49 王都へ
武闘大会前日。
今日はダンジョン探索のない移動日だ。
ライレスさんや、模擬戦の審判をしてくれた受付嬢など、お世話になった人たちには昨日のうちに別れの挨拶を済ませており、残すは公爵家のみ。旅立つ準備は万端だ。
「一ヶ月間お世話になりました。おそらくまたすぐ来ることになるとは思いますが、その時は別で家を借りようと思っていますのでご心配なく」
わざわざ街の入り口まで見送りに来てくれたドラグ様と執事長のローレンツさん。
家の前で十分だと言ったのに、ドラグ様に『せめてこれぐらいはさせてくれ』と頭まで下げられてしまったから、仕方なくだ。
初めは王都まで送るなんて言っていたから、お互いに譲歩した形となったわけである。
奥さんや娘さんたちとは家の前で別れたのだし、ドラグ様たちもそれに合わせてくれたら良かったのに。
「世話になったのはこちらのほうだ。例の薬の件、本当にすまなかった――そしてありがとう」
ドラグ様は周囲の目があるのにもかかわらず、頭を下げた。
街の人がざわざわしてるから止めてください。
「エスアール殿が望むのであれば、いつでも来てくれて構わない。歓迎しよう」
彼は顔を上げ、俺に右手を差し出してくる。
一か月前と違って、その手は偽物ではなく血の通った本物の手だ。
「ようやく本当に握手ができますね」
「エスアール殿のおかげだよ。この恩は生涯忘れないと誓おう」
俺が出会うお貴族様は、だいたい腰が低いな。すぐに頭を下げる人たちばかりだ。
権力者がそれでいいのかと問いたくもなるが、それだけの事を俺がしてしまっている気もするし、深くは追及しないでおこう。街の人も遠くから物珍しそうな視線を向けていたし、滅多にすることではないはずだ。
俺は差し出された温かみのあるドラグ様の手を握って、2人に向かって「また会いましょう」と別れの言葉を告げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
朝方にレーナスの街を立って、行きと同じく馬車に揺られる。
盗賊に襲われることも無ければ、魔物に襲われている美少女を助けるなんてイベントもない。そもそもこの世界ではダンジョン外に魔物は生まれないからな。
馬車の中の座席も行きと一緒で、俺の隣にセラ――向かいにはフェノンさんとシリーさんが座っている。少しだけセラが俺と距離を取っているようにも感じるが、わざわざ指摘する必要性も感じないので、気にしないことにした。
セラの左手の中指には器用の指輪が嵌められており、時折彼女は愛おしそうにその指輪を撫でている。
「武闘大会が終われば、フェノンさんたちにも活躍してもらいますからね。最初はCランクダンジョンで肩慣らしをしましょうか」
当初の予定ではしばらくの間Cランクダンジョンで活動しようかと考えていたが、セラが予想以上の成長を見せてくれたので、予定変更。
俺はこのパーティの主戦場をBランクダンジョンとすることにした。
王都のCランクダンジョンで戦闘に慣れたら、レーナスのBランクダンジョンでレベル上げをしながら指輪を集めるつもりだ。
「いよいよですね……最初は足を引っ張ってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします」
「わ、私も頑張ります!」
フェノンさんはやる気を示すようにぐっと拳を握りしめ、シリーさんはブンブンと頭を上下に振る。
彼女たちには、ここのところずっと暇をさせてしまっていたからな。やる気がみなぎるのも当然と言えば当然か。
魔物を直接倒すことはなかったが、彼女たちのステータスは予定通りしっかりと上昇している。もちろん、俺やセラも強くなった。
フェノンさんは重騎士と結界術士を。
セラは武闘剣士と神弓士を。
そして俺は豪傑と重騎士のレベルをそれぞれ30まで上げて、プレイヤーボーナスを2つずつ獲得している。
シリーさんは俺たちと違って一次職のレベル上げから始めたので、周りと比べると少しペースが遅く、魔弓術士はレベル30まで上げられたが、次にレベルを上げ始めた魔道士はまだレベル30に達していない。
ゆくゆくはこの程度誤差になるはずだから、今は特に気にしなくてもいいだろう。
「とりあえず、武闘大会を終わらせてからですね――頼んだぞセラ」
俺の言葉に、彼女は苦笑いで応じる。
「私は強くなった――それは自分でも感じているが、レイ兄さん……兄には一度も勝ったことが無くてな。正直なところ、不安が大きい」
「心配するな。セラは十分強くなってるから」
ちょっと強くなりすぎた気もするけど。
「……そう、そうだな。師匠の顔に泥を塗るわけにもいかないし、全力で勝利を目指すよ」
「……やる気があるのはいいことだが、ほどほどにしとけよ? 今のセラ、シンより強くなっていると思うから、それを踏まえたうえで戦うんだぞ? 下手したら兄さん大怪我するからな」
俺がそう言うと、セラは目を丸くして俺の目を見つめる。
「……私が、シンよりも?」
「俺の見た感じだと、8割がたセラが勝つだろうな。シンもステータス面では強くなっているが、セラはそれに加えて技量もかなり向上してる。正直、異常だぞお前」
「ははっ、師匠には言われたくないな」
「おいこら、俺の実力は努力の結晶だ」
ゲームにどハマりしていただけなんだが、それは黙っておこう。
頑張ったのは事実だし――嘘はついていないからな。
すまないすまない――と、セラが笑いながら言うと、フェノンさんが会話に入ってきた。
「本当にセラは強くなったわ。あなた以上に強い人、騎士団の中にはいないわよ。何度も訓練風景を見たことがあるから、自信を持っていいわ」
「ありがとうフェノン」
「まぁ、エスアール様の足元にも及ばないけど」
「褒めるなら最後まで褒めてくれよ……」
やれやれといった様子でセラが肩を竦める。俺もどう反応していいかわからないから「ははは」と乾いた笑いを漏らした。
その後、行きと同じぐらいの時間を掛けて、俺たちは約1ヶ月ぶりに王都へと舞い戻ってきた。レーナスに到着した時と一緒で、空が暗くなり始めた頃だ。
たった1ヶ月しか離れていないというのに、随分と懐かしく感じる。
少し変わったセラとの距離感、そして大きく変わった彼女の力。
この国の人はもちろん、迅雷の軌跡たちもセラの試合を見て驚いてくれることだろう。期間限定の師匠とはいえ、鼻が高い。
さぁ、武闘大会が始まる。