34 今後の予定
派生二次職の告知まで、あと2日。
シンたちに新たな任務を言い渡してから今日までの間、俺は会議で溜め込んだストレスを発散するために、連日Bランクダンジョンに潜っていた。おかげで、俺のインベントリにはエリクサーがそこそこの数量入っている。
これで不測の事態が起こったとしても安心だ。
新たなルールについて話し合っていた時は、遅くとも夜9時には帰宅していたのだが、最近は深夜過ぎまでダンジョンに潜っていた。そのためここ数日、フェノンさんやシリーさん、セラとも顔を合わせていない。
俺に会いたがっていたフェノンさんには申し訳ないと思うが、レベル上げ、どうしてもやりたかったんだよ。許してやってください。
そして今日。
俺の欲求も少し収まってきていたので、フェノンさんたちがやってくるまで家でごろごろとしていた。
まずセラが9時半頃にやってきて、ノックも声掛けもすることなくガチャガチャとドアノブを回す。そして我が物顔で家の中に入ってきた。
は? 俺、鍵掛けてたんだが?
外出している時は、メイドさんがどうせ掃除に来るんだろうと思って鍵を掛けていないが、俺が家にいる時はそうじゃない。
慌てて問いただすと、どうやらこの家の鍵をフェノンさんから渡されていたらしい。もともとタダで手に入れた家だから『ここは俺の家だ!』と強く主張することもできず、「ノックぐらいしてくれよ」と言うに留まった。
ここには俺が住んでいて、別に寄り合い所ってわけじゃないんだからさ。
それから、フェノンさんたちが10時頃に到着する。2人を家に迎え入れると、対面のソファに座ってもらった。
俺はソファに座る全員に聞こえるように、今後の予定を口にする。
「このパーティでは主にCランクダンジョンで活動するつもりですが、その前に、Bランクダンジョンに行きます」
俺の隣にはセラ。
向かいにはフェノンさんとシリーさんが座っている。
ちなみにシリーさんはソファに座ることを頑なに拒んでいたが、フェノンさんの「今の私たちは探索者よ。身分は関係ないわ」という言葉で、しぶしぶ腰を下ろしてくれた。
「Bランクダンジョン、ですか? Dランクではなく?」
聞き間違いだと思ったのだろう。フェノンさんが首を傾げながら問いかけてきた。俺は「はい」と頷く。
「しばらくの間――そうですね、少なくとも1ヶ月ぐらいは俺が皆さんをキャリーします。安全のためですから、ご了承ください」
キャリーする――とは、要するに俺が1人でダンジョン攻略をして、皆には経験値だけを受け取ってもらうということだ。ゲームでも初心者をキャリーするのはよく見る光景だった。
「私はBランクダンジョンでも戦えるぞ?」
「セラには2人の護衛を任せたいんだ。俺が魔物を取りこぼしたら危ないからな」
「ふっ――エスアールが取りこぼす姿なんて、想像できないんだが?」
「念のためだ。なにしろ王女様の命を預かってるんだから、慎重すぎるぐらいで丁度いい」
俺の言葉にセラは「なるほど」と頷く。
「――そういうことなら、承知した。フェノンと話をしていたら暇でもないしな。シリーもいるし、エスアールの戦いを見ていたら飽きることもあるまい」
「悪いな、でもこれはセラたちのためでもあるんだぞ?」
「わかっているよ」
俺たちの会話に反応して、シリーさんが「え? Bランクダンジョンに行くことが慎重? え?」と、ボソボソと呟いていたが、周囲の空気を読んだのか、姿勢を正して口を閉じた。
俺はダンジョンに潜っている間、ずっと考えていた。
探索者として活動していたシリーさんはともかく、フェノンさんは戦闘経験自体がゼロだ。にもかかわらず、俺と共にダンジョンで行動するとなると、かなりの危険が伴ってしまう。
そこで俺は彼女たちのステータスを、テンペストの運営が言っていたボーダーライン以上まで引き上げることにしたのだ。
そうしておけば、万が一攻撃を受けることになったとしても、一撃で致命傷を負うような事態にはならないだろう。
「ただし、フェノンさんとシリーさんは2日後からです。今日と明日は、セラの能力の底上げをしますので」
「……私の、か?」
キョトンとした表情で、セラは自分の顔を指さす。
自分がキャリーされる立場だとは思っていなかったのだろう。
「あぁ。フェノンさんたちを護衛するにしても、既にプレイ――じゃなかった、ステータスボーナスを得ている職業で潜るのはもったいないからな。レベル1の派生上級職でも問題ないよう、軽くステータスを底上げしておく。上級職の選択肢も増やしておきたいしな」
「レベルを上げるといっても、たった2日しかないぞ?」
セラが不思議そうな表情で首を傾げると、フェノンさんやシリーさんも俺の返答が気になるのか、ジッと視線を向けてきた。
ふむ。
どうやら彼女たちは一次職のレベルの上がりやすさを甘く見ているらしい。
おそらく、俺の回答はセラたちの予想を遥かに超えるだろう。
今から俺が口にする言葉の反応を想像すると、どうしてもニヤニヤしてしまう。
俺は意地の悪い笑みを浮かべながら、セラに向かって言った。
「そうだな――2日もあれば下級職を4つ――セラの場合は拳闘士、騎士、僧侶、魔法士だな。全てレベル30まで上げられるぞ」
「なっ!? フェノンは1つの下級職を上げるのに、8日近くかかっているんだぞ!? 2日で4つなんて――いくらなんでも無茶だ!」
予想通り、驚いてくれた。
「そりゃDランクダンジョンでレベル上げすれば、そんなもんだ」
フェノンさんは元々、王国の意向により、僧侶の上級職である神官をレベル40まで上げていたらしい。
ただし実戦経験は皆無のため、セラが余裕を持って攻略できるDランクダンジョンに向かわせる他なかったのだ。
「俺は今、Bランクダンジョンを1日に2周できる。あそこは2人で潜るとちょうど1周で一次職のレベルが30になるんだ」
ゲームの時も、他のプレイヤーがやっているのをよく見たなぁ。俺は1度もやったことはないけど。
人を頼るのは嫌だし、頼られるのもあまり好きじゃない。
「なぜそんなことをっ――。……いや、なんでもない。忘れてくれ」
おそらく彼女は以前俺が『話すつもりは無い』と言ったことを思い出したのだろう。俺は短く「はいよ」と答えた。
向かい側ではシリーさんが「Bランクを2周!?」と驚愕していた。美人さんは驚いた顔まで美しい。
「――まぁそんなわけで、フェノンさんたちとは2日後からです。といっても、セラの時と同じように、待ってるだけになっちゃいますが」
「エスアール様の勇姿を間近で見ることができるのですから、不満などあるはずがありません。シリーもそうよね?」
やや圧力のこもった声で、フェノンさんは隣のシリーさんに言う。
彼女はついさっき『身分は関係ない』とか言ってなかったか? 権威による圧力を感じるんだが。
当のシリーさんはというと、隣の王女様の圧力に気付いてる気配もなく「勉強させていただきます」と笑顔で言っていた。強い。
「どの職業のレベルを上げていくのかは、またその時に話し合いましょう」
「わかりました。エスアール様のお力になれるよう、努力いたしますね」
「私も頑張ります!」
フェノンさんがニコリと笑い、シリーさんは小さくガッツポーズをとる。
セラはというと、
「私も頑張らなければな……」
2人と違い、1人だけ深刻そうな表情で足下に視線を向けていた。
これもやはり、家族内での問題が関係していそうだな。俺の勝手な予想だが。
何かあったのか? 俺で良かったら相談にのるぞ?
そんな気の利いた言葉を、俺はかけることができなかった。
聞いたら迷惑なんじゃないかと思ったり、放っておいてくれなんて言葉が返ってくるのが怖くて、言い出せないのだ。家庭内の問題に、軽々しく突っ込むべきでないと考えたりもした。
もともと、人付き合い自体そんなに得意じゃないし、女性の扱いなんてなおさらだ。
「おう、一緒に頑張ろうぜ」
とりあえず明るく声を掛けておく。これでも俺としては、割と頑張ったほう。
苦笑いで応じる彼女の顔を見ながら、俺は内心どうしたものかと頭を悩ませていた。




