67 どんな家にしようか
公爵邸に帰宅した俺たちは、さっそくマーガス公爵に『家を街の外に建築する許可』を貰うために直談判をした。
この世界に建築基準法のような細かい法律があるとは思えないが、街の外ではダンジョン付近ぐらいにしか建物はないし、一般的でないことは確かだ。きっと何かしらの決まりがあるのだろう。
しかし、その心配事は杞憂に終わった。
少しは渋られたり紆余曲折があるかと思われたが、ドラグ様は二つ返事で了承してくれたほか、警備の兵を貸しだそうかと提案までしてくれた。
どうやら、彼の頭の中ではまだエリクサーの件が引っかかっているらしい。ドラグ様が申し訳なさそうな表情をしなかったら、すっかり忘れていたぞ。
「建築業者もローレンツさんが呼んでくれたし、それまでに軽く全員の要望をまとめておこうか」
ドラグ様に応接室を貸してもらい、そこで俺はパーティメンバーである3人に向かって言った。
大まかな希望はなんとなく聞いているが、細部まで話し合ったわけじゃないからな。
いざ間取りを決めようとした時に、アレは嫌だコレは嫌だと揉めたら面倒だ。
キッチンスペースは料理をしてくれるシリーとセラに任せるとして、俺が言及したいのは風呂! そして建物の大きさ!
日本の一般的な家庭で育ってきたからか、俺は生活空間が広すぎると逆に落ち着かないことが判明した。
もちろんこの世界の全ての家屋が大きいわけじゃなくて、王城や公爵邸など、裕福な家柄の人が住む場所に限られると思うのだが、俺やセラは裕福といって差支えのない額を所持しているし、フェノンに至っては王族だ。
俺がここではっきりと『家は小さく!』と言っておかなければ、バカでかい家が建築されてしまいそうな気がする。
「風呂は香りの良い木材を使った大きめのモノがいいな。それから用途が意味不明な部屋は極力排除。あと、俺の部屋は小さくしたい」
さっそく、先陣を切って要望を伝える。
セラとフェノンは頷きながら俺の話を聞いてくれて、シリーは小さく俺の言葉を復唱しながらメモを取っている。
「部屋数は俺たち4人の部屋と、リビングとダイニング、それから応接室、来客用の寝室は二部屋あれば十分だろ」
どうせ来るとしても迅雷の軌跡ぐらいだろうし。彼らの部屋は男女別にできれば問題あるまい。
俺がそう言うと、フェノンが元気よく挙手して発言の許可を求めるように目をキラキラさせる。
別に俺が司会進行をしているわけじゃないんだから、勝手に意見を言っていいんだがな。
「なんだ? フェノン」
「エスアールさんと私の寝室は一緒ではないのですか?」
「ぶふっ――! べ、別々に決まってるだろっ! フェノンはれっきとした王族なんだし、そんな安易に男と同じ部屋で寝ようとしてはいけません!」
なんだか子供に説教する時みたいな口調になってしまった。動揺してしまっているのかもしれない。
「他の男性ならもちろんお断りしますが、これはエスアールさんと私の話です」
『だから問題ありませんよね』とでも言いたげな表情で、フェノンは言った。
問題ありまくりだわバカ。自分の立場を考えて発言しろ。
王女様の前のめりな発言に俺が顔を引きつらせていると、思わぬところから助け船がやってきた。彼女の古くからの友人――セラだ。
「フェノン。お前は婚姻を結ぶ前の王女なのだぞ? たとえ何もなかったとしても、一緒のベッドで寝るとなると『責任を取れ』と言っているようなものではないか。エスアールの気持ちもしっかりと汲んでやれ」
セラは落ち着いた口調で、我が娘を諭すように言った。
仲良しとはいえ、ダメなところはきちんと指摘する――第一王女相手にこんなことを言えるのは、おそらくこの世界でも手の指で数えられるぐらいしかいないだろう。
しっかりとした一面もあるんだな――そう感心したのも一瞬だけ。
「というわけで、私はエスアールの隣の部屋で寝ることにする」
「――ん?」
話のつながりがまったく見えなくて、思わず聞き返してしまった。聞き間違えじゃないよな?
セラに視線を向けると、彼女は落ち着きなく視線を泳がせる。なぜか顔はニヤニヤとしていた。
「わ、私はエスアールの元弟子だからな。戦い方やダンジョンの攻略について色々聞くことがあるかもしれないし、隣の部屋のほうが都合がいいだろう。エスアールの部屋にお邪魔して、夜遅くまで質問するかもしれないな――お、お酒が入っていたら、そのまま寝てしまう可能性も否定できない! そこがたまたまエスアールのベッドの上――なんて可能性もあるが、貴方は何も気にしなくていいからな!」
…………。
…………うん。
内容は理解できた。
それはいいが、なんでそんなに早口なんだよ。頭の中で整理するのに時間が掛かったわ。というか酒を飲んだ状態で質問しても、次の日にはどうせ忘れてるだろお前。
「その時は客間で寝る。後からベッドが臭かったとか言うんじゃないぞ」
今の身体は若いから大丈夫だと思うが、日本での俺は加齢臭を気にし始めるお年頃だったんだからな。もし臭いなんて言われたら、その日の夜は枕を濡らすこと請け合いだ。
「――あ、いや、そう……だな」
俺の返答を聞いたセラは、途端に勢いを無くし身体を縮ませる。興奮したり静かになったり忙しないな。
もしかすると彼女は、フェノンと同じように俺と一緒に寝ようとしていたのでは?
なんてことも想像したが、俺の歩んできた非モテ人生がその可能性を即刻削除した。
王女様は確かに『命の恩人効果』のおかげで俺に好意を抱いているようだけど、セラに対して特に何もしてない――気がする。
確かに指輪はあげたけど、あれ装備品だしなぁ。
結局、俺の部屋はフェノンとセラに挟まれるような配置になったのだが、今度は俺のベッドをどこに置くのか――という話し合いが始まってしまった。俺抜きで。
ベッドなんてどこでもいいだろ……なんでお前たちは人のベッドの位置を決めるのにそんな真剣な表情ができるんだ。そしてその話し合いに俺が参加していないのはどういうことだ。
ため息を吐きながら論争を繰り広げる二人を見ていると、傍観の姿勢を保っていたシリーが「あの」と、恐縮した様子で小さく手を上げた。
まさか彼女も俺の部屋の近くがいいだとか言い出さないだろうな……?
そう思い、ビクビクしながら「どうした?」と問いかけた。フェノンとセラの二人も、会話をストップしてシリーに目を向ける。
「寝室から全然話が進んでないんですが……そろそろ建築業者さんが来ちゃいますよ?」
「「「あ」」」




