29 やりたいこと
ディーノ様が、ガラガラと台車を押すメイドと共に部屋にやってきて、まず最初に金銭の受け渡しが行われた。5人それぞれに布袋に入った金貨が配られ、受け取りのサインをする。
そして次に、称号。
てっきり表彰状みたいな物を貰うのかと思っていたが、予想に反してディーノ様から渡されたのは銀色のブレスレットだった。
細やかな装飾が施されており、迅雷の軌跡たちのブレスレットには青緑色の宝石が、俺のほうには赤色の宝石がそれぞれ埋め込まれている。
その宝石の名前も丁寧に説明していたが、聞き覚えのない名前だったのですぐに忘れてしまった。横文字苦手なんだよ。
さっそく迅雷の軌跡は腕に取り付けていたので、俺もそれに倣いブレスレットに手を通す。王城から出たらすぐに外そう。邪魔だし。
仲間はずれのセラさんは俺たちがやり取りしているのを見て、「良かったな」「すごいな」などと言ってくれていたが、顔は見るからに拗ねていた。
ディーノ様も彼女に気を使ったのか、称号に関してはサラっと済ませて、話題をすぐに変える。その判断力は見習いたい。
「では、次にダンジョンの攻略について、お話を伺いましょうか」
ついに来たか。
ディーノ様が目配せし、部屋に待機していたメイドさんが席を外した。
彼は終始穏やかな表情で話を進めているが、ここから先はどうなるかわからない。
そもそも、俺はこの人のことをよく知らないのだ。
慈悲深い人なのか、冷酷な人なのか、計算高い人なのか、アグレッシブな人なのか……彼と関わることが少なかった為、情報が少なすぎて想像することも難しい。
シンさんやセラさんによると、頭が固いということはなく、比較的融通が利くタイプらしい。シンさんが俺の作戦を了承してくれたのも、相手が宰相様だからみたいだった。
「ディーノ様。俺たちは攻略についての話をできればしたくない」
ディーノ様に対し、さっそくシンさんがそう発言した。
初っ端からぶっ飛ばしてるな……というか言葉遣いそれでいいのかよ。敬語はどうした。
「……ふむ。それはつまり、君たちは他の人が知りえない特別な何かをしたということですか? その情報を君たちだけで独占するのは、王国のためにならないと思いますが。……それと、この場では構いませんが、外では周囲の目がありますので、しっかりとした言葉遣いをお願いしますよ」
シンさん、やっぱり怒られてた。
隣に座るライカさんがペシッとシンさんの膝を叩き、続いてスズさんが背中をドスッと叩く。彼は「すみません」と頭を下げた。
「気をつけ――ます。それで、話の続きだが――ですが」
「普段の言葉遣いで構いませんよ。ただ、場合によって使い分けができるよう、練習しておきましょうね」
「はい……ありがとうございます」
「よろしい。では続きを聞きましょう」
ディーノ様の言葉で、場が仕切り直される。
シンさんは背筋を正し、ディーノ様を真正面から見つめながら話し始めた。
「俺たちはディーノ様の言った通り、Bランクダンジョン踏破のために、特別なことをした。詳細を話すつもりはないが、大まかになら話すことはできる」
「それは、エスアール殿や君たちが、下級職のレベルを上げていたことと関係していますか?」
「さすがに知っていたか」
シンさんがそう言うと、やれやれと言いたげな表情でディーノ様が答えた。
「もちろんですよ。君たちは唯一王女様を救う可能性があるパーティでしたし、注目しているのは当然でしょう」
俺に関してはレグルスさんがディーノ様に相談してたみたいだしな。
「……俺たちが握っている情報は――新たな職業だ」
「――っ!? それは本当ですかっ!?」
ディーノ様はテーブルに手をついて、勢いよく立ち上がった。すぐに「失礼しました」と言いながらソファに腰を下ろしていたが、表情からは興奮が見て取れる。
「あぁ、それも4つ――この情報を教える代わりに、2つ条件を呑んでほしい」
シンさんは指を2本立てながら言った。対するディーノ様は、ゴクリと唾を飲み込む。
「……先に条件を聞かせてもらってよろしいですか?」
「かまわない。まず1つ目だが、新たな職業の発見者は迅雷の軌跡だと、王国から大々的に告知してくれ」
「……ふむ。それは当然の権利ですね。わざわざお願いされるまでもなく、そのように取り計らうでしょう。では、もう1つは?」
「今後一際、今回のダンジョン攻略に関して追及しないこと……これが条件だ」
シンさんが言うと、ディーノ様は拍子抜けしたように口をポカンと開けてしまった。想像以上に条件が甘かったのだろう。
「……それだけでよろしいのですか?」
「あぁ。この2つを守れるのならば、新たな職業について話そう」
そう言われ、ディーノ様は顎に手を当て、暫くの間静かに目を閉じていた。
まだ40代の半ばだろう。顔立ちは整っているし、宰相という責任あるポストにも就いている。おじ様好きの女性から好かれそうだな――と俺は勝手に彼を評価した。
「……わかりました。このことに関しては、陛下より一任されております。条件を呑みましょう」
時間にして1分ほどの思考を終えた彼は、了承の言葉を口にした。
よし!
これで俺の考案した『俺が目立たないよう、迅雷の軌跡に注目を集めよう!』作戦が成り立つ。ネーミングセンスについては言及しないでほしい。
俺が迅雷の軌跡へアドバイスを与えたり、稽古をつける条件として提示したのがまさにこれだ。
彼らには派生二次職の発見者になってもらい、世間の注目を一身に集めてもらう。幸い、彼らはすでに王国のトップパーティとして目立っているので、大した変化はないだろうと快く了承してくれた。
さらに、派生二次職が他の二次職に比べて強力なため『Bランクダンジョンの踏破もその職業のおかげなのだろう』と世間に勘違いさせることができる。
ただ、ひとつだけこの作戦には穴があった。
世間の目は騙せたとしても、事情を知る一部の人には『それはおかしい』と勘づかれてしまうということだ。
シンさんがディーノ様へ、新たな職業の取得方法について話し終えた後、彼の目はシンさんではなく俺に向いていた。
「そういうことですか……」
こっちを見ないでいただきたい。話をするならシンさんのほうを向いてくれ。
「不思議に思っていたんです。迅雷の軌跡は確かに強いパーティですが、Bランクダンジョンを踏破に至る実力はありませんでした。仮に、彼らが新たな職業に転職していたとしても、報告を聞く限りレベルを上げる期間はありません。つまり彼ら以外の誰かが、すでにその強力な職業に至っており、Bランクダンジョンの踏破を成し遂げてみせた――ということになるでしょう」
もう彼の中では確信に至っているんだろうな。だらだらとシラを切り続けていても、意味は無いだろう。
そりゃディーノ様にはバレるわな。
なにしろ派生二次職への転職方法は様々な下級職のレベルを上げることで、迅雷の軌跡たちよりも先に、俺がそれを実行していたのだから。
それに、迅雷の軌跡が下級職のレベルを上げ始めたのは、俺とギルドで話し合いをしたすぐ後のことだ。
彼らの動向を気にかけていたディーノ様が、それを知らないはずがない。
俺は意を決して会話に混ざることにした。
「発見者はあくまで迅雷の軌跡ですよ。お約束、守っていただけますよね?」
「……えぇ。ということは、エスアール殿には称号もご迷惑でしたでしょうな。しかし、これはとある御方からの頼みでもあるのです。なにとぞご了承ください」
ディーノ様はこの茶番の中で、俺が目立つことを望んでいないと理解したのだろう。申し訳なさそうにしながら、そう言った。
それにしても『とある御方』とは誰のことだろうか?
わざわざ名前を隠して言ったのだから、きっと彼に聞いたとしても答えは返ってこないのだろう。諦めて、話を進める。
「それに関してはもういいです。その代わり、きちんと派生上級職を広めてくださいよ。この国だけで独占しようなどと考えず、他国にもしっかりと普及させてください」
俺の言葉にディーノ様は、はっきりと頷いてみせた。
「それはもちろん。どの道探索者に国境はありませんので、隠そうと思っても難しいでしょう。しかし、エスアール殿はそれでよろしいのですか? 貴方には何も利点が無いように思えますが」
「別に俺は得しようなんて考えていませんが……そうですね。強いて言うなら、やりたいことはあります」
「ほう、それはなんでしょうか? 差し支えなければ教えていただきたい」
ディーノ様からの問いかけに、俺は口角を上げる。
この世界にやってきて、俺は王女様の命を救うために奔走する羽目になったが、そんな慌ただしい日々の中でも、ずっと俺は考えていた。
俺は何故この世界に転生したのか。
俺を転生させた――神様だかなんだか知らないが、そいつの意図は何か。
そして俺自身、この世界でどのように生きていくのか。
ただ、自分のやりたいことを考えた。そして、見つけた。
「俺はこの世界全体のレベルアップを望みます。エリクサーの価値を、暴落させてみせましょう」
王女様を助けたように、病から、そして怪我から人々を救う。
そういった意味もあるが、俺がそれを望む理由の大半は『俺を頼らないでくれ』というものだ。
そもそも俺は異世界人なのだから、この世界のことはこの世界の人でなんとかしてほしい。面倒な責任を負いたくはない。俺は自由に生きたいのだ。
そのためにも、シンさんたちには先駆者の名に恥じない働きをしてもらわなければな。