30 乙女の策略
ディーノ様への報告は以上。
ようやく俺たちは王城から解放されることとなった――はずなのだが、
「エスアール殿はこの場で少々お待ちを」
そんなことを言われてしまい、俺は部屋から出ていく迅雷の軌跡とセラさんを寂しく見送った。称号の件で仲間外れにされていたセラさんの気持ちが少しわかった気がする。
今後の話はギルドでしよう、ついでにパーッと踏破祝いをしよう――とシンさんに持ちかけられたので、俺は苦笑いで頷いた。
酒、苦手なんだよな。ただ、お祝いしたい気持ちはわからなくもない。みんなで成し遂げたことだもんな。
部屋で待つこと数分後、部屋にやってきたのは先程台車を運び入れてきたメイドさんではなく、シリーさんだった。
「お待たせしましたエスアール様。ご案内しますので、こちらへ」
部屋に入ってきた彼女は、扉を開いたまま、部屋の外へ誘うように手を伸ばす。どうやらこの場で済む用事ではないらしい。
ソファから立ち上がりながら、シリーさんに尋ねてみた。
「どこに行くんですか?」
「秘密です」
彼女は人差し指を口元に当て、色気を多分に含んだウィンクを飛ばしてきた。美人さんがそんな技覚えたらダメだろ。もし耐性が無かったら、一瞬にして顔がゆでダコ状態になってしまうぞ。
火照った顔を極力見られないよう、彼女の斜め後ろを歩きながら、通路の景色を眺める。
なんだか見覚えのある道のりだ。ひょっとしたら、俺が以前行ったことのある場所なのだろうか?
王城の中で俺が行ったことのある場所など、片手で数えられるレベルだ。
その少ない選択肢の中で、これから連れていかれる場所を予想する。
「……なるほど」
考えるまでもなく、辿り着いてしまった。
「はい。フェノン王女殿下が、どうしてもエスアール様に直接お礼を言いたいとのことです」
「そういうことでしたか」
シリーさんは一度俺に向けて笑みを浮かべてから、扉のほうを向いてノックをする。そして「エスアール様をお連れしました」と言った。
シリーさんに促され扉を開くと、あの日見たお人形さんのような少女が、ベッドに腰掛けて俺を見つめていた。
相変わらず、透き通るように綺麗な白髪だ。その白さは、彼女が身につけているワンピースの白と同じように、一切の混じり気がない。まさに純白。
俺は以前と同じように膝を突き、頭を下げる。
「お元気になられたようで、えーっと……良かったですね」
王族に対する話し方とかわからんわ!
簡単な会話ならできたかもしれないが、ちょっとしたイレギュラーですぐにボロが出る。そして今現在の俺がその『ボロ』に該当していた。
「ふふ、お気遣いは無用ですよ勇者様――シリー、下がっていいわ」
王女様がそう言うと、シリーさんは恭しく一礼し、部屋から出ていってしまった。王女様と2人きりになってしまう。
「こちらにお掛けになっていただけますか?」
「――え? そ、そこですか?」
「はい。ここですよ勇者様」
彼女は自分が腰掛けるベッドの、すぐ横をポンポンと手で叩いていた。
女性が使用するベッドに座るというだけでも、発狂しそうなほど緊張するというのに、王女様の使うベッドだぞ? 正気でいられるはずがない。
自分の身体が錆び付いた機械で構築されているような感覚を味わいながら、俺はなんとか王女様の示した場所に座ることに成功した。彼女との距離は、精神衛生上50センチほど空けさせてもらった。
「ふふ」
王女様は俺の顔を覗き込みながら、スっと俺のほうに寄ってきた。距離が20センチに縮まる。
機械から銅像へと昇格した。……これは昇格と言っていいのだろうか?
そんなことを考えていると、膝の上でズボンを握りしめていた俺の手に、自分の手をそっと重ねてくる。
やばいって! 柔らかいって! 温かいって!
というか、いったい何してんだ王女様! はしたないでございますよっ!
俺の頭の中はパニック状態だ。
素数を数えて冷静になろうとしたが、そもそも素数がなんなのかよく知らないことを思い出した。まさに混乱の極みである。
「勇者様、貴方のおかげで私はこうして生きています。命を救ってくださり、本当にありがとうございました」
「い、いえ。エリクサーの入手は、迅雷の軌跡と、セラさんの協力があってこそです。俺1人の手柄ではありませんよ」
彼女は、じっと俺の目を見ていた。なんだか心の内を見透かされているような気分になる。
「そうですか。でも、勇者様がいなければ不可能だった――そうでしょう」
まぁ、無理だったろうな。わざわざそんなこと言わないが。
「いえいえ。俺はあくまでお手伝いみたいなものですから、案外俺抜きでもBランクダンジョンを踏破していたかもしれません」
「――ふふ、そうですか」
彼女はそう言うと、ニコニコした表情になる。それは王女というよりも、年相応の女の子のモノだった。
――そういえば。
彼女を救ったら、言おうと思っていたことがあったんだった。せっかくこうして話す機会があるんだし、言わせてもらおう。
ディーノ様もきっと許してくれるだろう。
「あの……実は俺、王女様に嘘を吐いてました。本当は俺、勇者じゃないんですよ」
「それは、この世界に来たばかりの時の話でしょう?」
「……え? いや、そこが一番重要なのでは?」
俺がそう聞くと、彼女は目を閉じて顔を横に振った。そして、ゆっくりと瞼を持ち上げ、また視線を俺の瞳に向ける。
「勇者とは、勇ましき者。僅かな期間でのBランクダンジョンの踏破が難しいと知っていたのにもかかわらず、身を粉にして私の命を救った貴方の働きは、まさしく勇ましき者。エスアール様は、間違いなく勇者様です」
うわぁ……。
なんだか陛下と似たようなことを言ってる。そういえば、陛下も『フェノンと話をして気付いた』とか言っていたな。まさか原因は彼女かっ!
ということは、だ。
俺に称号を与えようとした『とある御方』って、
「もしかして、王女様が俺に称号を……?」
「はいっ!」
全力の笑顔だった。犯人はあんたか。
迅雷の軌跡に称号を与えるなら俺にも――という形だったのか、俺に称号を与えるついでに、迅雷の軌跡にも『先駆者』という称号を与えたのか、どちらなんだろうか?
……どちらにせよ王女様がそう願った以上、結果は同じなんだろうな。
「……そうでしたか。王女様のご厚意、感謝致します」
ベッドに腰掛けた状態だが、一応彼女に向かって頭を下げる。
すると、予想外の言葉が返ってきた。
「ふふ、お気になさらず。だって勇者様に称号を与えたのは、私の都合ですもの」
「王女様の都合――ですか?」
どういうことだ?
王女様が俺に称号を与えたとして、いったいなんの得があるというのか。
俺を使って何かをしようとしているのか? それとも、この国には『勇者』という肩書きを持った人物が必要だった? 政治か? それとも、まったく別の――。
必死に頭を回転させて王女様の言葉を理解しようとしていると、彼女はそんな状況に俺が陥っていると知ってか知らずか、俺の手を挟み込むように両手で握った。おかげで考えていたこと全てが霧散した。
「病により、他国との婚姻は白紙となりました。私の妹である、この国の第二王女がその国に嫁ぐということで、すでに話はまとまっております」
唐突に、彼女はそんなことを言い出した。
俺は「はあ」と返事をするので精一杯である。
「私は王族です。いくら我儘を通せる立場といっても、一般の探索者の方が婚約者では、周囲が納得しないでしょう」
この先の展開を想像してしまい、冷や汗が頬を伝う。
いやいや、そんなことあるはずないだろ。こんな可愛らしい女の子、しかも王女様だぞ? ――うん。ないない。
「ですが、王国が与えた称号を持つ者ならば、話は別です」
へ、へぇー。そそそそそうなんだー。
あっ、わかったぞ。これはシンさんのことだな。イケメンだし。モテる男は辛いなぁ。これから大変だろうけど、精一杯頑張ってくれ。
そんな俺の現実逃避も、次に放たれた王女様の言葉で水泡に帰す。
頬をほんのり桃色に染めた彼女は、顔をぐっと俺に近づけ、桜の花びらのように可憐な唇を動かす。
「――私は勇者様に、恋しております」
冗談、からかい――その選択肢を考えさせないような、重く真剣な声色。
もはや、逃げ場は無い。
広いとはいえ、あくまでここは個室だ。それに現在はベッドに腰掛けている状態で、後ずさりすることさえ満足にできない。
冷静に、冷静に――そう自分に言い聞かせて、ラマーズ法で心を落ち着ける。使い所を盛大に間違っている気がするけど、そんなこと気にしている場合じゃない。
もしかして、人違いなんじゃないか?
彼女は俺ではない、別の誰かのことを言ってるのでは?
だってほら――、
俺、勇者じゃないですから。
これにて第一章、完! お楽しみ頂けたでしょうか?
物語は第二章へと進みます。
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