閑話 打ち上げ
第二章突入前の閑話です^^*
「「「「「乾杯っ!」」」」」
5人の声が重なり、そしてそれぞれの掲げたグラスがぶつかりあった。
王城の周囲を取り囲むように広がる貴族街。
その場所で、あまり目立たないような隅のほうに店構えをする、小さめの酒場があった。
店の名前は『バルト』。セラさんが教えてくれたその貴族御用達のお店で、俺たちはそこで『Bランクダンジョン踏破祝い』を決行していた。
片側に5人は座れそうな長テーブルで、足を下ろすことのできる掘りごたつタイプ。重厚感のあるダークブラウンの木壁に、掛け軸のような形のメニュー表が貼り付けてあった。
俺の左隣にセラさん、向かい側にシンさんを中心として迅雷の軌跡が座っている。
シンさんとセラさんはエール、そして俺は麦茶を注文し、ライカさんは葡萄酒、スズさんはお酒が飲めないようなので、桃のジュースを頼んでいた。
未成年だから飲めないのか、それとも成人はしているが単にお酒が苦手なのかは定かではない。年齢を聞くのはマナー違反だからな。
「そういえば、エスアールは何歳です?」
おーい! そっちから聞くんかーいっ!
スズさんからの質問に、俺は麦茶で少し喉を潤してから「18ですよ」と答えた。
そう言えばこの世界の成人年齢を知らないな。元の世界と同じく20歳なんだろうか?
「18歳というのは、この世界でお酒を飲んでもいい年齢なんですか?」
気になったので早速聞いてみた。どっちにしろお酒は飲まないけどな。
前の世界でも仕事の付き合いで飲む酒が本当に嫌いだった。最初なんかビールを頼まないと空気が読めない人間扱いされたし。空気なんか知るかボケ。
「18から飲めるですよ。エスアールはお酒が苦手ですか?」
「苦手ですね、スズさんもですか?」
「はいです。頭がクラクラするですよ」
スズさんはそう言って、自ら頭をフラフラと横にふるジェスチャーをする。
ふむ……ということはスズさんは少なくとも18歳以上なのか。彼女の容姿は、18歳未満と言われてもまったく不思議ではない。それぐらい若い見た目をしている。
そんな他愛ない会話をしていると、シンさんが割りこんできた。
「なーに2人の世界に入ってんだ。というかお前さん、そんなに若かったんだな」
「落ち着いてるから、もう少し上だと思っていたわ」
シンさんと同調するように、ライカさんが言う。
えぇ……俺、老けてるのか?
以前の33歳の時の自分ならまだしも、今の俺は中々にイケメンな18歳だぞ? 何かの間違いだろ。
女性陣の反感を買わないよう、できるだけシンさんに視線を向けるようにして「皆さんおいくつなんですか?」と、尋ねてみた。
俺の問いかけに真っ先に答えたのは、隣に座るセラさん。どうだ――とでも言いだげに胸を張る。
「私は22だ」
知ってる。前に聞いたからな。
「俺は27だな」
「25です」
「私は26よ」
後に続いて、シンさん、スズさん、ライカさんが順に答えてくれた。
シンさんはなんとなく予想通り、20代半ばと思っていたからな。
よく考えると、今の俺と彼は一回り近く離れていることになる。そんな相手に向かって俺は『弟子入りの条件』なんて話を切り出したのか。上から目線にもほどがあるな。
女性陣は想像よりも年上だった。
スズさんは水色の髪のボブヘアー。昔見たアニメに似たような髪のキャラクターが居た。そのキャラクターが15歳という設定だったことと、俺と並んで立てば顎をつむじに乗せることができそうな身長の低さも相まって、俺は頭の中で彼女をかなり若く見積もっていたらしい。
一方、ライカさんは大学生ぐらいに見える。
茶髪の長い髪といい、服装がビキニアーマーのようなファンタジー要素マシマシの物ではなく、一般的なシャツとスカートを履かせたら、地球で大学の講義を受けていても馴染んでしまいそうだ。
俺が年齢のことで気後れしているのを感じ取ったのか、ライカさんが穏やかな表情で言う。
「探索者は実力主義よ。身分は意味ないし、年齢なんてもっと関係ない。だから師匠が気にすることはないわ」
「し、師匠って、なんですかその呼び方!?」
急に言われたらびっくりするわっ!
「だって、私たちを弟子にしてくれるんでしょう? そう呼ぶのが自然ではないかしら?」
「いやいや、強くなるためのアドバイスとかはしますけど、呼び方は今まで通りでお願いしますよ。他に言い方が思い浮かばなかったから『弟子』と表現しただけで、別に友達とかでもいいんです」
というか、周りに聞かれたら大問題だろ。国トップのパーティの師匠なんてポジション、注目を浴びるに決まってる。あくまで内密にお願いします。
「なら友人に対してその話し方はおかしいよなぁ?」
グラスの中の氷をカラカラと揺らしながらシンさんが言う。酔った雰囲気ではないが、彼は楽しそうな表情をしていた。
話し方、ね……。
俺が彼らに敬語で接しているのは、別に年上だからとか、目上だからという理由からではない、『あまりこちらに踏み込むな』という一種の壁である。俺が敬語を止める時は、その人と打ち解けられそうだと感じた時だ。
「……わかったよ。後から文句言うんじゃねぇぞ」
つまり、彼らなら大丈夫。
秘密を共有し、苦難をともにした彼らなら。
俺の言葉に、シンさんを初めとして、スズさん、ライカさん、そして隣のセラさんも「おぉ」と声を漏らした。恥ずかしいからやめてくれ。
「すごく新鮮な気分だ。私もその話し方で接してくれ」
「そうね。むしろ私たちが敬語を使わなきゃいけないぐらい実力差はありそうだけど……私も丁寧な話し方は苦手だから目を瞑ってね」
「ですです。アドバイス楽しみにしてるですよ、エスアール」
どうやら、シンさん以外の3人も敬語は望んでいないらしい。俺は別にどちらの話し方でも構わないが、彼らがタメ口で話せというならそうしようか。
俺たちは運ばれてきた料理を堪能しつつ、会話を弾ませた。ダンジョンでの話はもちろん、好きな食べ物や嫌いな食べ物、オススメの服屋や武器屋など、内容は多岐に渡った。
こんな和やかな雰囲気も久しぶりだな。いったい何年ぶりなのか、思い出すのも億劫になる。家族の団欒とも違うし、職場の飲み会とももちろん違う。
楽しい――と、ゲーム以外で俺は久しぶりに感じることができた。
「――おい、セラ。ここはお前の家じゃないぞ」
乾杯してから、すでに3時間が経過していた。
テーブルの上から料理は消え、今では飲みかけのグラスが5つあるだけとなっている。
話しているうちに、すっかり砕けた口調には慣れた。
これは元々の年齢が33歳だったということと、彼らが逐一からかったりせずに、普段通りに話してくれたおかげでもある。
名前から『さん』を外すのには少し苦労したが、場の雰囲気も相まって、すぐに違和感は無くなった。
俺はゆらりゆらりと船を漕いでいるセラの肩を叩いた。
すると彼女は一瞬目をパッチリと開けるが、すぐにまた目を細めてしまう。無防備がすぎるぞ。
「あーあー、こりゃ飲み過ぎだな。エスアール、お前さんしっかり面倒見てやれよ」
シンが呆れた様子で口にする。彼やライカはお酒に強いようで、10杯近く飲んでいるはずなのに、酔う気配は全くない。
「なんで俺が? せめて同じ女性のライカかスズだろ」
「セラさんの担当はあなたでしょ?」
「ですです」
なんだよ担当って……いったいいつの間に決まったんだ。
ちら、と話の中心となっているセラのほうを見ると、彼女にはまったくこちらの会話が耳に入っていないようで、相変わらず前後にゆらゆらと揺れていた。おそらくだが、座ったまま寝ている。
「王女様のことでずっと気が張ってたんだ。今日ぐらい大目に見てやれよ」
シンさんが苦笑しながらそんなことを言う。
確かに、彼女は王女様を救うために必死だったもんな。ここにいる他の誰よりも、精神的にきつかったはずだ。
だけど――、
「それとこれとは話が別じゃないか?」
なんで俺がセラの担当になってるかって話だろ。誰が頑張ったとかは別に関係ない。
俺が不満顔を浮かべていると、ライカが手に顎を乗せ、ニヤニヤしながら言った。
「細かい男はモテないわよ」
心に突き刺さる一言を。
俺は口をパクパクと開閉することしかできず、彼女の言葉に反論することができなかった。
べ、別にモテたいとか思ってないですし! せっかくイケメンに生まれ変わったからって、チヤホヤされたいとか思ってないですし!
「……おぶって運ぶから、案内ぐらいしてくれよ」
3人に譲る気配が見えなかったので、俺はしぶしぶ了承した。護衛の件で彼女には世話になったし。
――別にモテたいわけじゃないからなっ!
今日は王女様の爆弾発言もあったし、何かと女性に縁のある日だ。
王女様の件に関しては、今はあまり考えたくない。気持ちは嬉しいが、相手が相手だし、深く考えると精神的に参ってしまう。
「なんだ? セラの家、知らなかったのか? あんなにデカいのに」
「知らん」
「仲が良さそうだったから、てっきり知ってるかと思ってたわ」
「ですです」
どうやら迅雷の軌跡から見ると、俺たちは仲が良く見えるらしい。そこまで親しくしていた記憶はないんだが……不思議だ。
「しょうがない……全員で送って、執事かメイドに引き渡すか。ただしおぶるのはお前さんだからな」
「お前は師匠をこき使うつもりなのか?」
「俺たちは友人だろ? ん? 違ったか?」
ニヤニヤしながらシンが言う。
あーそうでしたね! 俺たちは友人ですよ!
思わず深いため息が出た。
そして隣で意識なく揺れているセラを見て、苦笑する。
その日の夜、心地良く眠りにつくことができたのは、言うまでもないだろう。




