5 Fランクダンジョン
ダンジョン内へと入った俺は、空から降り注ぐ日差しに顔を顰めつつ、インベントリからショートソードを取りだした。
ダンジョンの中では外の時間などお構い無しに、さんさんと太陽?が輝いている。
「ここは草原タイプだったか」
この世界に存在するFランクダンジョンは、全てサッカーコートと同じぐらいの広さだ。草原タイプ、海辺タイプ、洞窟タイプ、遺跡タイプなど、内部の種類は豊富に揃えられている。
パッと見ると、地平線の彼方まで青々とした草原が広がっているように見えるが、目をこらすと、シャボン玉の膜のような、虹色に反射する結界が張られていることがわかる。魔物も俺も、その結界より外には出られない。
ダンジョンの景色を眺めていると、ぷよぷよとした水色の物体が、跳ねながらこちらへと近づいてきた。ファンタジー世界の定番――スライムだ。
大きさは人の頭と同じぐらい。半透明で、跳ねる度に形が変わっている。
そういえば、この奇妙な生物の絶妙な可愛さに魅了されたプレイヤーたちが、なんとかしてダンジョンの外に出せないか試行錯誤していたなぁ。結局無理だったんだけどさ。
「――ふんっ!」
かけ声と共に、スライムをサッカーボールのように蹴り飛ばした。俺はこの軟体生物を特に可愛いと思わない派のプレイヤーだった。慈悲はない。
『ピギャッ』という断末魔の悲鳴とともに、スライムは10メートルほど飛んでいく。何度か地面で跳ねた後、粒子となって呆気なく消滅した。俺の手には役目のなかったショートソードが握られている。
「よく考えたら……スライム相手に武器を使うことはないよな」
いや、それどころか2、3階層も蹴りだけで大丈夫だわ。確かウサギとイモムシみたいな魔物だったし。サイズはどちらも小型犬ぐらいだったか?
張り切ってインベントリから取りだしたショートソードを再び収納し、俺は体の感覚を確かめながら、出現しているスライムを全て狩りつくし――もとい、蹴り尽くした。
懸念の一つであった『魔物がゲームより格段に強くなっている』ということはなさそうだ。
倒したスライムの数は10。
ゲームと同じであれば、Fランクダンジョンは5階層までずっとこの数の魔物が出現するはず。
そして、その階層にいる全ての魔物を倒すと、ウィンドウが出現するのだ。
「よしよし、ゲーム通りだな」
最後のスライムが完全に消え去った後、報酬であるFランクの魔石が現れた。そして出現したウィンドウに、『帰還』と『次の階層へ進む』の選択を迫られる。
「この調子でパパっと済ませるか。Fランクダンジョンはチュートリアルみたいなもんだからな」
ウィンドウの『次の階層へ進む』をタッチすると、光が俺を包みこんでいく。次の階層への転移が始まった。
さて、現実となったゲームの世界を、この調子で検証していこうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
3階層にいる石つぶてを吐き出すイモムシ野郎を駆逐し終えた俺は、次の階層へ行く前にステータスの確認を行なっていた。
合計30体の魔物を倒し、レベルは2つ上昇して3になっている。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰剣士
レベル︰3
スキル︰――
「うーん。やっぱり細かい表記は出ないんだなぁ」
顎に手を当てて、唸る。
この世界の人たちは、さぞ分かりづらいことだろう。いずれ一緒に探索する仲間とかができたら、事細かに教えてあげたい。みっちりと教育してやるのだ。
ちなみに、俺の知識を基にステータス表記をすると、このような感じになる。
☆ステータス☆
名前︰SR
年齢︰18
職業︰剣士
レベル︰3
STR︰F
VIT︰F
AGI︰G
DEX︰G
INT︰G
MND︰G
スキル︰――
STRは物理攻撃、VITは体力や物理防御、AGIは敏捷、DEXは器用さ、INTは魔力攻撃や魔力量、MNDは魔法防御をそれぞれ示している。
STRなどのステータスは、レベルが10上がるごとに更新されるため、現在の俺は何も上昇していない初期の状態である。STRとVITがFになっているのは、それが剣士の元のステータスであるからだ。
「無いものねだりしてもしかたないか。ひとまず、次の階層からは少し気を引き締めるとしよう」
4階層にはこれまた小型犬サイズの魔物が出現する。姿は大きなトカゲ。なぜ俺が気を引き締めるかと言うと、こいつは火の魔法を放ってくるのだ。
といっても、口から吐き出される火の玉はテニスボールぐらいの大きさだし、スピードも速くない。ただ、俺のMNDは最低値である。所詮はFランクダンジョンの魔物だから、致命傷に至ることはないだろうけど、被弾すればかなり痛そうだ。
「意外とあのトカゲは、感覚を取り戻すのにちょうどいいかもな。イモムシの石つぶては、弱すぎて緊張感に欠けるし」
子供が石を投げても、もうちょっと威力がありそうなぐらいだ。脅威にはなりえない。
VRMMOテンペストにおいて、俺の専売特許は回避だった。
テンペストをプレイしていた他のトッププレイヤーたちも『あれはSRにしか無理』と太鼓判を押してくれていたし、この世界でもきっと俺の武器になってくれるだろう。
ゲームの雑談掲示板では、俺の戦いを見たプレイヤーが『神回避ならぬ紙回避』と言っていたそうだ。なんだかバカにされているような気がしないこともなかった。
4階層。
予想通りの魔物がうろつく草原で、俺はようやくインベントリからショートソードを取りだした。
スポーツをしに来ているわけではないのだから、そろそろ戦闘らしい戦闘もこなさないとな。
こちらに気づいたトカゲの魔物は、バタバタとこちらに駆け寄ってきて、大きく口を開く。
「――ガァッ!!」
鳴き声とともに、火の玉が俺の顔目掛けて飛んできた。
よしよし、見た目に若干の差異はあるけど、ほぼゲームと一緒だな。
迫りくる火の魔法を前に、俺はしゃがむでもなく、横に避けるでもなく、火の玉目掛けて走りだした。
火の玉まで残り3メートル――1メートル――――20センチ。
そこでようやく回避を始める。といっても、顔を少しずらすだけだ。それだけで、火の玉は俺に触れることなく、背後へと通り過ぎていく。火の玉から発せられる熱気だけが頬を撫でた。
「――ふっ!」
俺は突っ込んだ勢いそのままに、トカゲの頭にショートソードを振り下ろす。その一撃で、トカゲは絶命――光の粒子となって消えていった。
「うーん……やっぱり、なんか違うんだよなぁ。元のステータスからの落差が大きいってのもあるだろうけど、やっぱり現実の身体だからか……?」
火の玉と俺の顔がすれ違った時、その間には5センチも距離があった。不甲斐なくて泣けてきそうだ。
「このままじゃBランクダンジョンの踏破どころか、Cランクすらも不安になりそうだし。不安材料は取り除いておくべきだよな」
俺はぼっち特有のスキル――『独り言』を駆使しながら、4階層での特訓を開始した。
火の玉を回避し、ショートソードで仮想の敵を切り裂く――そんな訓練を時間を忘れてひたすらに続けた。ダンジョンの魔物は、俺たち人間と違って魔力切れを起こさないから、訓練相手としては最適だ。
結局、4階層、5階層をクリアし、ボスの狼の魔物を倒し終えたのは、深夜2時を過ぎた頃だった。ゲームしている時もそうだったが、楽しいことをしているとついつい時間を忘れてしまう。覇王ベノム戦がいい例だ。
ダンジョンから出ると、入口に設置してあった個室の中は無人になっていた。さすがにもう帰宅しているらしい。俺もさっさとかーえろ。
「早く宿屋に行って寝よ。明日――というか今日か。ギルドに9時に来てくれって言ってたな」
時計と一緒にアラーム機能も付けてほしかった。寝坊したらレグルスさん、怒るだろうか。
「そう言えば、俺の話は結局どうなったんだろうな? 一騎打ちさせてくれとか言っちゃったけど」
彼らを納得させるためには、一騎打ちが手っ取り早いと思ったのだが、よくよく考えると『調子に乗った新人』そのものである。特にレグルスさんには、面倒な奴が来たとか思われてそうだ。
俺としては、一度痛い目に遭わせて自信を砕いたほうが良い――なんて結論になってくれていたらありがたいが。
相手方は、自信を砕かれるのは自分らのほうだなんて、微塵も思っちゃいないだろうけど。