまった。彼はきっと、人に好かれやすい性格をしているのだろう。
「おまっ――、それ貴族とかに出す高級なやつなんだぞっ!」
「高級でも中級でも低級でも同じものは飽きますって」
「我儘な……」
はぁ――とため息を吐いて、彼は向かいのソファにどかっと腰掛ける。
「とりあえずエスアールが一番気にしていることから言うぞ。ひとまず、下級職でもEランクダンジョン以上への入場許可が下りた。ステータスの確認をされる時に、この紙を受付に見せろ」
そう言いながら、彼は封書を一つテーブルの上に置き、俺の前にすっと移動させる。
「中、見てもいいですか?」
「あぁ。かまわん」
封書を手に取って、中に入っている紙を取り出す。
そして書いてある文章に目を通していった。
「…………へぇ」
書いてある内容はごくごく単純。
Fランクダンジョンはライセンスがあるだけで入場可能だが、EランクダンジョンはFランクダンジョンの踏破記録を持ったライセンス、そしてステータスを受付の前で表示させ、職業を提示する必要があるらしい。
俺はこの封書を提出することで、そのステータス表示を免除できるみたいだ。最終的にBランクダンジョンへは、今はこの世界の誰も知らない――派生2次職で挑むつもりだったから、余計な騒ぎを起こさずに済みそうだ。
俺は棚ぼたラッキーを心の中で喜んでいると、レグルスさんが再び口を開く。
「ただし、条件がある」
彼は真面目な――というか、緊張しているような声で言った。
うーわ、やだやだ。こういう後出しの条件ってだいたい面倒なやつだわ。
「やはりエスアールには、護衛が付くことになった」
ほらね。面倒なやつだ。
「模擬戦を見たでしょう? 必要ないですって」
「確かにお前は強い。呆れるぐらいにな」
「だったら――」
別にいいじゃないですか。
そう言おうとしたが、レグルスさんから感じる無言の圧力を前に、口を閉ざしてしまう。
「エスアールは、王女様を救いたいんだろう? もしお前に何かあったら、王女様はどうなる?」
「それは……確かに、そうですけど。それじゃダメなんです」
面倒くさいとか自分の時間が欲しいとか、そんな自分本位のことではなく、ダンジョンで同じルームに入れば、誰が倒しても経験値が分散されてしまう。つまり、レベル上げが間に合わない。
俺の表情から察したのか、レグルスさんは「安心しろ」と言った。
「ダンジョンに入る時は、護衛を付けなくても良いそうだ」
「――は? 護衛ですよね? 普通逆では?」
いったい何を言い出すんだこのハ――スキンヘッドさんは。
魔物のいるダンジョンの中は護衛せずに、街中で護衛をするってことだろ? それ、意味あるか?
「もちろん、本音を言えばダンジョン内でも護衛に付いてほしいそうだが――お前がそんなに高ランクのダンジョンに行きたいのは、早くレベルを上げたいからなんだろ?」
よく分かってるじゃないか。俺は「はい」と頷いた。
「だったら護衛は足枷になるだろう――と、ディーノ様が言っていた。あと、これは俺の意見だがな。エスアールは今の状態でも、Bランクダンジョンの浅い階層なら、問題ないと思っている」
ディーノ様、めちゃくちゃいい人だなっ! ゲームの時は存在感薄かったけどっ!
そして、レグルスさん。その観察眼は見事だ。俺自身もそれぐらいなら行けると思っているからな。ギリギリだけど。
「出現する数、そして種類がわかっているダンジョンの中ならば、お前が後れをとるとは思えん。不測の事態が起こるとすれば、お前が誘拐されたり、暗殺されたりすることだ」
「えぇ!? 王都ってそんなに治安が悪いんですかっ!?」
それならば彼の言う通り、護衛が必要かもしれない。寝ている時に襲われたりしたら、強さとかまったく意味がないもんな。
冷や汗を垂らしながら、レグルスさんの返事を待っていると、彼はあっけらかんとした口調で答えた。
「いや、全然。平和そのものだ。王都どころか周辺の街でも犯罪は少ないぞ」
「……言っている意味がわからないんですが」
「正直なところ、セラの罰にちょうど良かったんだよ。あいつ、10日間はダンジョン探索禁止だからな。護衛してたらダンジョンに潜る暇なんてないだろ?」
なんだそれ。
「……色々納得していないことがあるんですが。2つだけ聞いていいですか?」
俺の問いかけに、レグルスさんは「おう」と返事をした。
「ではまず、俺がダンジョンに潜ってる間、護衛――セラさんはどうするんですか?」
「外で待機だな。ダンジョン内と外で通信できる魔道具を、エスアールとセラの両方に渡すから、危険な状況になったらそれでセラを呼んでくれ」
そんな魔道具があるのか。便利だな。
つまりダンジョンでも街中でも、セラさんの存在が保険代わりになるってことか。確かに、彼女は伯爵家の娘と言っていたし、彼女がいるだけで他の下級貴族を牽制できそうだ。
いや、だけどさ。
「もう一つなんですが……護衛の人、他の人じゃダメですか? 俺、セラさんのことめちゃくちゃ煽っちゃってるんですが……」
あれだけ煽った人に護衛をしてもらうとか息苦しすぎるだろ。
俺が勝てば護衛に付くことはないだろうとタカをくくっていたけど、もう少し考えて行動すれば良かった。
「そりゃお前の自業自得だ」
ごもっともでございます。
「それにさっきまでの話、聞いてただろ? これはセラへの罰でもあるんだ。そして、あいつはお前の事情を知る数少ない人間の1人でもある。だから護衛はセラ――これは決定だ」
「ですよねー」
肺の中の空気を出し切る勢いでため息。気が重いわ。
「そういえば、セラさんの護衛は10日間と言ってましたが、それ以降はどうするんですか?」
「そいつはまだ未定だ。追って連絡する」
俺はまたまた深いため息を吐く。
「……わかりました。王女様は助けるつもりですが、あまりにも居心地が悪いと感じたら、俺はこの国を出ますからね」
一つ、釘を刺しておく。
レグルスさんは引きつった表情で「ディーノ様に伝えておこう」と言った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
レグルスさんとの話し合いが終わり、部屋の外に出るとセラさんが立っていた。どうやら俺たちの話が終わるのを外で待っていたらしい。
この部屋は防音らしいから、中での会話は聞こえていないだろう。
以前の睨みつけるような視線が、少し柔らかくなっているように感じた。いや、それでも睨まれてはいるんだが。
開口一番、俺はセラさんに謝罪の言葉を述べる。
「試合前は失礼な物言いをしてすみませんでした。俺は自分から攻めるより、相手に攻められたほうが戦いやすいので、このような手段を取らせてもらいました」
90度とは言わないが、それなりに頭を下げる。
すると、ぼそっ――と声が聞こえてきた。
「――ちだった」
「ん? すみませんよく聞こえませんでした」
「あの勝負、私の勝ちだった。私が気を失うより前に、貴様に攻撃を当てていたのだから」
怒っているような、拗ねているようなそんな言い方。彼女の表情は、小学生ぐらいの子供が玩具を買ってもらえなかった時にする顔のそのものだ。
「――え!? 全然気づかなかったんですけど、それ、本当ですか!?」
「……本当だ。あの時、私の顎による攻撃が、貴様の手に当たった」
顎による攻撃ってなんだ? それはただの自爆では?
「…………はい?」
「だからあれは私の勝ちだったのだ」
むすっとした表情をしたかと思えば、今度はぷいっとそっぽを向く。
自分でも無理を言っているとわかっているのだろう、ほんのり耳が赤くなっていた。
あまりにも子供っぽい主張に、俺は反論できずに立ちすくんでしまう。呆れ果てたとも言えるだろうか。
ともかく、これから護衛してもらう彼女に関して、わかったことが2つある。
1つ目。相当な負けず嫌いである。
2つ目。――わりと、アホかもしれない。