86 世界の命運を背負う元ニート
第4章、スタートです!!
全ての謎が明かされる、解のパートとなっております!
家の近くのAランクダンジョン。
この密林タイプであるダンジョンのドロップ品は鎧や盾。Sランクダンジョンの存在すら知らなかったこの世界の人たちにとっては、かなり強力な部類の装備になるんだろうが、回避特化の俺としては動きを阻害するアイテムでしかない。正直、いらない。
テンペストの世界でベノムを討伐した時に俺が身に着けていた装備品は、全てSランクダンジョンのドロップ品だ。しかも、ドロップ率は指輪と同じくかなり渋い。
「これからどうなるんだろ……」
先行き不透明なこの状況に、俺の精神は徐々に疲弊していっている。
何が原因で、どういう基準で、どんな風に壊れていっているのかもわからない。答え合わせをすることができない以上、考えても無駄なのだろうけど。
現在、俺はAランクダンジョンの3層で魔物の気配を探りながら森をとぼとぼと歩いている。
ようやく15周目だ。
Aランクダンジョンの踏破を開始してから、6日か7日経過したと思う。
ダンジョンに外の時間は関係なく、ずっと青空のダンジョンもあれば、ずっと星が瞬くダンジョンもある。俺がいま潜っているAランクダンジョンは、常に黄昏時のダンジョンだ。
体力の続く限り活動して、限界がきたら誰もいない家に帰って睡眠をとる。ダンジョンの規則である入場時間については、警備兵に王家の紋章が入った短剣を見せて黙らせた。権力って便利だわー。
フェノンを救うためにエリクサーを入手しようとしていた時よりも睡眠時間はとれている。しかし体内時計は狂ってきているし、精神的にもかなりきつい状態だ。
「セラはまだ、この世界にいるんだろうか」
迅雷の軌跡は? ライレスさんは? 公爵様は?
俺の家の周囲にいる警備兵に確認すればすぐにわかるんだろうけど、怖くて確認なんてできない。
『迅雷の軌跡に会いに行く』という書置きを残して消えたセラは、はたしてまだ無事なのか――家の玄関に彼女の靴がないのを確認するたびに、不安に押しつぶされそうになる。
だが、知らないほうがいい。消えたことを理解するぐらいならば、消えたのかわからないほうが何倍もマシだ。
「情報はシャットアウトだな」
そう呟いたところで、進行方向の先に黒い体躯のオオトカゲを発見した。
体長は4メートルぐらいだろうか? 人の頭ぐらいならかるく飲み込んでしまいそうな口と、俺の腕ぐらいの太さがある強靭な爪を持っており、その爪で攻撃されると数分間動きを阻害される麻痺毒に侵されてしまう。とはいえ、当たらなければ何も問題はない。名前を忘れてしまうほど、ドロップ品も強さも大したことのない魔物である。
右手に持った赤刀を握りなおして、躊躇いなく歩を進める。
落ち葉や枯れ枝を踏みしめる音に気付き、魔物がこちらを向いた。
最初はのそのそと――俺に近づくにつれて徐々にスピードを上げていき、そのまま突進してきた。
「はぁ……せめて戦闘に集中できれば、何も考えずに済むんだけどな」
魔物の前足を避けるついでに切りつけ、その場で回転しつつ賢者のスキル『身体強化』を発動。勢いを落とすことなくオオトカゲの首を刈り取った。魔物は呆気なく粒子となって消えていく。
職業が魔法職の賢者であるとはいえ、一撃で敵を絶命させることができたのは、指に嵌めた『腕力の指輪』と、『身体強化』のスキルのおかげだ。攻撃の瞬間に限り、俺のSTRは2段階上昇していることになる。
常時魔力を吸いとる身体強化のスキルも、必要な瞬間にだけ使用すれば消費魔力量は少ないし、コスパとしては最強だ。
またとぼとぼと、魔物を探して歩く。
「俺がベノムを倒すのが先か、俺以外の全人類が消えるのが先か――まぁ、間違いなく後者だな」
ベノムを単独討伐するステータスを整えるのには、どれだけ少なく見積もっても4年はかかる。今のペースで世界が壊れ続けるというのであれば、この世界には何もなくなってしまうだろう。
「問題は、何が消えて、何が残るのか――だよな」
独り言をつぶやきながら、再び出会ったオオトカゲを数秒で倒す。
「この異変の影響は受けていない俺は、たぶん残る。そしておそらく、ダンジョンも残るだろう」
他の国は消えたのにもかかわらず、そこにできる予定だったSランクダンジョンは俺の家の周囲に出現した。つまり、ダンジョンは消えない。
……というか、ダンジョンが消えてしまったらレベルを上げる手段が無くなり、いよいよベノムに勝てる望みがなくなるからそう信じるしかないのだ。ダンジョンが消えてしまった時のことを考えても仕方がない。
「ダンジョンと俺だけが残った世界とか……嫌すぎるんだが」
どんな地獄だそれは。俺は魔物を狩る機械じゃねぇぞ。
だけど、もしそうなったとしても――、
「ベノムを倒すことで世界が元に戻るってのなら、やるしかないよな」
一人で延々と魔物を倒し続ける未来を想像して、ため息を吐く。
この世界が俺もろとも消えてしまうのであれば、その時はその時だ。抗いようがない。
ただ、あの謎の声の主が言ったことから考えると、俺にはベノムを倒せる望みがあるのだろう。でなければ、『ベノムを倒してくれ』なんて言わないはずだ。
覇王ベノムを倒すためには、すべてのステータスボーナスを取得していないと厳しい。つまり、そのステータスを取得するまでの猶予はあると考えてもいいのではないだろうか?
「かといって、のんびりできる時間があるとは思わないけど」
最終的にベノムに挑む職業――魔王は当然100レベルまで上げるとして、他の聖者、霊弓術士、剣聖もステータスボーナスを取得するためにレベル90まで上げる必要がある。
それに加えて、魔王の転職に必要な職業――重騎士、賢者、魔道士の3つは、魔王に転職後もそのスキルを使うことができるため、レベル80まで上げてスキルを取得しておかなれけばならない。
レベル80になってようやく取得できるスキルだけあって、どれも強力なものばかりだ。
だけど。
「一番重要なのは、俺の技量なんだよな……」
テンペストは他のゲームに比べて、職業の数もスキルの数も少ない。
だからこそ、プレイヤーの技術によって大きな差が生まれるゲームだった。
一応、システムアシストをONにしておくと剣の振り方や体さばきをサポートしてくれるが、テンペストのトッププレイヤーたちは一人残らず完全マニュアル方式でプレイしていた。
システムアシストがいくら理に適った動きであるとはいっても、単調な攻撃など、俺を含むトッププレイヤーたちからして見れば『反撃してくれ』『躱してくれ』と言っているような動きでしかなかったからだ。
Aランクダンジョンぐらいの魔物にはそれで十分かもしれないが、Sランクダンジョンのボスやプレイヤー相手にはそんな生半可な攻撃は通用しない。
もちろん、覇王ベノムにも。
「テンペストをプレイしていた頃の自分を取り戻すだけじゃ足りない――強くならないと」
あの頃は『死んでも復活できる』という大前提があったからこそ、攻める戦いができた。
しかし今は違う。
自分の命が懸かっているのはもちろん、俺がベノムに負けたら、きっとこの世界は文字通り『終わってしまう』のだろう。誰も蘇らない、誰も救われない、誰も残らない。
「ははは……世界の命運を背負うとか、マジで勇者みたいだわ。違うから、俺はどこにでもいるただのニートですから。荷が重すぎるわバカ。俺なんかより訓練された自衛隊を呼んだほうが良かったんじゃないか?」
自暴自棄になりつつも、俺は一匹一匹確実に魔物をしとめていく。
どのような動きで魔物を倒すかを考えるよりも先に、身体が無意識に魔物を屠る。
「なんて――無い物ねだりをしても仕方がないか。それに、いくら訓練された人間とはいえ、剣と魔法のこの世界において――しかもこの『目』がある俺より強い奴なんて、そう簡単に見つからないだろ」
むしろ見つけてみろと言いたい。誰に? 知らんけど。
「ベノムを倒したらフェノンとセラに――ってこれはダメだ。フラグは立てないようにしておこう」
一人ぶつぶつと呟きながら、俺は密林の中を進んでいった。
いつまでも続く、黄昏時の中を。




