3 貴族の権威
王城を出て、俺は城下町へとやってきた。すでに辺りは薄暗くなってきている。メニューから時刻を確認すると、すでに午後7時を回っていた。
街灯と月?明かりによって照らされた街並みも、行き交う人々も、ゲームとは少し違って見える。
やはりシステムで作られたモノとでは違いがあるようだ。当たり前か。
窓ガラスに反射した俺の姿は、見慣れたSRのアバターを、現実世界に呼び出したような感じだった。
新鮮な気分を味わいつつ、目指すのは宿屋。王女様のことを考えると、あまり時間を無駄にしたくない。そのため食事も一緒に摂れる宿屋を探した。
見つけた宿屋は一泊500オルで朝食付き。追加でお金を払えば夕食も食べられるようだった。
30日分の料金を先払いして鍵を受け取ると、俺はろくに部屋を確認することもせず探索者ギルドを目指した。
「過保護なんだよなぁ」
俺が陛下や宰相に、探索者として生計を立てる旨を伝えたら、猛反対を受けた。危険だとか、お金で不便な思いはさせないとか――そんなヒモへの誘惑で釣られそうになったが、俺は断固として探索者になると伝えた。
理由としては王女様のことが一番――というわけではなく、そもそもこの世界で探索者になる以外の選択肢など、俺には考えられない。ダンジョンに潜ってなんぼの世界だ。
王女様の件が落ち着いたら、異世界の話をゆっくりとお話ししますから――と、なんとか二人を説得することに成功。まさに過保護な親のような感じである。
「早くダンジョンに行きたいんだけどなぁ」
ダンジョンに潜るためには、ライセンスが必要になる。
そのライセンスを発行している機関が、探索者ギルド。この場所ではライセンスの発行の他に、ドロップ品の買取、納品依頼などを請け負っている。
俺はゲームでの知識を基に、迷うことなく探索者ギルドに到着した。
日本で見る、役所みたいな雰囲気の建物だ。建物の中に入ると、左手に酒場、右手に窓口、二階は資料室になっている。これはゲームのままみたいだな。
仕事終わりに呑んでいるのか、酒場はやたらと騒がしい。俺はそちらに目もくれず、窓口に向かって歩を進めた。
「登録したいんですが」
暇そうにしていた受付嬢に声をかける。
彼女は俺が声を掛けると、いかにも『別にサボってませんよ!』と言いたげに背筋を伸ばし、手元にあった資料をトントンと纏めた。
「登録ですね。ライセンス発行手数料として、1000オル頂きますがよろしいですか?」
「はい」
インベントリからお金を取り出し、カウンターの上に置く。お金を受け取った受付嬢は、代わりに登録用紙とペンをこちらに差し出した。
パパっと必要事項を埋めていく。
異世界と言えども、元がゲームの世界であるため、全て日本語だ。
職業の欄には、一次職の1つである剣士と書いた。探索者ギルドに到着する前に、ステータス画面からぱぱっと職業を選択しておいたのだ。
どうせ3日もすれば拳闘士になっているだろうから、職業をいまここで記入する意味がわからないけど、書けと言われたら素直に書くさ。
「いくつか質問があるんですが、少し時間を頂けませんか?」
書いた紙を受付嬢に渡しながらそう問いかける。
彼女は登録用紙をチラっと見てから、笑みを浮かべた。
「お名前は、エスアールさんですね。はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ではまず――」
それから、俺は彼女に質問を浴びせまくった。
何故Bランクダンジョンすら踏破できないのか、その理由が知りたかったからだ。
魔物がゲームとは違い、凶悪なのか?
彼らの言うBランクダンジョンは、本当に俺の知っているBランクダンジョンなのか?
それとも別に何か理由があるのか?
それらの疑問を解決するため、俺は細部に至るまで彼女に確認し続けた。
俺がこの現状に納得したのは、およそ1時間後。受付嬢はすっかり憔悴した様子だった。
「そりゃ、Bランクダンジョンもクリアできないわ……」
苦笑いを浮かべながら、ため息と共に小さく呟いた。
ひどい。あまりにひどすぎる。
決して、この世界の人々が悪いわけではないが。
ただ、色々な要素が噛み合って、このどうしようもない現状が出来上がってしまっていた。
VRMMOテンペスト。
このゲームにおいて、一番重要なのは何か? そう問われたとしたら、俺は即座に『レベル上げ』と答えるだろう。
各職業ごとにレベルが存在し、それらをガンガン上げていくことにより、新たな職業を選択できるようになり、ステータスもそれに合わせて上昇していく。
例えば、最初に剣士の職業を選んだとしよう。
一次職の最大レベルは50。レベルアップにより剣士のステータスが上昇するのとは別に、レベル30になると『プレイヤーボーナス』というステータスアップがある。
このプレイヤーボーナスは、剣士から他の職業に転職した後も引き継がれる、文字通り『プレイヤー』自身に与えられるものなのだ。
だから、各職業満遍なくレベルを上げるのが基本なのに、この世界ではステータスが見えない。すなわち、プレイヤーボーナスに気づけない。
そのため、比較的簡単にレベルが上がる一次職を放っておいて、すぐに剣豪などの二次職に付いてしまい、そちらのレベル上げに取り掛かってしまう。
なんとまぁ……非効率的な。
だけど、これは俺には関係のないことだ。
レベルの表記はあるし、どの職業をどのレベルまで上げればいいのかを知っているのだから。
問題があるとすれば、もう一つの要因だった。
「どうにかして、一次職――下級職でもEランクやDランクダンジョンに入れるようにはできないんですか?」
どうやらこの世界では、一次職の事を下級職、二次職のことを上級職と言っているらしい。
幻の四次職『覇王』はもちろん、派生二次職も三次職も知られていないようだ。彼らに合わせて、一次職を下級職と呼ぶことにする。
「すみません、規則ですので……この規則ができる前は、Eランクダンジョンでの死者がかなりの数いたのです。探索者さんたちを守るためなんですよ」
「それは、わかりますけど……」
このゲームでは魔物に負けるということは、すなわち死を意味する。俺もEランクダンジョンで何度も死んだ経験があるからこそ、彼女の言い分に上手く反論はできなかった。
しかし、Fランクダンジョンでレベル上げなんてしていたら、1ヶ月でBランクダンジョンの踏破など無理だ。どう足掻いても不可能だ。
まずい、このままではまずいぞ。
何か裏技的な方法がないかと考えを巡らせていると、隣の窓口から怒声が聞こえてきた。
「だから何度言ったらわかるっ! Bランクダンジョンに行かせてくれっ! 時間がないんだっ!」
俺は対応をしてくれていた受付嬢と共に、視線を声のする方に向ける。
そこにはビクビクとした表情で肩を縮めている職員と、真っ赤なロングヘアーが特徴的な探索者らしき女性がいた。どうやら、赤髪の女性が受付嬢に文句を言っている様子。
「も、申し訳ありませんセラ様っ! き、ききき規則というよりも、Cランクダンジョンの踏破をしなければ、ダンジョンの仕組み的にBランクダンジョンに入ることは無理なんです」
「そこをどうにかしてくれと言っているんだっ! 私を誰だと思っているっ!」
聞こえてきた会話から考えて、どうやら女性は、まだCランクダンジョンを踏破していないけれど、どうにかしてBランクダンジョンに入りたいらしい。
確かに、それは無理だ。
Cランクを踏破した記録があるライセンスを所持していないと、Bランクダンジョンの転移機能が働かないはず。しかもライセンスは、本人以外使用することができないため、貸し借りも不可能だ。
「あれ、放っておいて大丈夫なんですか? 受付の女性、泣きそうですけど」
「た、助けたいのは山々なんですが、お相手がセラ様では……先程職員の1人が裏に走っていったので、おそらくギルドマスターが来てくれるはずです」
こそこそと顔を近づけてそんな会話をしていると、赤髪の女性のもとに、男一人、女二人の三人組が酒場のほうから近づいてきた。
腰に剣を下げた爽やかそうな金髪の男に、教会のシスターが着ているような服装の女性、そして身軽そうなビキニアーマーを身に着けた女性だ。
「揉め事か?」
そう短く問うのは、金髪の男。
悔しくてたまらないが、イケメン。お願いだから滅びてくれ。そうすれば俺が繰り上げ式にイケメンになれるから――と思ったけど、よく考えたら俺のアバターも中々にイケメンだったな。よし、今日のところは見逃してやろう。
金髪イケメンの声に、赤髪の女性が勢いよく振り返る。
「――っ! シンっ! 貴様には関係ないだろうっ!」
「関係あるさ。せっかく楽しく呑んでいたのに、お前さんの罵声のせいで気分が悪くなっちまった。どうせ俺たちのパーティに入れなかったから、今度はギルドに助けてもらおうとしてるんだろ?」
「うるさいっ! お前たちに構ってる暇などないっ! 失せろっ!」
「……はぁ。あのなぁ、俺たち3人は全員がBランクのライセンスを持ってるし、歴も長い。お前さんはCランク。いくら伯爵令嬢だろうと、ここじゃ俺たちのほうが立場は上だぞ。先輩に向かって『失せろ』はないんじゃないか」
金髪の男は、やれやれと言ったように肩を竦める。赤髪の女性は威嚇する猫のように目を吊り上げて憤慨していた。
へぇ。
赤色の髪の女性は、お貴族様なのか。俺の想像する貴族って言うと、おしとやかで清楚な『うふふ』と笑うタイプか、めちゃくちゃ我儘で『おほほ』とか言いそうなタイプの二択だったからな。こういうタイプの人もいるんだな。新発見だ。
「あんな風に、貴族様に権威を振りかざされると、私たちは困っちゃいます。いくら探索者の間は身分が関係ないとしても、報復とかあったら怖いですし」
「それは、確かに怖いですね。貴族とか、できればあまり関わりたくないなぁ」
「私もですー」
あちらの雰囲気とは違い、俺たちはのんびりとそんな会話をしていた。
貴族かぁ……そういえば王様から、変な貴族に絡まれたりしたら、短剣を見せれば良いって言ってたっけ?
…………これ、もしかしたらいま使えるのでは?
名案を思い浮かべた俺は、さっそくインベントリから王家の紋章が描かれた短剣を取りだして、スッとそれを目の前の受付嬢に見せた。
それを見た受付嬢は、ぴしりと表情が固まる。顔から汗がだらだらと流れ出し、顎からしたたり落ちた水滴が、登録用紙にシミを作っていく。
「職業関係なく、EランクダンジョンとDランクダンジョンに潜らせてくれませんか?」
俺は満面の笑みで、貴族様の権威とやらを振りかざした。