59 『剣聖』の価値
武闘大会が終わり、その2日後。
俺は迅雷の軌跡とセラ――それからレグルスさんを家に招待した。
昨日はセラが家族でパーティをしたらしい。おそらく、武闘大会で活躍したからそのお祝いだろう。妹に負けたとはいえ、レイさんも一応個人戦優勝だし、家族としてはさぞ嬉しかったに違いない。
一方俺のほうは、朝早くにフェノンさんとシリーさんが家に来訪したので、2人とのんびりお茶しながら話をしていた。
武闘大会の話はもちろん、今後の予定についても話し合った。他所では言えない内容を多分に含んだ話である。
本当なら、これからのことに関しては迅雷の軌跡やセラを含めて話したほうが手っ取り早いのだが、セラはともかく、シンたちは王女様と親しいわけじゃなさそうだし、別々のほうがお互いに話しやすいはず。
それで今日は、フェノンさんシリーさんを除いたいつものメンバーに集まってもらったわけだ。
レグルスさんは『いつものメンバー』というほど共に過ごしているわけではないが、すでに秘密を共有している状態だし、色々と相談もしやすいから呼ばせてもらった。
俺が『職業について追加情報を出す』という名目で招待したからか、座り心地のいいはずのソファに腰掛けているにもかかわらず、一名を除き彼らの身体は強ばっているように見えた。
「もっとリラックスしていいんだぞ? これじゃフェノンさんたちと別にした意味がないじゃないか」
「そうは言うがな……お前さんの口から出てくる話はある程度心の準備をしとかないと、精神的にキツい」
「ですです。楽しみという気持ちも当然ありますが」
「――恐ろしさのほうが勝っちゃうわよねぇ」
俺の対面にいる迅雷の軌跡が引きつった表情で答える。
フェノンさんやシリーさんも、俺がこの話をしたら目を白黒させていたからなぁ。
この場の最年長であるレグルスさんはというと、彼は俺の右隣に座っている。俯き、そして顔を手のひらで覆いながら呟いた。
「やっぱり俺も聞くべき……なんだよな?」
まるで独り言のような問いかけである。
「ギルド関係者に知ってもらっておいたほうが動きやすそうですからね。レグルスさんはその中でもトップの座にいますし、貴方が事情を知っていてくれたら、俺としては助かります」
「また陛下にも言えない類の内容なのか?」
「いずれは告知しますよ。迅雷の軌跡がね」
彼らには『先駆者』の名に恥じぬ働きをしてもらうからな。俺の代わりに存分に目立ってくれよ。
シンが「それは別に構わないが」と苦笑しながら答える。いい心掛けだ。
「とりあえず、今のところは他言無用ということでお願いします。ではさっそく本題に入りますね」
俺がそう言うと、迅雷の軌跡とレグルスさんは息を呑む。
ただし、なぜかセラは俺の家に来てからずっと堂々としており、話を始めようとしている今も緊張する様子はない。
武闘大会により自信が付いて、多少のことでは動揺しなくなっているとかだろうか? 理由がどうあれ、俺としては話しやすいが。
「今まで皆さんは下級職、上級職、そして派生上級職という言葉を使ってきましたが、そう呼ぶのは今日で終わりです。これからはそれぞれ一次職、二次職、派生二次職と呼ぶようにしてください」
俺の言葉に、セラがキョトンとした表情をする。
だが、他の4人は早くも勘づいたようで、それぞれ目を丸くしたり、口をあわあわと動かしたりと、声に出さずとも身体で驚愕を表現していた。
一番に言葉を発したのはスズ。
彼女は口をひくつかせながら「まさかとは思いますが」と前置きをしてから問いかけてきた。
「上級職の更に上――三次職があるですか?」
スズを含め、シンやライカ、レグルスさんが強ばった表情でこちらを見る。セラはポカンとした顔で俺の事を見ていた。
「そういうことです。さすが皆さん、理解が早いですね」
敢えて言及はしないが、『皆さん』の中に含まれない人物が一名いる。誰とは言わないが――赤い髪の人物だ。
「おいおいおい……マジかよ」
「派生上級職――いえ、派生二次職の時も驚いたけど、またこんなに驚くことになるとは思わなかったわ」
「やはり聞かないほうが良かった……」
シンたちが三者三様の反応を示したあと、ようやく『皆さん』から除外されていた人物が声を上げる。
「つまり、超上級職ということか――っ!」
いやそうだけどさ。そこは三次職で統一しようぜ。
彼女に覇王のことを話したら『超超上級職』とか言い出すんじゃなかろうか。うん、言いそうだな。
それはさておき。
「シンたちには三次職になるための下地を整えてもらいながら、Aランクダンジョンを踏破してもらう予定だ。それから三次職に転職してから、Sランクダンジョン――って流れだな。というわけで――」
俺が具体的な話をしようとすると、シンが「待て待て!」と慌てた様子で声を掛けてきた。聞こえなかったのか?
「お前さんっ! 今なんて言った!?」
「シンたちには三次職になるための下地を整えてもらいながら、Aランクダンジョンを踏破してもらう予定だ」
一言一句違わない内容を口にした。だが、シンは納得いっていない様子で前のめりになる。
「そのあとだよっ!」
「三次職でSランクダンジョンに向かってもらう。さすがにAランクダンジョンだけじゃ三次職のレベル上げはきついぞ? 二次職と違って上限は100レベルだしな」
「ストップです! エスアールストップです! 情報量が多すぎるです!」
「もう勘弁してくれ……俺は陛下になんと言えば……」
おおう……なんだかヒートアップしてきたな。
セラは思考停止してしまっているし、レグルスさんに至ってはもう泣きそうだ。
落ち着いて、一つずつ疑問を解決していくことにしようか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
この世界にはまだSランクダンジョンが存在していない。
それもそのはず――Sランクダンジョンの出現条件である『Aランクダンジョンの踏破』を誰も成し遂げていないからだ。
彼らが慌てた理由は、聞いたことのないダンジョンの話を俺が急に始めたかららしい。すっかり失念してたわ。
彼ら5人に向けておおまかなSランクダンジョンの説明を終えると、俺は本日のメイン――もとい、一番厄介な話をすることにした。嫌なことは先に終わらせておきたい。
俺が「あー」だとか「えー」だとか言って、どう伝えようか悩んでいると、セラが自信に満ちた表情で、俺の肩に手を置いた。
「私を信用しろエスアール。どんなに非常識で、荒唐無稽な内容であろうと、受け止めてみせよう。なんといっても、私は第二の剣聖と言われている女だからな。これしきのことで動揺などしない」
ふふん――と笑みを浮かべながらセラが言う。
違うんだセラ。問題は話す内容じゃないんだよ。
もっと単純で、そしてお前だけを絶望に突き落とすものなんだ。
「さすが剣聖様だな。お前さんが緊張していなかった理由はソレか」
「ふふ――剣聖の名に恥じぬ振る舞いを心掛けようと思ってな」
やばい。自ら傷口を広げていくスタイルだわこの子。
俺の言葉が致命傷になる前に、早く話をしないと。
「セラ、シン、ライカ」
俺は至極真面目な表情と声音で、3人の名前を呼ぶ。
彼らは一様に口を閉ざし、視線をこちらに向けた。
「三次職へ至るには二つ条件がある。まず一つ目――三種類の規定職業をレベル60に上げることだ。お前たちに目指してもらう職業は、剣豪、豪傑、武闘剣士がその規定職業に当たる」
シンとライカは、なるほど――といった様子で静かに頷く。
いま俺が言った3つの職業は、俺の指示により既に30レベル以上まで上げているからだろう。
「剣聖に相応しい職業か――超剣士……? いや、ちょっと違うな……」
 
セラは一人妄想の世界に入り込んでしまっている。このまま放置したい気持ちもあるが、そうも言ってられまい。
俺は先程セラにされたように、肩に手を置いてから「心して聞けよ」と言った。
「お前たちに目指してもらう職業は――『剣聖』だ」
俺がそう口にすると、一瞬にして部屋の空気が凍りついた――ような気がした。
セラぁああああああああああっ(´;ω;`)ウッ…
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